第198話 約束

 街の住人はほとんどが最初の男と同じように寝たきりの状態だった。


 中にはすでに事切れていた者もいる。


 死んだ者には老人が多く、若ければ若いほど生き残っている割合が高かった。


 僕たちは隊から数百人の兵士だけを街に入れて街の住人を一か所に集めた。


 街の教会だ。


 キッシュの街の教会は、女神信仰の教会とは趣がかなり違っていた。


 女神信仰の教会の建物は白で統一されており、中には大抵女神像が鎮座しているものだが、キッシュの街の教会は黒で統一されており、女神像ではなく替わりになんだかイカつい魔導師の像が建っている。


 南方の魔王だそうだ。


 隊の人間はこの像を打ち壊すべきだと進言してきたが、僕はそれを一顧だにせず却下した。


 僕は彼らの宗教を否定しない。


 人間、何を信仰しようと自由だ。


 皇国軍は自らの宗教をコチラに押しつけてきたので、僕は僕の自由を行使して彼らの宗教を否定した。


 しかし、キッシュの街の人間からすれば僕たちの方が侵略者なわけだ。


 僕にはその進言は到底受け入れられるものではなかったのだ。


 もしかしたら、第三者からすれば言ってることもやってることも理に沿わない滅茶苦茶な事かもしれない。


 それでも、僕には自分の信条を曲げることは出来なかった。


 それをしてしまえば、僕はただの暴君だ。


 この世界に戦乱を振り撒くならせめて、自分の信条を貫きたい。


 僕はそんなことを考えていた。


 

 キッシュの街に入って半日、魔物の正体を突き止めようとしたが叶わなかった。


 病人に魔力を通して魔物との繋がりを探ったが、彼らからは魔力の糸は出ていなかった。


 わかったことは、ニコの救世の陽光ジェネシスを浴びた住人は病状が良くなること。


 それでも、失われた生命力までは帰ることなく、数名が意識を取り戻しただけだ。


 意識を取り戻した者に話を聞くと、この病はおよそ一週間前に街で発症したらしい。


 七日で街の住人のほとんどが倒れたわけだから、その原因は身近なモノであるはずだ。


 病気のように互いの接触で感染することも考えられたが、メリーシアとゲナハが言うにそれはないらしい。


 メリーシアとゲナハの仮説ではあるが、七日で街の住人全てが感染するのであれば、隣町や他の村で発症していないのがおかしい、ということらしい。


 確かに、この規模の街で感染症が出たなら、他の街で発症者が出ていないのは不思議だ。


 その証拠に、日暮れ前には街に商隊が入ってきた。


 彼らは隣街であるネルビンとキッシュを往来して物を売っている。


 隣街まではそう距離は離れていないそうだ。


 彼らは五日日前にキッシュを出て、道すがら馬を休ませながら移動し、ネルビンで一泊してから様々な薬を仕入れて戻ってきたところ、街はすでにこの有様だったらしい。


 もちろん、ネルビンでこの病が発症していたことはなかった。


 つまり、この病はこの街だけで起こっている。


 魔物はこの街のどこかに潜んでいて、この街の住人の生命力を奪っているわけだ。


 次の日。


 ニコの救世の陽光ジェネシスを受けた者の中でも、若ければ若いほど回復が早かった。


「まどーしさん──」


 すでに病から回復し、歩けるまでになった獣人の少女が僕のローブを掴んで言う。


 それを咎めようとしたライカを制し、僕は言う。


「どうした? 何か用か?」


「お父とお母をたすけてください」


 三つか四つの子供とは言え、街で何が起きてるかは理解しているのだろう。


「ああ、そうだな。僕たちに任せとけ。きっと、この街を救ってやる」


 僕の言葉に、子供は安心したように頷いた。


 子供が去ってから、ライカが言う。


「主様。主様ともあろう御方が、子供の相手などなさらずとも──」


 僕はライカの言葉を遮って言う。


「ライカ。礼節ってのは、大人同士の間にだけ存在する面倒くさい建前だ。子供はそんなモノ気にすることはないんだよ。僕は王国宰相で、彼女は街の町人だけど、今は大人と子供って違いしかないんだ」


「……御意」


 武人のライカには理解できないかも知れないが、僕は自分の考えをありのままに話した。


「さて、ライカ。忙しくなるぞ」


 僕の言葉に、ライカは首を傾げる。


「僕はたった今、あの少女に言質を取られたわけだ。この街を救う。これはもう、僕とあの娘の間で交わされた約束。……守らないとな。……大人としてさ」

 

 僕の言葉に、彼女は何を感じたのだろう。


 ライカは黙って跪いた。


 さらに翌日。


 王国軍の隊の中から発症者が出た。


 僕は焦ったが、メリーシアとゲナハは喜色満面だ。


「ゲナハ! ひひひ。ついに来たわね! これで魔物の尻尾を掴んだわよ!」


「うひひ! そうですねぇ、メリーシアさん。魔物は所詮知恵なき愚物ですねぇ」


 僕には彼女たちの言葉の意味がわからなかった。


「……どーいうことだ?」


 僕の疑問に、メリーシアが答える。


「今日発症した兵士は、実験の対象だったのよ。彼らには街の水を飲ませていたのよ。この街でしか発症しないなら、食べ物、あるいは水に感染源がありそうって仮説を立てたのよね。で、今日発症した兵士はこの街の井戸の水を飲んでいた者たち。……つまり、魔物はこの街の井戸を使って、街の住人にこの病を感染させてたのよ。つまり、魔物自身も井戸に住み着いている可能性が高いってわけね」


 自分の仲間で実験したのはどうかと思うが、今はそれどころではない。


 僕は街の外に待機するミリアにそのことを伝えさせ、隊の中でも選りすぐりの強者を、街の中心の井戸に集めさせることにした。

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