第207話 正体

 店の主人が倒れた魔導師を見て何かを叫んでいる。


「……うだうだうるせえ。……お前ら皆殺しだ。これはもう、決定事項だ」


 僕は界雷レヴィンの多重起動でハルを笑っていた傭兵四人を一度に撃ち抜き、倒れた傭兵たちの頭にさらに界雷レヴィンを放つ。


 一瞬にして、相手の半数が死んだ。


 それを見た娼館の主人が言う。


「ま、待ってくれ! 今日買った奴隷なら渡す! アンタが強いのはわかった!」


 そう言って娼館の主人は一度娼館に入り、すぐに一人の少女を連れて出てきた。


 黒いショートカットに、ちょこんと猫耳が乗っている。


「こ、このガキだろ!」


 僕はハルに目線を移す。


「フォーラ! フォーラ! 無事か!」


 この少女がフォーラらしい。


 僕は娼館の主人を睨む。


 娼館の主人は少女の手錠と足枷を外した。


「にいちゃん!」


 フォーラは走ってハルに駆け寄った。


「フォーラ!」


 二人は抱き合って泣いている。


「気は済んだか! とっとと帰れ! お前ら覚えとけよ! 必ず──」


 僕は叫ぶ娼館の主人を遮って言う。


「他にも奴隷がいるだろう? とっとと解放しろ」


 僕の言葉に、娼館の主人は口をパクパクさせながら戸惑っている。


「お前ら醜い人間を見てると心底滅ぼしてやりたくなるぜ。他人を捕まえて自由を奪って……。自分が強くて相手が弱けりゃ何しても良いと思ってんだろ? なら、俺がお前の持ってる物全部奪ってやるよ。許してくれるだろう? だって──」


 僕は笑顔を見せて言う。


 僕の笑顔は、彼らにどう映っているだろう。


 凄惨か、それとも恐怖そのものか。


「──だって俺、お前らより強いもん」


「ふざけんなあ!」


 娼館の主人が叫ぶ。


 奴隷商が言う。


「お前ら、この二人を殺れ!」


 護衛の大男二人が僕に飛びかかるが、モノロイが前に出て二人の首を掴んだ。


 モノロイは両手でそれぞれの首を握って持ち上げる。


 首を掴まれて持ち上げられた護衛二人はバタバタとモノロイを蹴るが、彼は意にも介さぬように言う。


「やれやれ、大人しく駆逐されておれば良いものを。……我が主に楯突くであれば、我も許容できぬ。……だが、安心せよ。苦しませることはせぬ。それに、死せれば其方らの罪と穢れは落ちるであろうよ」


 ゴキっと鈍い音がして、モノロイの手の中で二つの命が終わりを告げた。


 モノロイは二人の護衛を優しく地面に置く。


「ひいいいい!」


 奴隷商と娼館の主人が同時に腰を抜かした。


「ハル──」


 僕は妹のフォーラと抱き合うハルに向けて言う。


「──良いもの見せてやるよ」


 僕は沈黙は銀サイレンスシルバーに命じて魔法を起動する。


 ──冥轟刃アルルカン


 ──堕落の十字架サザンクロス


 ──起動。


 僕のソフィーから漆黒の刃が生え、スラムの路地裏に黒い十字架が浮く。


「……黒い……十字架」


 ハルがポツリと呟く。


 僕は腰を抜かして座り込む二人を冥轟刃アルルカンで切り、十字架に磔にした。


 そして、僕はハルに向けて言う。


「見たかったんだろ。……特等席だぜ?」


 ハルは二人が同時に磔られた一つの十字架を見上げて呆けている。


「他の奴隷はどこに何人いる?」


 僕の質問に、奴隷商と娼館の主人は素直に答えた。


 まるで、全てを諦めたように。


「後でライカを向かわせよう」


 僕の言葉に、モノロイが頷いた。


 僕の魔法を見て、僕の正体に気付いたのだろう、娼館の主人が言う。


「ま、ま、まさか、魔王様だったなんて! た、助けて下さい。助けて下さい。ご慈悲を! どうかご慈悲を!」


 僕はそんな彼に向かって言う。


「慈悲が欲しいか。……よりによって、俺に慈悲を乞うとは。……お前、今日は厄日みたいだぜ?」


 冥轟刃アルルカンが消えた僕のソフィーから放たれた界雷噬嗑ターミガンが、二人の商人を焼いた。


 気付いた時には、スラムの獣人たちは僕に跪いていた。


『黒い十字架に雷の魔法……魔王様?』

『魔王様』

『……魔王様』

『本当に魔王様が顕現なされた……』

『そうか……それで奴隷商が……』


 彼らは口々にそんなことを言っている。


 僕はそれらを無視して、堕落の十字架サザンクロスの起動を停止する。


 二人の焼けた死体が地面に落ちて崩れた。


 僕はソフィーを手の中でくるりと回してベルトに挿す。


「……師匠……が……魔王様?」


 ハルは呆けたまま言う。


 そして、気付いたようにヒノキオを僕に差し出した。


「師匠……俺……ありがとうございました! この杖も貸してもらえて、妹も助けられた……。なんて感謝したら良いか……俺……」


 頭を下げるハルに、僕は告げる。


「そのワンドの銘はヒノキオ。演武祭でも魔王シャルル・グリムリープと共に戦った歴戦のワンドだ。……その杖はお前にやる。魔法を唱える時は杖を振るな、よく狙うんだ。わかったな? ……ハル」


 僕の言葉に、ハルは言う。


「はい! 師匠!」


「……ハル、だから僕を師匠と──」


 僕の言葉を遮って、猫耳の少女フォーラが言った。


「にいちゃん、魔王様のお弟子さんなの?」


 ハルがヒノキオを大事そうに抱えながら固まる。


「……あー、えと、……そのう」


 フォーラは目をキラキラさせながら兄のハルを見つめ、ハルは僕をチラチラ見ながら所在なさげにしている。


 僕はそんな二人を見て言った。


「堂々としてろ、ハル。お前は……」


 そこまで言って、何かがストンと僕の胸に落ちた気がした。


「……魔王の弟子だろ」


 ハルは大声を上げて泣き、フォーラは飛び跳ねて喜び、モノロイは厳つい顔をほころばせて笑った。


 僕の深いため息が、スラムの夜空に溶けて消えた。

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