第218話 籠城

 百獣門と呼ばれるクイネルの砦は、タスクギアの兵士に包囲された。


 山間に造られたこの砦は、その堅牢さにおいては獣人国でも随一と言われている。


 それでも、ほんの一月前にクロウネピアによって奪取されたばかり。


 街の住人は元よりタスクギアの民であるのに加え、一月前の戦争による傷は砦に深く残り、敵方からすれば落とすのは容易だろう。


 タスクギアからの寄手は使者をよこして降伏を迫ってきていた。


 タスクギアからしてみれば、この砦を落とせば敵方であるクロウネピアの幹部を一網打尽に出来る。


 本心ではすぐにでも攻城戦に持ち込みたいところだろう。


 それでも、街の住人の命を顧みるポーズは必要だ。


 元々、タスクギアの民であるクイネルの住人を見捨てたとなれば、今後の統治にも差し障りかねない。


 そういった打算から、両陣営は膠着状態を保っていた。


 タスクギアの兵士はおよそ二千。


 それに対して、クイネルに駐留する兵は四百を少し超える程度。


 タスクギアの首都、カイレンには三千の兵士が駐留しているという話だった。


 王国がカイレンから目と鼻の先まで迫っている中で、首都の守りを厭わずにクイネルを潰しに来たことになる。


 彼らは賭けたのだろう。


 クロウネピアを先に潰し、腰を据えて王国に対することを。


 たとえ、首都であるカイレンへの侵攻を許したとしても。


 タスクギアの大軍に攻められては、僕たちは一網打尽に討ち取られるだろう。


 僕はこの戦の生命線は、首都カイレンから北側に程近い都市、クルーファルに駐留する王国軍の存在だと考えている。


 王国軍を率いるミリアは優秀だ。


 彼女の副官には王国が誇る智将、ハティナがいる。


 目標であるカイレンが別方向に出陣したことでカイレンを守備する兵士が減ったわけだ。


 あの二人がこの機を逃すとも思えなかった。


 僕たちが生き残る術があるとすれば、攻勢に出たタスクギアの隙を突く形でカイレンに王国軍が侵攻し、タスクギアの本拠地である首都カイレンを先に奪ってしまうことだろう。


 しかし、それまでクイネルの砦が持つとも限らない。


 この砦はひとたび攻められれば半日持たないというのが、クロウネピアの指揮官たちの見解だからだ。


 それでも、砦を守るクロウネピアの兵士たちは門の前にバリケードを造り、城壁に弓兵を並べて少しでも敵の侵入に備えようとしている。


 砦の西側に立つ塔の上から中庭を見下ろす僕たちの眼下で、兵士たちが忙しなく動いている。


 僕には魔法があるが、二千人もの敵を一度に葬る魔法はない。


 タスクギアの寄手を倒し切るより早く、僕の魔力が枯渇するだろう。


 砦の門が破られ、兵士が乱入してきた時点で、僕たちの命運は尽きる。


「……ままならないものだな──」


 僕はニコに言う。


「──魔王だ何だと恐れられたところで、結局は数という絶対的な力には抗えない。……この状況は、平和にかこつけて侵略戦争を仕掛けた僕への報いなのかもな」


 南方の解放。


 つまり、人類の安寧。


 いわゆる、平和。


 平和への手段に戦争という手段を講じた僕が、戦争で命を落とすというのは、皮肉な話だが当然の帰結でもある。


 世界は理不尽だが、それは突き詰めれば究極の平等なのだろう。


 ニコほどの才能に恵まれても盲目だったり、逆に、モノロイのように恵まれた体躯を持ってしても才能に乏しかったり。


 世界は理不尽なほどにフェアだ。


 だからこそ、僕たちは抗わざるを得ない。


 常に死と悲劇を突き付ける世界に対して、抗い、戦い、救われ、救おうとする。


 ニコは言った。


「主さま、わたくしたちは世界に対して無力です。それでも、無慈悲で無情な世界を騙すことはできます。……わたくしたちは知恵を以ってして、世界をひっくり返せるはずです」


 僕はニコの言葉に笑い、そして戦闘の準備を整えた。


「ハル、フォーラ。……ニコの言うことをよく聞くように」


 僕の言葉に、不安そうな二人の兄妹は頷く。


「ニコ、二人を頼む。……僕は前に行く。砦が落ちても、お前なら陰陽の具現アストロノーツを使って脱出できるだろう」


 僕の言葉に、ニコは答える。


「御意。わたくしもお供いたします……と言いたいところですが、今回ばかりは、この命に変えても二人を御守りいたします」


 ニコは笑顔で言った。


 彼女は策があると言った。


 それが何かを僕は知らない。


 僕は僕の仕事をする。


 それだけだ。


 僕はそんなことを考えて、塔を後にして守備隊に合流した。


 僕の姿を見つけたゴーズが言う。


「……グリムリープ。……てっきり、尻尾を巻いて逃げると思っていたが」


 確かに、ニコの陰陽の具現アストロノーツで逃げ出すことは可能だった。


 それでも、ここで逃げればクロウネピアからの信用は地に落ちる。


 獣人国を南方解放のための楔にするためにも、その選択だけは取れなかった。


「魔王は敵に背を見せない。ただ王座に君臨し、愚かにも我が目前に姿を現した挑戦者を葬り続ける……なんてな。本当は逃げようと思っていたが、やめた。これも何かの縁だ、僕も付き合うぜ」


「……ふん。魔王と共に戦い、勇敢に討ち死にを遂げたとあれば、冥土で俺を待つ親兄弟に良い土産話になる」


 ゴーズはそう言うと、大声で笑った。


 クイネルの砦は降伏を求めるタスクギアからの使者を突っぱねた。


 それから数刻、正午を少し回ったころ。


 クイネルはタスクギアの大軍に包囲され、僕たちにとってはあまりにも勝算の薄い籠城戦が始まった。

 


 

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