第214話 絞首の忘却
クイネルを目前にして、僕たちは野盗に襲われた。
数は三十人程の大所帯だ。
空には月が浮かび、街道を薄暗く照らしている。
『へへへ。金目のもんは置いてって貰うぜ』
『貴族の馬車だな? こりゃ儲けもんだ』
ミザハとバザンの差し金かと考えたが、それは違ったらしい。
バザンはあれから、護衛の任務をきちんとこなしていた。
現れた野盗を前にして、僕たちを守るために戦っていた。
しかし、野盗に一人、腕利きの魔導師が混ざっていた。
「くそ! この魔導師、なかなかやるぞ!」
バザンの部下が叫ぶ。
「魔導師相手に退くな! 距離を詰めろ!」
バザンは部下たちを叱咤するが、他の野盗相手で手一杯といった様子だ。
獣人の魔導師は炎の渦を自身の周囲に創り出している。
防御スキルの一種だろう。
僕は馬車を降りてバザンに言う。
「魔導師は任せろ」
「魔王様……かたじけない」
バザンは野盗の剣を受けながら言った。
「……主さま、私はこの機に乗じて護衛がミザハへの伝令に走らぬよう見張っておきます」
「頼む! ……殺すなよ?」
僕はニコにそう言って魔導師と対峙した。
「あんたも魔導師かい?」
バザンの部下を一人倒した魔導師が僕に尋ねてきた。
「ああ、名乗る必要はないな?」
僕がそう言うと、相手の魔導師は「へへへ。まあ、一瞬で終わるからな」とだけ言った。
獣人の魔導師と僕の意見は一致した。
言葉の意味合い自体は、互いに食い違っているだろうが。
「一撃で終わらせてやるよ!」
魔導師が叫び、炎の槍を放つ。
──
僕の
──
僕は首を捻った。
……二つ?
だが、
つまり、目の前の魔導師が
しかし、目の前の魔導師はスキルと魔法を同時起動した様子はなかった。
現に魔導師は「俺の
……だとしたら、元々誰かにこのスキルをかけられていたのか?
僕に気付かれることなく?
僕はこのスキルの権能を
「クソがあ! 俺の魔法に何しやがった⁉︎」
目の前の魔導師が騒ぐ。
「うるさい! 寝てろ!」
──
魔導師の炎の渦を突き破り、僕の電撃が魔導師を撃ち抜いた。
魔導師は即死していた。
殺すつもりはなかったが、僕は本気の
僕は焦っていた。
いつの間にか、自身が謎のスキルの影響下にあったからだ。
このスキルは、記憶を操作するスキルだ。
その権能は万能ではなく、何か一つの記憶を封じてしまうスキルだ。
封じた記憶は、
それに関する記憶そのものを失う。
それはつまり、失ったことにも気付かない。
「ニコ!」
すぐにニコが僕の元に駆け寄る。
「主さま」
僕は自分とニコに奪ったばかりの
そして、思い出す。
……ハルとフォーラがいない。
「記憶を封じられていたんだ。僕たちはいつの間にか、
ニコはすぐにハルとフォーラに気付いたようだ。
「……不覚でした。あの二人は、おそらく人質に……」
ニコが悔しそうに言う。
「いつからだ? いつから忘れていた?」
「ミザハの邸宅に招かれた際に、宿屋に置いてきました。そしてミザハに会った際に、このスキルをかけられたのかと。その後、わたくしたちは二人を忘れてクイネルに出発しています」
「ミザハが僕たちと同行しない目的は、二人か」
「わたくしとしたことが……。敵に一杯食わされるとは……」
そう言ってニコは唇を噛んだ。
「記憶を消すスキルか。……かけられた相手は違和感を感じることもなく記憶をぶっこ抜かれるわけだから、気付きようもないよな。だが、ミザハから
それでもニコは、相手に策で上回られたことを悔しがっていた。
そして何より、ハルとフォーラを危険に晒したことを、悔やんでいるようだった。
「……アイツらなら大丈夫さ。……何しろ、あの二人は魔王の弟子だからな」
僕はそう言って、ニコに笑顔を向けた。
ニコは気を取り直したように言う。
「わたくし、これまで知恵比べで遅れを取ったことはございません。今回も、きっと勝ちます。勝って、二人を無傷で奪還してみせます」
ニコはそう言って、昏い瞳に決意を映した。
その頃になって、バザンたちは野盗を全滅させていた。
バザンの部下たちの勝鬨だけが、夜の闇に遠く響いた。
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