第203話 魔王の精鋭

「……それは絶対にダメ」


 ハティナが僕に言った。


「ハティナ。獣人国は大陸中央から北西を支配領域にしている。獣人国の南にはエルフ国があり、南東は王国、東に帝国、北東に皇国──」


 僕は部屋のテーブルに広げられた大陸の地図に軍議で使う駒を置いていく。


「──キッシュは獣人国と王国を繋ぐ街だ。エルフとも領地が隣り合っている。西に軍を進めれば、確かにエルフを刺激する。だから、軍は北進し、僕が単身で西側に広がるクロウネピアの領地を傘下に治めていく。エルフからすれば、自領周辺の兵数は変わらない。エルフは他国を助けないなら、クロウネピアの領地が誰の支配下に置かれようと傍観するだろう」


「……わたしたちは既にクロウネピアの領地を攻め落としている。……彼らからすれば、わたしたちは敵。……危険すぎる」


「元より危険だ。ここは敵地で、これは戦争だ」


「……でも」


「ハティナ」


「……」


「僕が出る」


「……」


 北進するにせよ、西進するにせよ、いずれかの勢力にキッシュの街を取られた時点で獣人国に攻め入った王国軍は詰む。


 それならば、北と西を同時に攻略しなければならない。


 しかし、軍を二分するわけにはいかない。


 つまり、ほとんどゼロに近い兵力でどちらかを落とす他ないわけだ。


 ……僕がやるしかない。


 未だに納得する気配のないハティナに、モノロイが言う。


「ハティナ殿。こうなったシャルル殿は誰にも止められぬし、誰の指図も受けぬだろう。それは……お主が一番よく知るはず。我も、シャルル殿にお供する。魔王の御身は我に任せ、お主はお主の義務を果たせ」


「……わたしは、王国なんかどうでもいい。……祖国が滅びても、何とも思わない。……わたしにとっては、シャルルがわたしの全て。……シャルルと離れ離れになるくらいなら──」


「ハティナ殿! それは、シャルル殿も同じこと。この男は、お主の為であれば刹那も顧みずに命を捨てるであろう。……かつて帝国で不死隊サリエラに追われた時のように。従者としては複雑な気持ちではあるが、だからこそ、我らはこの男の為にこそ死のうと、そう思えるのだ」


「……」


 僕は席を立つ。


 ハティナの辛そうな顔を見るのに耐えられないからだ。


「明日、キッシュを発つ。モノロイ、準備しておけ。ライカ、ニコ、獣人であるお前たちも連れて行く。僕は鍛冶屋に用事がある。軍議は任せた。それから、新設部隊には名を付けよう。いつまでも新設部隊では花がないからな」


 僕の言葉に、姉妹は揃って答える。


「御意」


 僕はテーブルに出されていたお茶を一気に飲み干し、即唱に向けて言う。


「部隊名は魔王の精鋭アザゼル。自らが魔に堕ち、魔を克服した兵。即唱よ、貴様が僕に代わって率いろ。表の世界を魔王の精鋭アザゼルが蹂躙し、裏の世界を魔王の尖兵ベリアルが掌握する。魔王の支配を、世に振り撒け」


「御意!」


 即唱が椅子を蹴って僕に跪いた。


 僕はそれを見て頷き、部屋を後にした。


 街の鍛冶屋に行くと、そこに一人のドワーフの男がいた。


 八黙の一人、静黙のハーバルゲイン。


 鍛冶師の男だ。


 自分の作った武器を、人間で試し斬りする変態だ。


 八黙には変態しかいないが、それでも有能な変態ばかりだ。


 ハーバルゲインもその一人。


 鍛冶の腕は確かだった。


「完成しているか?」


 僕の問いに、ハーバルゲインは答える。


「もちろんです、神よ。奈落の落とした素材から鋳造しました。魔力の通りは抜群にして硬度も申し分なし。最高の出来栄えにございます。ご要望の銘も打ちました。……こちらに、双頭狼と──」


 奈落と呼ばれる魔物、アビスは金属を落とした。


 物知りなハティナによれば、それはバウネル鋼と呼ばれる希少な金属だった。


 アビスの元となった生物は謎だが、僕はその金属をハーバルゲインに渡してある武具を造らせていた。


「人間で試し斬りは……」


 おずおずと尋ねる僕に、変態ドワーフが答える。


「禁じられておりましたので。死体で試しました」


 ……。


 ……死体も禁じておくべきだった。


「ま、まあ良い。報酬は──」


「神よ。これは神への貢物にございます。褒美を頂いては、ドワーフの沽券に……」


「左様か。……何か望みがあれば、ニコに言うが良い」


「ありがたき幸せ」


 僕はドワーフから麻袋に入った武具を受け取り、鍛冶屋を後にしようとした。


 すると、ハーバルゲインがもう一つの袋を渡して来た。


「神よ。余ったバウネル鋼から、こういった物を造ってみました。……よろしければ」


 僕はそれを受け取り袋を覗く。


「これは?」


「魔力を溜め込む特性のあるバウネル鋼でございます故、魔王様に必要となるかと……」


 僕はその道具の数とその形状から、ハーバルゲインの言葉をすぐに理解した。


「ありがとう。ハーバルゲイン」


「出過ぎた真似をしました」


「いや、その心遣いに感謝する」


「ありがたき幸せ」


 僕は今度こそ鍛冶屋を後にした。


 次に向かったのは、イズリーの元だ。


「シャルル! 聞いたよ! どこかに行くんでしょう? あたしも行く!」


 金髪の天使は、微笑みながらそんな事を言った。


「イズリー、ハティナには君が必要だ。ここに残ってハティナを支えてくれないか」


 イズリーは少し考えた後、こくりと頷いた。


「……わかった。……無事でいてね」


「ああ。イズリー、君に渡したい物があるんだ」


 僕はハーバルゲインに造らせた武具を袋から取り出して渡す。


 壊れたポチとタマの代わりだ。


 左右のグローブ。


 アビス戦の後、変わり果てた姿のポチとタマを抱きながら、部屋の隅っこでシクシク泣きながら直るわけも無いのに必死でポチとタマの残骸を磨いていたイズリーの見るに耐えない姿を見て、僕はハーバルゲインに武具の製造を依頼したのだ。


 真っ黒な腕甲に金の刺繍で、右はカラス、左はコウモリの紋章が刻まれている


 夜空に流れる流星のように、黒地に金が映えている。


「僕が黒で、君が金だ。カラスの血とコウモリの魂。この武器は君に相応しい。……僕は離れていても、いつでも君と一緒にいる」


「ありがとう!」


 イズリーは笑顔でグローブを受け取り、そしてそれを両手に付け、拳を握ったり開いたりしながら言う。


「名前は?」


 武器の名前だろう。


 イズリーは、僕に付けて欲しいようだった。


 僕は頷いて、イズリーに言う。


「銘を打ってある。双頭狼、オルトロス。頭が二つある狼。僕らの身体は二つでも、心はいつも一つ。そのグローブは、二つで一つだ」


「オルとロス! カッコいい!」


 オルとロスではなく、オルトロスだったのだけど、そんなことはどうでも良かった。


 満面の笑顔のイズリーを見て、僕は幸せを噛みしめた。


 

 翌日。


 

 キッシュの門に、僕とモノロイとニコとライカで立つ。


見送りの兵士たちに囲まれて、僕はモノロイに聞く。


「ハティナは?」


 僕の問いに、モノロイは答える。


「あれからずっと部屋に籠もっております」


「ハティナは、今でも反対か……」


「……シャルル殿の身を案じておられるのでしょう」


「そうか……」


 その時、見送りの兵士たちの向こう側から、声が聞こえて、群衆が割れた。


「ご主人様!」


 ミリアが、ハティナの手を握っていた。


「……」


 泣き腫らした目で、ハティナは僕をジッと睨む。


「ご主人様。全く、この娘は強情ですわよ。部屋から連れ出すのに難儀いたしましたわ」


 ミリアの頬が赤く腫れている。


 彼女たちも彼女たちで、いろいろあったのだろう。


「ハティナ……」


「……」


 むくれるハティナの後ろから、イズリーがオルとロスを手に嵌めた状態でついて来ていた。


「ハティナぁ、ちゃんと見送ろ? シャルルなら、きっと大丈夫だよ! だってさあ、シャルルは失敗したことないもん!」


 元気にそう言うイズリー。


 言われたハティナは、意を決したように頷き、僕の元に走って来た。


「……シャルル。……無茶はしないで」


 ハティナは声を振り絞るように言った。


 ハティナの無理矢理捻り出したような声とは反対に、彼女の両眼から涙がこぼれる。


「ああ。イズリー、こっちにおいで」


 僕は不思議そうな顔で近くに来たイズリーと泣いているハティナを抱き寄せる。


「僕たちは三人で一人前だ。しばらく離れ離れになるけど、僕たちの心はいつも近くにある──」


 そして、僕はハーバルゲインから受け取った袋を懐から出してその中身を取り出す。


 首飾りの魔道具。


 数は三つある。


 狼の凛々しい顔がデザインされたペンダントの魔道具だ。


「──これを」


 そう言って、僕はハティナとイズリーに順番にその魔道具を付け、最後に自分でそれを首から下げた。


「この魔道具は魔力を溜め込む魔道具だ。僕の魔力を溜めておいた。危機に陥ったら、この中の魔力を使うんだ。そうすれば、君たちにも魔力特効が宿るはず」


 首から下げたペンダントを双子が不思議そうに見る。


「地獄に繋がる門には番犬がいるらしい。ケルベロスって言う、三つの首を持つ犬の怪物だ。このペンダントの名前は、三つ首の番犬、ケルベロス。三つの首を持つ、一頭の番犬。僕たちは、三人で一人前。僕たちは、離れていても心は一つ」


 僕と双子は、互いに抱き合って再会を誓った。


「シャルルよお、コイツを渡しとく」


 遠巻きに僕らを見ていたパラケストから、僕は封蝋の押された手紙を渡された。


「……これは?」


「獣人国を旅すんなら、たぶん役に立つもんじゃぜ。ここから西に進めば副都ギィレムンがあんじゃぜ。昔、そこで傭兵やってる獣人を助けたことがあるんじゃぜ。もしかしたら、力になってくれるかもしれねえ」


「……その獣人の名は?」


「雀踊りのギブリ。今も生きってかどうかはわからねぇが、アイツが簡単に死ぬとも思えねえ」


「わかりました。……ありがとうございます。師匠、イズリーとハティナを──」


「おう。はよ行け。別れってのぁ、いくつになっても苦手じゃぜ……」


 パラケストはそう言って背を向けた。


 僕たち四人は、キッシュの街を出発した。


 

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