第209話 悪逆非道

 僕たちはギィレムン領主の館に通された。


 高価な美術品で埋め尽くされた広間を通り一番奥の部屋に案内される。


 扉を開けると、そこに一人の男がいた。


 革張りのソファに座っている。


 猫耳のようだが、妙に長い耳を持つ男だ。


 歳も若い。


 おそらく二十代半ばだろうか。


 人好きのしそうな笑顔をたたえている。


 男は僕を見て、それからニコとライカを順番に見て不思議そうな顔をした。


 僕はその一瞬で、気取られることなく四則法の念しを展開して室内から隣の部屋に至るまで感知した。


 彼の表情の変化は一瞬で、元の人好きのしそうな顔に戻る。


 そのタイミングで、僕も念しを解除する。


「これはこれは、御足労いただき光栄です。私はギィレムン領主、抜足のミザハと申します。以後、お見知り置きを」


 ミザハはそう言って、僕に対面の席を案内した。


 僕はミザハの向かいのソファに腰掛け、口を開く。


「リーズヘヴン王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープだ。以後があるかどうかは、お前たち次第だがな」


 僕の言葉に、ミザハは心底驚いた顔をした。


「……お戯れを」


 そう言うミザハに、僕は告げる。


「……戯れ? 隣の部屋に武装した男を三人待機させているな。それも、貴様の戯れか? ……そのうち一人は、随分とお前に気配が似ているな? 兄弟か何かか?」


 僕の言動は、客人としては無礼千万だろう。


 それでも、僕は尊大な態度を崩さない。


 この世界で魔王という存在がどれほど恐れられ、そして畏れられているかを知っている。


 当事者なのだから当たり前だ。


 だからこそ、へりくだることの愚かさも知っている。


「……参りましたな。魔王様であるという話は、どうやら本当らしい。……出て来い」


 ミザハの声がかかると同時に、隣室から兵士が三人部屋に入って来た。


 ライカとモノロイが殺気立つ。


 しかし、ニコは平然としている。


 三人から殺気を感じないのか、それとも物の数とも思っていないのか。


「無礼をお詫びします」


 ミザハは頭を下げて、言葉を続ける。


「彼らは貴殿を招くことに反対でした。それでも、私はギィレムンとクロウネピアの将来のためにも、貴殿と会う必要があると判断しました。私が貴殿を招く条件として、護衛を付けたのです」


 嘘を見抜けるニコは頷く。


 ……嘘ではないらしい。


 僕はそれを見てから、ミザハに対して言う。


「ふん。魔王に護衛三人か。……それに、僕の護衛の入室を許したばかりか武装の解除もさせないとは……酷く──」


 僕は体内魔力を廻して闇の系統に染める。


「──不快だ」


 僕の愛しいスキル。


 ハティナから貰ったスキル。


 纏威圧制オーバーロウが気炎を上げる。


 部屋に超重力が満たされ、護衛三人が唸り声を上げた。


「こ……これは──」


 ミザハは苦しそうに僕らの間に挟まれたテーブルに突っ伏す。


「……魔王を舐めすぎだ。北方に生まれた魔王が、未だ北方を滅ぼしていないのは、偏に僕の気紛れに過ぎない」


 僕の背後で、護衛の三人が肩で息をしている気配を感じる。


 何とか抵抗しようとする護衛三人に、僕はミザハを見たまま告げる。


「頭が高いぜ? ……人間よ」


 僕の纏威圧制オーバーロウはさらに威力を増す。


 モノロイとライカとニコは既に跪いて頭を垂れている。


 護衛三人が一人、また一人と順番に床に倒れて磔にされる。


「……それで良い。僕は魔王。僕の存在は天災みたいなもの、あるいは災害のようなもの。……お前たち人間は、そうして頭を垂れたまま、ただただこの災禍を受け入れるしかないんだ。……僕は傲慢か? そうかも知れないし、そうでもないかも知れない。どちらにしろ、この空間で圧倒的な強者は僕だ。お前たち人間は、ただただ僕に従うしかない。僕の存在がお前ら人間にとって災厄となるか救いとなるかは、お前たち次第なのさ」


 僕はそこまで言って、纏威圧制オーバーロウを解除する。


 纏威圧制オーバーロウの超重力から解放されても、護衛の三人が立ち上がることはなかった。


 ミザハはソファに座り直してから言う。


「流石でございます。これほどの力をお持ちだとは……。それに、ヴァレンの谷の悪辣姉妹がこれほど柔順に従っているところを見ても、貴殿が魔王様であることに疑いの余地はありません」


 ミザハの言葉に、ライカとニコの肩がぴくりと揺れた。


 ライカはまだしも、ニコが他人の言葉にこういった反応を示すことは珍しい。


「ヴァレンの谷?」


 僕はニコに問う。


 ニコは言った。


「そう呼ばれていた時期がありました」


 僕たちの会話に、ミザハが言う。


「栗毛色の髪に兎族の盲目と薄紅色の髪に犬族の姉妹と言えば、兎狩りのローライと犬除けのハッセルの娘で、故郷であるヴァレンの谷で悪逆非道の限りを尽くした姉妹として有名です。……ご存知ありませんでしたか」


 ミザハの言葉に、ニコとライカが殺気立つ。


 そんな二人の殺気に気付かないのか、ミザハは話を続ける。


「年端もいかない姉妹は谷の領主を殺し、獣人国最強とまで呼ばれたヴァレンの谷の兵士数十人を殺しました。……姉妹で帝国に逃れたと聞きましたが、まさか魔王様の側近となられていたとは」


 ……シンプルに犯罪者じゃん君たち。


「……ふ。……人間如きが行える程度の悪行など、この僕が意に解すと思うか? そのくらいはして貰えなければ、側に置く価値もない。大陸の半分を死地に変えて初めて、それを悪逆非道と呼んでやる。それ以下は、貴様の言葉を借りるなら戯れよ」


 僕は喉から心臓が飛び出そうになるのを堪えて言ったのを隠すために、努めて尊大な態度でそう言った。


 僕の考えを見抜いたように、あるいは、そんな僕を責めるように、自分の首から下げた狼のネックレスが揺れた。

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