第215話 幹部会

 獣人国の中央に位置する首都カイエン。


 そこから馬でほんの三日程度の距離の山間に、クイネルという小さな街がある。


 ここは街と言うより、砦だ。


 山と山の間を塞ぐ大きな門のように、あるいは、二つの山を繋ぐようにその砦は鎮座していた。


 砦は岩を削り出して作られており、かなり頑丈な造りだ。


 バザン曰く、山間に造られたこの砦は百獣門と呼ばれ、首都カイエンの防衛基地として長く使われてきたらしい。


 山岳地帯の多い獣人国の山城の中でも、最も堅牢な砦だそうだ。


 この街がクロウネピアに属したのは一月前の戦争からだ。


 クロウネピアが多くの兵を犠牲にしながらも、タスクギアから切り取ったらしい。


 今では、クロウネピアの前哨基地として首都カイエンを睨むように、反乱軍が駐留している。


 それでも、この街を守る兵士の数はおよそ四百といったところ。


 カイエンにいるタスクギアの兵士たちの数と比べれば、雀の涙ほどの数でしかない。


 僕はバザンと部下の護衛たちと共に街に到着した。


「……こちらです」


 部下を街の酒場で待機させたバザンは、僕を山間に高く聳える砦の中に案内した。


 僕が砦の食堂のような大きなホールに通されると、すでに木製の巨大な長机に着席していた十数人の獣人たちが立ち上がった。


 魔王がクロウネピアの幹部会に来るという情報は、やはり既に広まっていたらしい。


 ある者は僕に畏怖の表情を向け、ある者は僕に憎悪の眼を向ける。


 クロウネピアは魔王信仰という名目の下に、タスクギアに反乱を起こしている。


 それ故に、クロウネピアの領内の指導者から住民までほとんどの者が魔王を信仰している。


 彼らの信仰する魔王は、南方の魔王だ。


 そこに、新たな魔王が生まれた。


 魔王は魔王だとして信仰する者もいれば、自分たちの神とは異なると考える者もいる。


 クロウネピアは迷っているのだ。


 古来より信仰してきた魔王と、新たに誕生した魔王との間で。


 だからこそ、モルドレイに阻まれはしたが、僕に何度か使者を送ったらしい。


 ニコの情報によれば、それは使者と言うよりは誘拐犯のようなものだったそうだが。


 クロウネピアの幹部の一人であろう、鹿の角を生やした獣人が言う。


「魔王シャルル・グリムリープとお見受けするが……」


 僕はそれに答える。


「いかにも。リーズヘヴン王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープだ」


 僕の言葉に幹部たちが騒めき、別の獣人が言う。


「ふん! 単身敵地に乗り込んで来るとは見上げた度胸だ! それとも、ただの馬鹿なのか」


 象の耳をつけた大柄な彼は、僕に嫌悪を抱く獣人なのだろう。


 それに対して、鹿の角を生やした獣人が言う。


「ゴーズ! 不敬だぞ! 魔王様は我らの救い主! 信心を忘れたか!」


 それから、僕をそっちのけで言い合いが始まった。


 一人一人の発言を聞くに、どうやら僕を敵視している者と味方であると認識している者は半々といったところだろう。


 僕は咳払いをする。


 議場の十八人の幹部たちは、一斉に黙った。


「先にも述べたように、僕はここにリーズヘヴン王国の宰相としてやって来ている。……つまり、今はまだ敵でも味方でもない」


 僕の言葉に、ゴーズが言う。


「キッシュを奪ったではないか! 盗人が抜け抜けと何を申す!」


「僕たちが到着した時には、キッシュは滅びかけていたぞ? 街の井戸に奈落と呼ばれる魔物、アビスがいた。僕たちがアビスを討伐しなければ、キッシュは今頃滅んでいたさ。お前たちは……知らなかったようだな? どちらにせよ、放棄された街を頂いて何が悪い?」


「詭弁を使うな!」


 ゴーズは尚も食ってかかる。


「詭弁か。まあ良い、王国軍はキッシュ北方のタスクギア領に向けて進軍しているが、進展がわかる者はいるか?」


 僕の問いに、鹿の獣人の男が答える。


「確かに、王国軍の動きはこちらでも掴んでおります。彼らはまさに強兵、破竹の勢いで進軍し、既にカイエン北側のクルーファルまで侵攻しております」


 鹿の獣人の情報を、ゴーズは知らなかったらしい。


 ゴーズは驚いたように、彼に聞く。


「ナラセンよ! その情報は敵方の流言であろう! クルーファルはタスクギアの魔導師の聖地! あの街が簡単に攻略されることなどあるものか! あの街には二千からなる魔導部隊が駐留しておるはず!」


「魔導師が多い街なのか?」


 僕の言葉にゴーズはぷいと顔を背け、代わりにナラセンと呼ばれた鹿の獣人が答える。


「は。クルーファルは魔導師が多く集まる街でございます故、タスクギアの精強な魔導部隊が守護しておりました。……ゴーズよ、我が手の者からの確かな情報だ。クルーファルの天空城には、既にリーズヘヴンの旗が立っていたそうだ」


 ゴーズは言う。


「ナラセンよ、貴様は戦を知らぬからそんな偽情報に惑わされる。城攻めがいかに困難か、貴様は知らぬのだ。魔導師の守る城の堅牢さは──」


 僕はゴーズの言葉を遮って言う。


「僕の兵士に魔法は効かない」


 議場はまた騒然とし、ゴーズは僕を嘘付きだと断じた。


 彼らを無視して、僕は言葉を続ける。


「魔物に魔法が効きにくいのは周知の事実だろう? 南方の魔王が魔物を創り出したように、僕は人間を魔物に変えたのさ。僕の麾下である魔王の精鋭アザゼルは、ほとんどが魔物で構成されている。いや……魔人と呼ぶべきかな?」


 僕の言葉は、クロウネピアの幹部たちに二通りの印象を与えたらしい。



 ある者には恐怖を植え付け、ある者には疑心を植え付けた。


 僕の言葉を補足するように、ナラセンは言う。


「確かに、情報に長ける鼠族の長殿の話でも、そのような報告があったと記憶しておりますが?」


 鼠族の長と呼ばれた少年が言う。


「う、うん。ぼ、僕の手下は王国軍の動向を常に掴んでいるよ。そ、そ、その報告によると、クルーファルの天空城はほとんど抵抗を許されずに落ちたそうだよ。な、な、なんでも、王国軍にはとんでもなく強い指揮官がいるそうだね」


 ミリアのことだろうか。


 丸いネズミの耳を付けた少年は続ける。


「さ、さ、左右の腕に巨大な腕甲を付けた少女の魔導師みたい──」


 ……イズリーのことか?


「──ほ、ほ、報告によると、そ、そ、その女魔導師の部隊は最初、百人前後だったのに、今では倒して仲間にした兵士で十数倍に膨れ上がっているとか。……と、と、とんでもないカリスマの持ち主のようだね」


 ……ん?


「つ、つ、強い敵将を見つけるたびに一騎討ちを持ち掛けては、それを倒して配下に加えていってるそうだよ。なんでも、北方鎮撫隊のガルドレスも彼女に倒されてその軍勢に降ったそうだね。……か、か、彼ほど誇り高い武将が国を裏切って敵将につくというのは考えにくいけど、それだけ彼女に求心力があるのだろうね」


 求心力……。


 ……うーん。


 あったかなあ。


 確かに、イズリーはミリア隊のゴロツキには好かれていたけど……。


 本当に僕の知ってるイズリーの話……なのだろうか?


 おそらく微妙な表情の僕をそっちのけで、ゴーズは言う。


「ガルドレスが降っただと? あの男はタスクギアでも屈指の槍の使い手だぞ。この俺ですら過去に引き分けたことがある。……あの男が年端もいかない女子に敗けただと? 考えられんわ!」


「ぼ、ぼ、僕の同胞は嘘は言わないよ。そ、そ、その戦いの報告なら詳しく入ってきてる」


 そう言うと、鼠族の少年は何やら羊皮紙の束を取り出してページをめくる。


「そ、そ、その王国魔導師は魔法を使わず、ガルドレスの槍を掴んで不敵に笑ったそうだね。……ほ、ほ、報告によれば、魔導師は『仲間になるまで殴るのをやめませーん』と言葉を発した後、馬乗りになって素手でガルドレスを殴り続けたみたい……。……う、うわぁ。ガルドレスは抵抗も許されないまま、部下たちの目の前で半日以上殴られたって……。し、し、死にそうになると陰鬱そうな男の魔導師がガルドレスを治癒したらしいね。……こ、こ、これじゃあ、ご、拷問じゃないか。……女魔導師の味方の、銀髪の女魔導師が止めるまで──」


 絶対イズリーだ!


 今確信した!


 ハティナが止めたんだな!


 ナイスだ!


 治癒していたという陰鬱な魔導師はマーラインだろうか。


 しかし、半日もイズリーに馬乗りに?


 なんて羨ましい……。


 許さんぞ! ガルドレス!


 遠き仲間の活躍に、僕の心は浮き足立っていた。

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