第217話 蠱毒

 ゴーズが一喝し、ミザハとバザンが衛兵に捕らえられた。


 ミザハもバザンも抵抗することなく、手枷を嵌められる。


 しかし、僕には何か引っかかるものがあった。


 ……素直すぎる。


 僕から人質を取って、最終的に何を落としどころにしたかったのか。


 人質が露見し、それが失敗に終わった時の筋書きを考えていないことが、このミザハに限ってあり得ることだろうか。


 あっさりと縄につくミザハを見て、僕にそんな直感がよぎる。


「……ミザハ、お前、何を企んでいる?」


 自然と出た僕からの問いに、ミザハは不敵に笑った。


「……くくく。ですから、私の目的はそもそも貴殿の命でもクロウネピアの勝利でもないんですよ。……ヴァレンの谷を見ていればわかる。強い種族とは多く戦った種族に他ならない。……私は獣人族を最強の種族にしたいだけです。それには──」


「戦が必要だってことか……」


「流石は魔王様……。それ故に、私は膠着した盤上をひっくり返すのです。……タスクギアが倒れては、内乱が終わってしまう。……幸い、獣人国では三つの勢力が騒乱を繰り広げている。この大戦を機に、我ら獣人の戦闘力を大いに飛躍させるべきなのです。……王国の参戦でタスクギアが不利になりましたから、私はタスクギアに逆転の一手を授けただけのこと」


「……幹部会が開かれるという情報か」


 僕の頭の中で全てのピースが繋がった。


 ミザハのついた嘘、それは内乱を終わらせることで平和を創り出すという言葉。


 ミザハの目的は戦乱による、獣人族の戦慣れだ。


 この世界の戦争では集団の力以上に個の力が重要になる。


 魔法やスキルの存在が、そうした状況を作り出している。


 皆が同じ装備、同じ戦闘力ならば、前の世界のように集団の力に個の力が勝ることはない。


 しかし、この世界にはスキルと魔法がある。


 強大な魔法の一撃が集団を葬ることもあるのが、この世界の戦争だ。


 ミザハは獣人国を戦禍に晒すことで、個の力を底上げしようとしているわけだ。


「タスクギアの本拠地であるカイレンからクイネルまで、三日もあればタスクギアの軍勢が到着します。……くくく。今頃、皆様を一網打尽にするべくタスクギアの大軍が進軍しているでしょうね。クロウネピアの幹部である皆様と、王国宰相である魔王様がこのクイネルの地で全滅したとなれば、クロウネピアの残党と王国軍は苛烈な報復に出るでしょう。ここに、獣人族は飛躍の時を迎えるのです。戦争の本質は殺し合いにあります。故に、戦に強くするには殺し合いをさせることが一番の近道。……くくく。楽しくなって参りましたねえ!」


 鮮やかだと思った。


 ミザハの行動は、多くの命を燃やすことになる。


 僕の主義とは正反対だ。


 それでも、僕は彼を頭ごなしに否定できない。


 僕も王国で、ランザウェイを殺した。


 強い国造りに、流血は避けて通れない。


 僕は支配者階級にのみ血を流させて、国を強くしようとした。


 ミザハは、支配者から大衆まで国の民すべてに血を流させる方法を選んだ。


 ミザハの方が、フェアだ。


 これほどまでに鮮やかな悪があるだろうか。


 僕から見れば彼は巨悪だが、彼は彼の正義を貫いている。


 僕は事ここに至ってもやっぱり、ミザハを好ましく思っている。


 やはり、僕は歪んでいる。


 どうやら、僕は根っからの悪人なのだろう。

 

 きっと、だから魔王になった。


 そして、この世界に戦乱を振り撒き、そして平穏を取り戻すのだろう。


 自分の手段と目的の矛盾に、僕は少し胸が苦しくなる。


「その者を牢に押し込めておけ!」


 象の獣人のゴーズが叫び、ミザハとバザンは連行された。


「すぐに籠城の支度をせよ! 今からクイネルを放棄して逃げてもすぐに追撃される。……小僧、グリムリープと言ったな、貴様にも協力して貰うぞ」


 ゴーズは僕にそう言うと、返事も待たずに武闘派の幹部たちを引き連れて退室した。


「……まるで、蠱毒だな」


 僕の呟きに、ニコが言う。


「こどく……ですか?」


 蠱毒。


 壺に毒虫や害虫を入れて殺し合わせることで、最後に残った虫の毒をより強力なものに変えるという呪術。


 前の世界に、そんな話があった。


 文明の発達していない頃の与太話の類だとは思うが、獣人国という壺の中でタスクギア、クロウネピア、王国という三つの勢力を争わせる姿は、どこか蠱毒に重なる部分がある。


 実際、ミザハはそうして獣人族を強化しようとしていた。


 殺し合いこそが、殺し合いを上達させる。


 皮肉と言うにはあまりにも残忍な方法だが、ライカとニコの故郷であるヴァレンの谷の話を聞くに、あながち向こう見ずな考えでもないのだろう。


 僕はそんな話をニコにしてから、彼女に言った。


「僕もミザハも悪人だ。今さら、僕に彼を糾弾する権利はない。……それでも、やっぱり僕は、流れる血は少ない方が良いと思うんだ」


 ニコは不思議そうな顔で僕を見るハルとフォーラの手を握ったまま頷く。


「主さまの優しさは、わたくしが一番よく存じております。……攻め寄せるタスクギアを退け、獣人国の首都カイレンを落とす策がございます」


 力強く言うニコに、僕は尋ねる。


「いつもすまないな。……しかし、タスクギアの寄せ手はすぐにここに来るだろう。……間に合うだろうか?」


 ミザハがクイネルで幹部会が行われるという情報をタスクギアに流したとすれば、タスクギアはすぐにでも攻め寄せることだろう。


 ハルとフォーラのためにも、どうにか僕は生き延びて二人を守らなければならない。


 そんな僕の不安に、ニコは柔らかな笑みをたたえた。


「すでに策は打っております。……主さまの思し召しとあらば、わたくしは世のことわりを捻じ曲げてでも、きっとお望みに答えてご覧に入れます」


 彼女は窓から差し込む夕陽を浴びて、まるで慈母のようにそう言った。

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