第221話 終結

 戦は終わった。


 僕が敵軍の大将を捕らえられたことで、クイネルの砦を取り囲んでいたタスクギアの兵士たちが全て降伏したのだ。


「主様、此度の戦に遅参したこと、このライカ、どうお詫びすれば良いか……」


 風のような速さで駆け寄って来たライカはそんなことを言いながら跪いた。


「……何を言ってるんだ。……ライカがいなかったら、僕、今頃やべえコトになってたぞ! しかし、すごい良いタイミングで登場したな! 物語の主人公みたいだったぞ! ありがとう! ライカ!」


 僕はそう言って彼女に何度も何度もお礼を言った。


 そんな締まらない主人の僕を見て、モノロイは笑いを堪えていたが、僕と目が合うとすぐに彼はその表情を優しげな笑顔に変えた。


「しかし、ギリギリでしたな。シャルル殿」


「ああ、マジでな。ニコたち連れて逃げるとこだったぜ──」


 そこまで言って、僕はモノロイの顔にできた新しい傷を見つける。


「モノロイ、お前、怪我したのか?」


 モノロイは顔の傷を指先でさすりながら言う。


「ヴァレンの谷の掌握に少し時間がかかりましてな。この傷は谷間で暴れ回るライカ殿を止め……」


 そこまで言って、モノロイはピタリと言葉を噤んだ。


 モノロイの背後で、ライカが鬼のような形相で彼を見ている。


 ……色々あったんだね。


 僕は冷や汗をかくモノロイを見て、そんなことを思った。


 捕らえた敵の大将はモノロイに任せ、僕はライカの馬を借りて彼女と共に砦に戻った。


 痛む足に治癒ヒールを掛けたが、骨折を一発で治すには僕の治癒ヒールはまだまだ熟練度が足りていないようだった。


「お怪我をなされたのですか! 大事な御身に傷が! おのれぇ! あの不敬な者たちは後ほど撫で斬りにしてやりましょう!」


 そう言って怒りを露わにするライカを止めるのには難儀した。


 彼女は降伏したタスクギアの兵士を見るたびに、まるで田舎のヤンキーのように突っかかったのだ。


 僕はその度に彼女を止めて、仲裁に回った。


 僕はライカに最後までこの骨折が自滅によるものだとは言えなかった。


 空を飛ぼうとして墜落して骨折した魔王だなんて、格好悪いにも程がある。


 何より、今後イズリーをアホだと呼べなくなるのは由々しき事態なのだ。



 クイネルの砦に着くと、死体が山のように積み重なっていた。


 まるで地獄絵図だ。


 積み重なった寄手の死体のほとんどが、首から上を失っている。


 屈強な肉体を持つ歴戦の猛者のほとんどが、今では物言わぬ屍に変わり果てている。


 ニコはその屍の山の上に立って生首を撫でていた。


「……あなたはそんな顔をしていたのですか。……はぁ。……良い剣士でした。わたくしも腕には自信がありましたが、わたくしの攻撃を二度も躱した者はそう多くないんです。しかし、二度目の攻撃を回避したのは悪手でしたね。……アレで勝敗が決しましたから。あなたは死を受け入れて私に切り込むべきでした。しかし……主さまにわたくしたちの戦いを見てもらえなかったのが残念でなりません。……あなたも、そう思うでしょう?」


 ……ゾッとした。


 バケツで頭から血を被ったように血塗れになったニコは、すぐに僕に気付くと持っていた生首をまるで興味を失った玩具のようにポイと投げ捨てて駆け寄って来た。


「主さま! まさか、お怪我を……?」


 僕はニコに再生リプロをかけて貰いながら答える。


「……あ、うん」


 ……なかなか強い敵だったと嘘を言おうか迷ったが、僕は彼女に嘘は通用しないことを思い出だして思い止まる。


「……獣人族は絶滅させましょう」


 僕の足を治しながらそんなことをボソリと呟く獣人族のニコを止めるのは、ライカを止めるのの何倍も苦労した。


 ……この姉妹は本気でやりかねない。


 ……僕が彼女たちを止めなければ!


 そんな謎の使命感に駆られた僕の交渉術により、なんとかニコは溜飲を下げる。


 砦のクロウネピア軍は、戦後処理にてんやわんやだった。


 そんな忙しそうな軍人たちをかき分けて、ハルとフォーラが現れた。


「師匠! 敵の大将を生け捕りにしたって本当なの!? やっぱ師匠はすげーや!」


 そう言って飛び跳ねるハルの隣で、フォーラはモジモジとしている。


「……」


 上目遣いで僕を見るフォーラ。


 恥じらう猫耳の少女と言うのは、かなりの威力を誇っている。


 しかし、僕は頭に疑問符を浮かべる。


 ……トイレだろうか?


 ……幼い子供のことはよくわからない。


 ……僕がチビだった頃の友達は、もう既に大人より賢かったハティナと、その辺で綿毛を飛ばすタンポポを少しアホにした感じのイズリーだけだ。


 ……一般的な子供と比べるサンプルとしては弱いだろう。


 本人たちにバレたら頭を叩かれそうな考えをしている僕を他所に、ハルがフォーラに耳打ちする。


「フォーラ、自分で言えよ。俺だって、自分で頼んだんだぜ? でも、師匠は厳しいからな、断られても何度も何度も頼み込むんだよ」


 ……聞こえちゃってるけど。


 ハルの言葉にコクリと頷いたフォーラが言う。


「ま、ま、魔王さま! あ、あ、あ、あの、その、あの……わたしも、その、あの、弟子にしてください!」


 顔を赤くしたフォーラの小さな猫耳がぴくりと揺れる。


 ……猫耳の少女に頼み事をされた。


 ……前世の日本の同志たちよ。


 ……君たちに見せたかった。


 ……僕は先に行くぜ!


 僕は心の中で謎の勝利宣言をした。


 今年に入って一番、僕の侍魂は震えた。


「いいよ」


 僕はあっさりと承諾した。


 ハルは既に僕の弟子であるし、実際一人増えても労力はそこまで変わらないだろう。


 僕にはそんな打算もあった。


 何より、ハルは良くてフォーラはダメと言うのも、なんというか、理不尽だろう。


「ほんと!? ありがとう! ししょー!」


 喜ぶフォーラの隣で、ハルが口をあんぐりと開けて言う。


「……? 俺の時は百回くらいダメって……」


 猫耳の少女は飛び跳ねて喜び、猫耳の少年はひどく項垂れた。

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