第202話 北か、西か
僕たち王国軍はキッシュの街を制圧した。
街から奈落を取り除き、街の住人を癒した。
街の長はすでに亡くなっていたので、代わりにニコの選んだ街の若者を新たなキッシュの頭目とした。
「迷い狐のピッポ。キッシュの救い人にして王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープ様に忠誠を誓い、その代官として街を束ねます」
跪く狐の獣人ピッポに僕は頷く。
ピッポは男性で、街では守備隊の隊長だった男だ。
それなりに腕は立つらしいが、モノロイに言わせればそれでも並だそうだ。
キッシュの街は獣人国の玄関口だ。
ここから伸びる街道は、王国と帝国に繋がっている。
獣人国と周辺国は広大な樹海で遮られている。
つまり街道を使わなけば他国と行き来することはできない。
この場所を抑えることで、帝国への輸送や連絡の遮断も容易になるだろう。
僕たちはキッシュの街を獣人国侵攻作戦の前哨基地とした。
数日後には、王都から補充兵が合流するだろう。
「ピッポよ。キッシュの街だが、しばらくは王国の直轄領となる。しかし、時期が来れば君たち狐族による自治をミキュロス王陛下に進言する。それまで、どうか反心などは抱かないで欲しい。僕は君たちを支配するために兵を進めているわけではない。全ては平和のためだ。……しばらくは不便をかけるだろうが、どうか辛抱してくれ」
僕の言葉に、ピッポは答えた。
「我らは魔王様に感謝しております。我らの祖先を奴隷から解放していただき、街を病から救っていただきました。魔王様に忠を誓うことはあれど、乱を起こすようなことはございません」
キッシュの街の住人は、僕のジョブを知ると従順になった。
南方の魔王と僕を混同している節があるが、僕はそれを利用することにした。
元々、この地には魔王信仰の根強く残っている。
それが、街の統治に大いに役立った。
魔王のジョブが恐怖や畏怖とは違った形で役立ったのは初めてだった。
王国軍の兵士たちには、略奪や乱暴は厳しく禁じた。
元来、戦争で侵略された街や村は兵による苛烈な暴力に晒される。
それが、未だ弱肉強食の摂理が多く残るこの世界のルール。
それでも、僕はそれを変えたいと思った。
この決定に、略奪は兵士の報酬だと主張する者がミリア隊の兵士から数名出たらしい。
しかしミリアは彼らを黙らせた。
ミリア隊のほとんどは
この決定が魔王である僕によるものと知ってからは、異を唱える者はいなかった。
逆に、新設部隊の兵士の中には元は獣人の難民だった者が多く所属する。
彼らからは、大いに感謝された。
難民として王国に逃れた獣人の彼らも、同族が虐げられる姿は見たくなかったのだろう。
僕はキッシュの街の長が住んでいた屋敷を借りて、しばらくはそこに住むことにした。
屋根の下のベッドで寝るのは数ヶ月ぶりだ。
軍の兵士たちには宿屋や空き家を解放し、そこに住まわせている。
街の治安はすこぶる良く、僕は次の進軍先を決めることにした。
「──でありますことから、北進することが上策かと考えますわ」
ミリアが僕の部屋で進言する。
それに、即唱が異を唱えた。
「北の街であるノイドは、タスクギアの統治する地域です。我らは獣人国の反乱鎮圧の名目で進軍しているのですから、西に進んで支配領域を広げるべきでは?」
そんな即唱に、ハティナが言う。
「……西に進めばエルフを刺激する」
「彼らは世界樹から出ては来ないでしょう」
即唱は、かなり知恵が回るようだった。
「……かつてそう考えていた王国軍は、エルフに面した西側の守備隊を導入して帝国に対抗した。……それがエルフによる侵攻を許した。……彼らは大人しい顔をしながら狡猾。……今、エルフと事を起こすのは得策じゃない。……王国は二正面作戦を継続できる国力も兵力も持っていない。……獣人国を落とすのには、スピードが命。……もたもたしていてはかつての王国の二の舞になる」
ハティナの言葉に即唱は沈黙し、代わりにモノロイが口を開く。
「しかし、我らの北進に呼応する形で西のクロウネピアがキッシュに進軍すれば、我らの退路は塞がることになりますぞ」
「……クロウネピアがタスクギアを助けるわけがない。……彼らはタスクギアを倒したがっている」
「しかし、我らは現にクロウネピアからこの街を切り取っております。クロウネピアからすれば、我らの進軍は敵対行動に等しく、タスクギアと一時的な協調路線を──」
こんな感じで、しばらく議論は平行線を辿った。
即唱とモノロイはキッシュの西側に多くあるクロウネピアの支配領域への侵攻を推した。
義理堅い彼らからしてみれば、タスクギアの街を奪うことは進軍の名目に背くことになると考えたのだろう。
それに対して、ミリアとハティナは北進を推す。
キッシュの街の西側の街は、エルフと国境を隣接する場所にある。
エルフからしてみれば、自分たちの支配領域のすぐそばの街が侵略されるのだ。
彼らは当然の如く警戒するだろう。
そこで、初めて僕は口を開く。
「北と西、どちらも同時に攻略するのは?」
「ご主人様。僭越ながら、軍を分ければ思わぬ敗戦の恐れがあります。得策とは言えないと考えますが……」
ミリアはおずおずと言う。
僕はそれに答える。
「クロウネピアは魔王を崇拝している。僕が彼らを傘下に収めれば、兵を使わずともクロウネピアの支配領域と兵力をそのまま吸収できるかもしれない」
獣人国の正当な国家であるタスクギアの統治する街を支配するには兵が必要だ。
血生臭い戦争で勝ち取る必要があるだろう。
しかし、クロウネピアは国家として独立したがっている。
そこに上手く取り入れば、クロウネピアを無血のままに支配できると僕は考えていた。
「……シャルル。……まさか」
ハティナが僕を見る。
僕の考えなど、彼女にはお見通しなのだろう。
心配そうな顔をしているハティナに、僕は言う。
「僕が単身で西側を取る。ミリアとハティナは軍を率いて北を取れ」
僕の言葉に、先程まで議論で熱していた空気は凍りついた。
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