第208話 覚悟

 いつの間にかスラムの路地裏には獣人たちがごった返していて、そのほとんどが僕に跪いていた。


 彼らを無視して僕たちはスラム街を後にし、ライカとニコの取った宿に帰った。


 モノロイがライカに先ほどの出来事を伝え、それを聞いたライカはすぐに奴隷商の持っていた奴隷たちを解放した。


 ギィレムンに魔王が現れ、囚われの奴隷を解放したという噂はすぐに街中に広まったようだった。


 ハルとフォーラはキッシュに返して王都まで護送することも考えたが、今キッシュの王国軍に無駄な負担をかけるのも憚られたために、しばらくは行動を共にすることにした。


 宿に帰ってから、二人はまるで親鳥から餌を待つ雛のように僕をまくし立てた。


 質問の嵐だ。


「師匠! 師匠は闇の魔法を極めているって本当か⁉︎」


「魔王様は皇国軍をやっつけたってほんと?」


「師匠! 不死身の魔物、エンシェントをやっつけたのってマジなの⁉︎」


「魔王様! あたしも魔法が使ってみたい!」


 僕の返事を待たずに交互に口を開く兄妹を見て、僕は深いため息を吐いた。


 ため息を一つ吐くと一つ幸せが逃げると言うが、このため息で僕の魂まで幸せと一緒に出てきて逃げて行ってしまうのではないかと心配するほどだ。


 見兼ねたニコが言う。


「ハル、フォーラ、主さまはお疲れです。それに、主さまより賜ったワンドを磨いてさしあげなくてはいけませんよ? 武具は兵の魂、大切にしなければなりません。さ、あちらでモノロイさまに手入れの方法をお聞きなさい」


 そう言って、ニコは二人の子供を僕から遠ざけてくれた。


「悪いな、ニコ」


 そう言う僕に、ニコはこくりと頷いた。



 翌日、僕たちの宿泊する宿に、ギィレムンの領主からの使者が遣わされた。


 使者の男は密書を携えていた。


 彼は多くを語らず、ただ僕にその密書を渡して去って行った。


 翼の刻印が封蝋に刻まれたその密書の内容は、領主自ら僕に会いといったものだった。

 

 ギィレムンは反乱軍クロウネピアの主要都市だ。


 クロウネピアの傘下にある都市の中で最も大きく、最も栄えている。


 僕たちの本来の目的はクロウネピアの指導者に会い、彼らを従属させるか同盟関係を結ぶことだ。


 僕の前世の軍事大国に、自国から数千キロ離れた他国に軍事拠点を持つ国があった。


 他国を攻める時はその他国の基地を橋頭堡としていたので、輸送や兵站の維持でも有利になる。


 王国の軍事力を上げるための具体策は、正にそれだ。


 獣人国のクロウネピアを傘下に収められれば、皇国、帝国、エルフ国に対して本国以外の橋頭堡を得るに等しい。


 王国を攻めれば必ず背後を突かれる。


 ただそれだけで、航空機や空母のないこの世界の国々には身の竦むような脅威となる。


 僕たちが南方解放に向かっている最中、王国を他国からの侵略から守るには、他国から攻められないという保証が必要だ。


 つまり僕の狙いは、他国に王国軍を駐留させることで、仮想敵国への楔とすること。


 それには、まずはクロウネピアの指導者と会う必要があるだろう。


 ただ、地下組織のような反乱軍の指導者はその身元が謎に包まれている。


 それでも、普通に考えれば反乱軍に加担しているギィレムンの領主はクロウネピアの指導者か、それに準ずる人物である公算が高い。


 会う価値はある。


 僕はそう考え、ギィレムンの領主と会うことを決めた。


 しかし、ニコやモノロイは反対の様子だった。


 罠である可能性が否定できないというのが、彼らの主張だ。


 キッシュを奪った王国軍の首魁が単独で自らの領地にいる。


 その事実は確かに、労せずして敵大将を討ち取る良い機会と言えるだろう。


 それでも、僕は自分の考えを押し通すことにした。


 それで後悔した時はその時。


 僕に魔王の討伐と南方の解放は無理だったというだけの話。


 魔王として生まれ、王国で生き残り演武祭を制しランザウェイを廃し王権を握りエンシェントを討伐し皇国を退けそれでも無理なら、それはもう最初から無理だったのだ。


 僕は一度死んでいる。


 だからこそ、死というものにそれ程恐れを感じていない。


 双子や師や仲間の死の方が、僕にとってはよっぽど恐ろしいのだ。


 自分の中で何かが割り切れたのか、それとも吹っ切れたのか、その日の晩はぐっすり眠れた。


 翌日。


 僕はギィレムンの領主の住む館に招かれた。


 朝一番に宿屋の前にギィレムン領主の馬車が来たので、それに乗った。


 モノロイ、ニコ、ライカも一緒だ。


 子供二人は宿に残した。


 護衛の帯同を許すあたり、僕を罠にかけようという意思は無いのかも知れない。


 あるいは護衛諸共、僕たちを殺そうという腹積りかも知れない。


 ギィレムン領主の館は、正に貴族の館といった様相だった。


 大きな両開きの門、広大な庭園、白塗りの大きな邸宅。


 王都のグリムリープ邸よりよっぽど広かった。


 馬車から降りて大きな門の前に立った僕は、ニコとモノロイとライカに言う。


「……行こうか」


「御意」


 三人は揃ってそう答えた。


「……もしこれが罠だったなら、三人共、まずは自分の命を優先しろ。僕を置いてでも逃げてキッシュの王国軍を本国まで撤退させるんだ」

 

「シャルル殿、それは──」


 僕はモノロイを遮って言う。


「モノロイ、敵にとってみれば四人の中で最も価値が高いのは僕の命だ。だからこそ、僕が囮になってお前らを逃す。その時は、忠誠心なんて捨てて良い。……僕にとっては、自分の命より仲間の命の方が大切だ。だからこそ、……頼まれてくれ」


 僕の言葉に三人は沈黙した。


 それでも、僕は良いと思った。


 ここで死んでも、良いと思った。


 志半ばで死ぬとしても、僕は双子を守って死ぬ。


 夢半ばで死ぬとしても、僕は仲間を守って死ぬ。


 僕はすでに、覚悟を決めていた。

 

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