第206話 殺しのセオリー

 サウランドを出て六日目の日暮れ。


 獣人国の副都、ギィレムンに到着した。


 イズリーが拐われた時も、こんな風に陽が傾いている頃だった。


「お前の妹がどこにいるか分かるか?」


 ハルは答える。


「わからない。……でも師匠、俺、やるよ!」


「……お前じゃ犬死にだろうけどな」


「……死ぬ気でやって死ぬなら、もうそれでもいいんだ。……師匠が言うように、俺が立ち向かって死ぬなら、妹もきっと許してくれる」


「……ふん。僕は助けないぞ」


「わかってるよ。俺の妹だからな。俺が助けなきゃ……。でも、師匠には感謝してるんだ。魔法を教えてくれたし! 俺、まだ小さい火の玉を三発しか撃てないけど、それでも、やってみるんだ!」


「……僕を師匠と呼ぶな」


「ご、ごめんなさい。……師匠」


「……ちっ」


「……あ、ごめん」


「……名前は?」


「……え?」


「妹の名前は?」


「フォーラ」


 僕は夜王カーミラを起動して副都のコウモリを支配下に置き、都市にある娼館全てに飛ばす。


 昔、王都でイズリーを探し出した時より、僕の夜王カーミラの熟練度は上がっていた。


 すぐに、ハルの妹を見つけ出す。


 奴隷商と娼館の主人の会話を察知したのだ。


 彼らは捕らえた奴隷の価格交渉を行なっていた。


 どうやら娼館には見張りの傭兵が数名いて、奴隷商にも護衛が二人ほど付いているようだ。


「見つけた。……行くぞ。モノロイ、ライカ、ニコ、宿を取っといてくれ。夕食までには帰る」


「しかし、主様──」


 ライカを目線で制して、僕は歩き始める。


 そんな僕に、ハルは不思議そうな顔をしながらついてくる。


「ライカ殿、馬を頼む」


 モノロイがライカとニコに馬を預けて付いてきた。


「モノロイ、僕だけで──」


「む? 我は此方に用事があるだけだ。……貴殿が我が主であるとは言え、とやかく言われる筋合いは無いが?」


 笑いながらそんなことを言うモノロイに、僕はため息を吐いて頷いた。


「シャルル殿、本当にハル一人にやらせるおつもりか?」


「……さあな。ただ、なんと言うか……不思議な気持ちだ」


「ほう? 人間の心理を手に取るように操るお主が、異なことを申す」


「なんか、ムカつくんだよ。……こう、弱い自分を見てるみたいで」


 僕は今のこの気持ちに折り合いが付けられずにいた。


 ハルに淡白な態度を取ってしまうのも、彼を見ていて湧き上がるこの気持ちも、僕にとっては初めての感情だった。


「……ふ。それが、師と言うものでは?」


「……」


「師とはかくも、弟子を想うものであろうよ」


「……うるせえ。そんなんじゃねーよ」


 僕の言葉に、モノロイは笑った。


 僕は魔法を他人に教えられるほど、魔法に長けた人間じゃない。


 それなのに、僕は赤の他人に魔法を教えた。


 そんな矛盾に、自分が振り回されている。


 全くわけがわからない。


 ハルの一挙手一投足に、僕は戸惑っていた。


 大声で詠唱するハル。


 たまに呪文を噛むハル。


 いちいち杖を大きく振りまわすハル。


 魔力をいつも全力で練るハル。


 何度言っても僕を師匠と呼ぶハル。


 そんな彼に、つい詠唱は小声でだとか、杖は振ると狙いが定まらないだとか、起動時の魔力のロスなんかを指摘したくなる。


 その全てが、僕の感情を逆撫でする。


 そんなことを考えていると、娼館の前に着いていた。


 娼館は、細い路地の一角にあった。


 周りの獣人は皆、みすぼらしい格好だ。


 スラム街、とでも言うのだろうか。


 およそ治安の良い場所とは言えなかった。


 娼館の前には見張りの傭兵が立っている。


「……ここだ」


 僕の言葉に、ハルは言う。


「……何でわかったの?」


 僕は上空で娼館を見張っていたコウモリを指先に乗せる。


「……コイツが見つけた。コウモリは、僕の眷属だからな」


 ハルは目を輝かせながら言う。


「すげー! 魔王様みたいだ! 魔王様もさ、王国のコウモリって呼ばれるすごい貴族なんだ! グリム……何とかって言ったかな? とにかく、コウモリを操るなんて魔王様みたいだ!」


 そんなハルに、僕は言う。


「……グリムリープだ。王国では裏切り者と蔑まれる、忌み嫌われた貴族さ」


 モノロイが無言で肩を竦めた。


「グリムリープ……。カッコいいな! みんなから嫌われる家の出身なのに、演武祭で王国を率いて帝国をやっつけたんだからさ! すげーよなー!」


 ハルの言葉に僕は沈黙し、モノロイは呵々と笑って言った。


「ハルよ、このような捻くれ者ではなく、グリムリープの魔王様に弟子入りした方が良いのではないか?」


 モノロイの言葉に、ハルは言う。


「モノロイさん! そいつはできねーよ! 俺の師匠はシャルル師匠だけだ!」

 

「しかし、ハルよ。この男はお前に厳しすぎではないか?」


「いいんだ! 師匠が厳しくしなきゃ、弟子は育たないんだから! もう! 師匠のこと悪く言わないでくれよ!」


「はははは! そうかそうか! それは悪いことをした! 許せ、ハルよ!」


 モノロイは腹を抱えて笑った。


「僕はお前の師匠じゃない」


「……そ、そうだけど──」


 何か言いたげなハルを無視して、僕は娼館の前に立つ見張りに言う。


「おい……ここに連れて来られたフォーラって子供を探してる。今連れてくれば、お互い血を見なくて済む」


 僕の言葉を、見張りの傭兵は鼻で笑った。


「いきなり何だ? そんなガキは知らねーよ。店で遊ぶわけじゃねーなら帰んな」


 僕はハルに言う。


「だとさ。……どうする?」


 ハルは杖を構えて言う。


「ここまで来て帰れるかよ! これでも食らえ!」


 ハルは火弾スター を唱え、ヒノキオの先から小さな火の玉が飛ぶ。


 火弾スター は明後日の方向に飛び、娼館の看板に当たって弾けて消えた。


「店の看板に何すんだコラァ! おい! 殴り込みだ! テメエら!」


 見張りの傭兵の声に、店の中からゾロゾロと傭兵達が現れた。


 数は五人。


 全員、獣人だ。


 魔導師が一人いる。


 その魔導師がドスの効いた声で言う。


「お前ら、店に火ぃ放って生きて帰れると思うなよ?」


 僕もモノロイも沈黙を保つ中、ハルだけが威勢よく叫ぶ。


「消炭になりたくなかったら俺の妹を返しやがれ!」


 ハルは二発目の火弾スター を放ち、それが魔導師の頬を掠めた。


「……は?」


 魔導師と傭兵は黙り、そして一斉に笑った。


「はははははは! これっぽっちの魔法で何が消炭だ! お前ら大道芸人か? やっと呪文覚えたばっかのガキに何ができるってんだよ! おい、大人のお前らがこのガキをけしかけたのか? テメエら誰に楯突いたか分かってんのかコラァ!」


 水を向けられた僕は言う。


「……知らねえよ」


 僕の言葉に獣人の魔導師の男はまた笑う。


「人間のテメエらがココでどんな目に遭っても、ここらの獣人が助けてくれると思うなよ? お前らも奴隷にして売り飛ばしてやるよ」


 僕はそんな魔導師を無視してハルに言う。


「……どうするんだ? 撃てる火弾スター はあと一発だろ」


「い、一発あれば充分だ!」


 ハルは呪文を唱えながら魔導師に向かって駆け出し、ほとんどゼロ距離から火弾スター を撃った。


 魔導師の目の前で放たれた火弾スター は、着弾することなく弾けて消えた。


 魔導師の防御スキルだろう。


 魔塞シタデルに似たスキルのようだ。


「クソガキがあ!」


 魔導師がハルの腹を蹴り、ハルはころころと転がって道の反対側の酒樽にぶつかった。


「……ううー……ゲホっゲホっ」


 腹を抱えてうずくまるハル。


 僕の中で、至福の暴魔トリガーハッピーが起動した。


 それを、僕は不思議に思う。


 双子とエルフの女の子以外で起動するのは、僕にとっては珍しいことだったからだ。


「ははははは! 弱すぎだろ!」


「魔法より転がる方が才能あるんじゃねえのか?」


 傭兵たちが笑う。


「次はテメエらだ!」


 僕とモノロイに向かって言う魔導師を無視して、僕はハルに言う。


「……もう終わりか?」


 ハルはボロボロになって涙を流しながら、それでも立って魔導師に杖を向けた。


「まだ……まだ……やれる……」


 僕はハルに近寄って言う。


「強いってのは、そーゆーことさ。目の前の奴らを見てみろ。自分を強いと勘違いしているだろう? コイツらより、お前の方が強いよ」


 僕はふらふらの状態のハルの肩に手を乗せ、自分の魔力を通して廻す。


 ぐるぐる。


 ぐるぐる。


 ぐるぐると。


「よく狙え。頭を狙うんだ。自分の怒りを、憎悪を、殺意を向けろ。……止めるなら今のうちだぜ。人を殺すってのは、そんなに簡単なことじゃない。一生引きずることになる。それでも殺るなら、ヒノキオを向けてやれ。そのワンドは、血を吸いたがっている」


 傭兵の魔導師は不思議そうに僕たちを見ている。


 いつの間にか、スラムの獣人たちが僕たちを遠巻きに見ていた。


「……殺るよ。……殺る」


「……いいだろう。……唱えろ」


 ハルが火弾スター の詠唱を終えた瞬間、ボーリングの球ほどの火弾スター が飛んで魔導師の顔面に直撃した。


 魔導師が膝から崩れ落ちる。


「……やった」


 声を漏らすハルに言う。


「まだだ。倒れた相手に止めを刺せ。……殺る時は確実に仕留めろ。頭に一発。倒れたら相手の頭にもう一発だ──」


 僕の言う通りに、ハルは火弾スター を放って倒れた魔導師の頭に火の玉を当てた。


 魔法が当たった瞬間、魔導師がぴくりと動いた。


 僕はそれを見届けて、言葉を続ける。


「──これが殺しのセオリーだ。覚えとけ。必ず止めを刺すんだ。でなきゃ死ぬのはお前の方さ」


 ハルはこくりと頷いて、崩れ落ちた。


 肩で息をしながらぜーぜーと息を荒げている。


 僕の魔力で無理矢理魔法を起動させたのだ、肉体にはかなりの負荷がかかっただろう。


 火弾スター の爆音に驚いたのか、店の中から店の主人と奴隷商、そして護衛の大男が二人出てきた。


「ハル、お前はここまでだな。……後は、俺が殺ってやる」


 僕はハルに言って、腰からソフィーを引き抜いた。


 店の主人が何かを叫んでいる。


 しかし、僕の耳には届かない。


 僕の目の前には、何かを吠える獲物が八匹。


 それだけの意味しかなかった。

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