第211話 断ち切る過去
クロウネピアの幹部会は、タスクギアの本拠地である首都カイレンから目と鼻の先にあるクイネルの街で行われるらしい。
副都ギィレムンからおよそ二十日ほどの道のりだ。
タスクギアの本拠地から程近い場所にクロウネピアの幹部が集まることを、僕は肝が太いなと揶揄すると、護衛役の差足のバザンは言った。
「タスクギアの本拠地から近いからこそ、奴らの目を誤魔化せるのです。まさか本拠地に隣接した都市で敵方の幹部が勢揃いするなど、夢にも思わないでしょうから」
それに、ニコも同意した。
「タスクギアがその情報を得たとして、おそらくクロウネピアの罠だと勘繰るでしょう。ゲリラ戦を主な戦略に据える、クロウネピアらしい策略です」
……そうなんだってさ。
……頭の良い人たちって一周回って馬鹿なのかもな。
僕だったら『マジで? え、アホなの? じゃあ遠慮なく! よーし! 行くぞー! 全軍突撃ぃ!』なんて言って総攻撃の号令を下してしまうことだろう。
タスクギアの偉い人たちが僕やイズリーくらい単純だったら、この内乱はすぐに終わっていたかも知れない。
ギィレムンを出発してすぐに、ライカは何やら深刻そうな顔で僕に言った。
「主様。……しばし、お暇をいただきたいのですが」
ライカほど忠義に厚い戦士が、僕に暇を貰いたいと言った。
彼女の決意の重さを、僕は言葉を交わさずとも理解した。
僕は二つ返事で承諾しようとしたが、ひとまず理由を聞いてみた。
「ここから程近い場所に、我らの故郷がございます。……そこに出向き、過去と決別したいと考えています」
ニコは昏い瞳を開いて、何やら考えに耽っていた。
過去。
姉妹の過去の詳しくを、僕は知らない。
しかし、抜足のミザハの口からヴァレンの谷の悪辣姉妹という単語が出たように、彼女たちには彼女たちの過去がある。
僕と出会う前の過去だ。
思い詰めたようなライカに、僕は言う。
「……そうか。みんな、色々あるよな。それがライカにとって必要なことなら、僕を顧みることはない。好きなようにやってきなよ」
僕の言葉に、ライカはひどく驚いたようだった。
「……聞かないのですか?」
捻り出すように、ライカは言った。
僕はそんなライカに聞き返す。
「何をだ?」
「私とニコが、悪辣姉妹と呼ばれていたことや……つまり、私が主様のもとを暫し離れる理由についてです」
「ライカが過去を話したくなったら、その時に聞くよ。僕は、今のライカとニコが好きだ。……過去のライカとニコのこと、気にならないわけじゃないけど、過去は過去だろ?」
そういう意味では、僕も自分の過去を仲間に全て打ち明けたわけではない。
別に隠してるわけでもないが、僕は転生者だ。
過去を語りたくない、あるいは、語れないという意味では、僕もそれは同じなのだ。
僕の言葉に、ニコは言った。
「姉さま、主さま、わたくしが話します。アレは偏に、わたくしが背負うべき罪ですから……」
ニコは語った。
ニコとライカの故郷、ヴァレンの谷について。
ニコとライカの両親、兎狩りのローライと犬除けのハッセルについて。
姉妹の失敗について。
姉妹の敗北について。
姉妹の罪について。
僕と出会う前の自分たちの過去を、包み隠さず。
ニコは、それを自分の罪と間違いだと言った。
そんなニコを、ライカは庇った。
幼い妹を導けなかった、自分の落ち度だと。
族長の判断に激昂し、思慮を欠いた、自分の過ちだと。
二人の話を聞くモノロイは、男泣きをしていた。
黙ったまま、モノロイは泣いていた。
彼は二人の重すぎる過去を、自らの痛みのように捉えていた。
「……僕でも、たぶん同じことをしたんじゃないかな」
僕は言った。
そして、僕はひとつだけ腑に落ちたことがあった。
「だから、ニコは僕が裏切り者と呼ばれると怒るのか──」
ニコはたまに怒りを露わにすることがあった。
彼女は決まって、僕が裏切り者と呼ばれると怒った。
王都の酒場で悪漢に絡まれた時も、皇国軍の大将が僕を蔑んだ時も。
裏切り者と呼ばれることは、グリムリープの宿命だ。
僕は自分の先祖や家名を蔑まれても、そこまで怒りを感じることはない。
宰相となった今でこそ、僕に面と向かってグリムリープを侮辱する者はいない。
それでも、やはり今でもグリムリープは裏切り者の末裔なのだ。
そして、かつて帝国を裏切った王国グリムリープの始祖、エリファスの行為が消えるわけでもなく、王国の人たちからしてみれば、グリムリープはやっぱり裏切り者なのだ。
姉妹の両親も裏切り者と呼ばれたらしい。
ニコには、裏切り者と呼ばれる僕の姿に、かつての両親の姿が被るのだろう。
そう考えて、僕は言った。
「──ニコ、いつも怒ってくれてありがとうな」
僕の言葉にニコは一瞬だけ不思議そうな顔をした後で、照れたように俯いた。
そんなニコに僕は愛しさを感じ、そしてライカに言う。
「ヴァレンの谷に向かうなら、危ないんじゃないのか?」
ライカは答える。
「今の私なら、負けることはありません。必ずや谷の者を仲間に引き込み、主様の御威光で谷を、いや、獣人国を照らしてみせます」
ライカはその眼に決意を宿していた。
それに、ニコも続く。
「ヴァレンの谷は国の内乱自体には無関心です。あの地の者たちは、谷の恵みだけが自分たちにとって最も大切なのです。故に、タスクギアにもクロウネピアにも与していません。姉様が彼らを従えれば、主様の兵としてこの争乱の終結の大いなる助けとなるでしょう」
「……そうか。ならモノロイ、お前の出番だな?」
僕の言葉に、モノロイは鼻を啜りながら言う。
「無論。我が命に代えても、ライカ殿を守りましょう」
ライカはそれを固辞したが、僕は押し通した。
ライカとモノロイの旅立ちはあっさりとしたものだった。
僕とニコはこのままクロウネピアの幹部会に向かい、ライカとモノロイはヴァレンの谷に向かった。
互いの武運と再会を祈り合って、僕は二人を見送った。
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