第219話 殺しの悦楽、殺しの苦悶
クイネルの砦は南北の両側に切り立つ岩山を繋ぐように造られている。
山間の狭い道を塞ぐ門のように聳えることから、百獣門と呼ばれる。
山間の狭い道は守りに易く、攻めるに堅い。
それでも、数に任せたタスクギア軍は一斉に砦の門に押し寄せた。
クイネルを守るクロウネピアの兵士たちは山を繋ぐ城壁に登って弓を射掛け、門に群がる敵兵を屍に変える。
僕とゴーズも兵士に混ざって城壁の上から敵軍の侵攻を防いでいた。
「グリムリープ! 敵の指揮官を狙えるか!」
大弓を構えたゴーズが寄手に向けて矢を放ちながら叫ぶ。
「任せろ!」
僕のソフィーから影の槍が飛び、最前線で指揮を取る敵将を射抜き、その敵将からさらに周りの兵士に向けて影の槍が伸びて辺りに死体を積み上げる。
闇系統中級魔法、
着弾した標的の魔力を吸収して、周りの兵士も同時に攻撃する。
指揮官は魔導師ではなかった。
保有している魔力が少ないためか、周囲の兵士への損害は軽微だった。
それでも、指揮官を魔法一発で仕留めた僕を周りの味方が讃える。
『敵将を討ち取ったぞ!』
『すげえ! 魔法一発だったぞ!』
『なんなんだ今のスピード!』
『あり得ねえ!』
『魔王様ってのはマジだったのか?』
僕の魔法を見たゴーズは言う。
「まだお前を認めたわけではないぞ! だが、今のは値千金の働きだ、助力に感謝する!」
「イカツイおっさんがツンデレとか気持ち悪い! とっとと敵を殺せ! このままじゃ門が持たないぞ!」
僕はそれだけ言って、『ツンデレ』という言葉に疑問符を浮かべるゴーズを無視して、押し寄せるタスクギアの兵士に魔法を放つ。
僕はこれまで、雷魔法と闇魔法の研鑽に注力してきた。
しかし、それが裏目に出る。
雷魔法は基本的に、単体性能に特化した魔法が多い。
雷というその特性から、大人数を一度に葬る魔法は
消費する魔力も大きく、連発すればいつ魔力が枯渇するか分からない。
しかし、あの気紛れなスキルは深い眠りについている。
闇魔法に一つだけ、対軍隊にピッタリの魔法がある。
コッカーの大群を吸い込んだ実績を持つ闇系統上級魔法、
人間に向けて撃ったことはなかった。
それでも、効力は発揮するだろう。
あの魔法は極小のブラックホールを創り出してこちらの世界こ物質を異空間に放出する魔法だ。
敵兵を吸い込み、どこかこことは違う世界か空間に彼らを放出するだろう。
僕はそれを人に向けて撃つほど、非道にはなり切れなかった。
魔物であるコッカーならまだしも、相手は家族や恋人や祖国や師を持つ人間だ。
僕と同じ人間なのだ。
祖国のために戦う人間なのだ。
彼らが死体も残さずこの世界から追放されれば、僕たちは確かに有利になる。
それでも、
即死してしまうのかもしれないし、無限の苦痛が彼らを襲うのかもしれない。
もし、後者であったら。
やはり、相手にも相手の正義がある戦争で使うべき魔法ではない。
僕の考えは欺瞞に満ちている。
奴隷商を平気で殺す僕が、敵兵の心配をするなんてのは、偽善者も良いとこだろう。
それでも、僕の主義に反する。
それは欺瞞と偽善に満ちた僕の、唯一の拠り所なのかもしれない。
僕の魔法は敵兵を焼き鮮血を舞い散らしながら、手早く、丁寧に、討ち漏らすこともなく、慈悲も情けもないままに一つ一つ、命を握り潰していく。
最初に、コツを掴む。
人殺しが、上手くなる。
命を摘むのが、巧くなる。
人殺しをどこかで嫌う自分に反して、技術は向上していく。
人体のどこに当てれば人が簡単に死ぬのか。
どのタイミングで魔法を放てば、より多くの人間を殺せるのか。
無感情に、無意識に、僕は城壁の上から敵兵の命を消していく。
人殺しには罪悪感が伴う。
殺した人間の顔が一つ一つ、記憶の片隅にこびりつく。
それでも、人は慣れる。
言い訳が上手くなる。
殺せば殺すほどに、殺す理由に縋り、それを信じ込む。
仕方ない、仕方ない、仕方ない、仕方ない、自分は悪くない、相手が悪い、殺らなきゃ殺られる、家畜を食べるために殺すことと同じ、生きるために殺す、大切な人を守るために殺す、殺すことは悪くない、殺すことは良いことだ、殺す、殺す、殺す。
そして、そんな醜い思考に囚われた自分を俯瞰している自分に気付く。
僕の左目から、涙が溢れた。
左目の視界は狭くなったが、右目は今でも相手の急所に的確に狙いをつける。
僕の中に二人の僕がいる。
機械的に殺す僕と、自身を怨む僕。
悪逆に浴して悦に入る僕。
非道に染まる自分を蔑む僕。
矛盾した僕自身。
欺瞞に満ちた僕自身。
僕の内面はキャンパスに殴り書きされた汚い絵画のように、様々な色が混ざり合って絡み合っていた。
綺麗な色も汚い色も混ざり合い、互いに呑み込み合い、混沌を孕んだまま人を殺す。
色彩豊かなまま、人を殺す。
カラフルに、人を殺す。
僕やゴーズの奮闘も虚しく、クイネルの城門が破られた。
あまりにも敵が多すぎたのだ。
僕は
魔力は尽きかけていた。
それでも、僕は自分の混沌を抱いたまま、
隣でゴーズが呟く。
「これはもう、どうにもならぬな」
僕は内心でゴーズを非難した。
ここまで敵を殺して、あっさり負けを認めるな。
命を摘んだ分だけ、死んだ味方の分だけ、僕たちは勝ちに拘らなきゃいけないだろう。
僕の未来は明らかだった。
すぐに魔力が枯渇して、砦に雪崩れ込んだ敵兵に殺される。
戦場で魔力を失った魔導師の未来は悲惨だ。
多くの敵兵を殺し、その恨みを買った魔導師は、例外なくなぶり殺しにされる。
今さら自分の命に未練はないが、それでも恐怖する。
死ぬことを、恐れている。
僕が今の今まで敵に与えてきた恐怖が、今度は僕の元にゆっくりと這い寄って来る。
「皆の者! 剣を抜け! 我らクロウネピアの誇りを見せよ!」
弓を捨てたゴーズが大きな斧を掲げる。
僕たちの眼下で、タスクギアの兵士が門を超えて砦に雪崩れ込んできている。
「……終わった」
僕は諦めの言葉を口にしていた。
無意識のまま、諦念に支配されていた。
その時、タスクギアの軍勢の背後で鬨の声が上がる。
敵の増援かと思ったが、それは違った。
百獣門を睨むタスクギア軍本陣の背後に現れた新たな軍勢は、幾つもの旗を掲げている。
戯れ合う兎と犬の紋章があしらわれた軍旗が、山間を吹き抜ける風に靡く。
新手の軍勢の最前線に、馬に乗った女がいる。
薄紅色の髪を、後ろで短く結んだ女は叫ぶ。
「タスクギアの有象無象よ! 死にたくなければ武器を捨てるが良い! 我らヴァレンの谷の兵士が押し通る! 我が主に盾ついたこと、万死に値する! この戦姫ライカが直々に、貴様らを地獄に送ってやる!」
ライカだった。
隣にはモノロイの姿。
谷間の兵士を引き連れた二人は、馬に鞭打ちタスクギアの背後から奇襲を仕掛けた。
僕はまたしても、仲間に命を救われた。
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