第197話 廃墟

 僕たちが丘を下ってキッシュの街まで歩いていると、背後から声が掛かった。


「シャルル殿!」


 モノロイとメリーシアだ。


「……どうしたんだ? モノロイ、お前は新設部隊の統率を任せたはずだろ?」


 僕の言葉に、モノロイは言う。


「イーガーから話を聞いたメリーシアが、自分も行くと聞かないものですから……」


「毒物が相手かも知れないのに、私を誘わないのってどうなのよ? 水臭いじゃない、宰相さん?」


 僕はため息を吐いてからメリーシアに言う。


「危険かもしれないんだぞ? まだ毒物と決まったわけでもないし……」


「自分の身は自分で守れるわ。だから私も行く。それに、街の住人が死にかけてるのが毒のせいなのか、それとも違うのか、毒を知らないひとにソレが解るわけないじゃん」


 ……ぐうの音も出なかった。




 キッシュの街は静かだった。


 いや、静か過ぎた。


 およそ人が生活しているとも思えないほどの静けさだ。


 家の扉は開け放たれ、酒場も商店も、人っ子一人いない。


「これは……街全体に沈黙が降りてますな。……素晴らしい街にございます」


 八黙の一人、黙祷のマーラインが言う。


 彼は元々女神を信仰していたが、色々あって信仰を捨て、ミリアによって黒の十字架サタニズムに引き入れられた元司祭だ。


 そんなマーラインに、黙従のゲナハが答える。


「ですねぇ。しかしながら、ここまで人がいないと、患者も少なくて嫌になりますよぉ。……うひひひ」


 肩まで長く伸びたボサボサの黒髪は、彼から尋常ならざる空気を放ち、痩せ型で手足の長い体型は彼から否応なく不気味さを放っている。


 男は前の世界で言えば、いわゆる外科医と呼ばれるような人間だ。


 まるでトランプでやるカードゲームみたいな名前の凄腕無免許医のように、彼の身体中には外科手術の跡がある。


 まるで継ぎ接ぎだらけのぬいぐるみのような姿だ。


 八黙が全員そうであるように、とどのつまり、彼もぶっ飛び過ぎた変態なのだ。


 自らのマゾ的な欲求を満たすために、自分自身に外科手術を施し、さらに夜な夜な麻酔なしの手術を通りすがりの病人に施すことで自らの嗜好を満たす最悪な通り魔だ。


 彼にはとあるスキルがある。


 邪視アグザミネイトと呼ばれるそのスキルは、病気を持つ人間を見分けるという、血統系スキルだ。


 まさに医者の申し子だが、彼は頭の線が何本か切れている。


 お近づきにはなりたくない人間だ。


 しかし今回ばかりは、彼は大いに役立つだろう。


 門から一番近い建物の扉は、鍵もかけられずに半開きだ。


 その扉を開けて中に入ると、ベッドに男が横たわっていた。


 街の住人だ。


 頭に狐の耳のついた男は痩せ細り、ひゅーひゅーと弱々しい呼吸の音だけを鳴らす。


 それを見て、モノロイが言う。


「街の住人の全員が、このような有様であるようですな」


「ゲナハ、この男、何か視えるか?」


 僕の言葉にゲナハは頷き、邪視アグザミネイトで男を観察する。


「これはこれは、病とは少し違うようですねぇ。確かにこの男は何かに命を削られて死にかけてはいますよぉ。ですが、私が普段治している類の病とは、少し違うようですねぇ」


 ゲナハはそう言って、深く頭を垂れて言葉を続ける。


「……うひひひ。あぁ、神から信託を直接授かるとは、なんと幸せな……」


 そう言いながら、彼は自分の腕の縫い跡を爪でガシガシと引っ掻き始めた。


 ……怖えよ!


 僕がドン引きしていると、マーラインが口を開いた。


「……神よ。治癒スキルを掛けてみるのはどうでしょう? 病とは違うのであれば、治癒スキルに一定の効果が見られるかと」


 マーラインは元は女神信仰の司祭なので、治癒スキルを持っている。


 僕は彼の申し出に頷く。


 マーラインが使ったスキルは快癒キュア と呼ばれるスキルだ。


 外傷に効果のある治癒ヒールと違うのは、その効果が傷ではなく体力に効果を及ぼすところだろう。


 このスキルは疲労を飛ばし、疲れた身体を元の状態まで戻す効果を持つわけだ。


 男に効果は見られなかった。


「……はて」


 マーラインは呟く。


「効果がないのか?」


 僕の言葉に、マーラインは恭しく答える。


「スキルの効果は及んだ筈でございます。……しかしながら、これは……まるで魔力をこの男に吸われたような感覚でございました。……こんなことは初めてのことでございます」


「……どう思う、メリーシア」


 僕に聞かれたメリーシアが何やら懐から薬品を取り出した。


 そんなメリーシアを見て、即唱が問う。


「……何の薬だ?」


「魔物化してるかどうか確かめる薬。魔物化していると治癒スキルも効かなくなるのよね。だってほら、魔力抵抗持っててスキルをレジストしちゃうから。これはソレを確かめる薬なのよ。まあ、そこにいるニコはそんなのお構い無しに治してだけど」


 ニコは魔物特効を持っている。それ故、スキルをレジストされる事がなかったのだろう。


 そう言って、メリーシアは小瓶に入った禍々しい色合いの液体を男にかける。


 男にかかった液体が眩く輝いた。


 モノロイが叫ぶ。


「色が変わったぞ! この男、魔物化しておるのか?」


 それに、素早くメリーシアが言う。


「違う。魔物化した時の反応じゃない。でも、この人は魔物から何かしらの影響を受けている」


 そう言うや否や、メリーシアは部屋の隅にある机にむかい、その上に並ぶ皿やら本やらを手でどかして落とした。


 床に皿が落ちて割れ、本や雑貨が散乱する。


 ……他人の家で何やってんだこの人!


 ……後で怒られても知らないぞ!


 僕は目の前の状況からは全くズレた考えを巡らして、数瞬してから「今はそれどころじゃないからな……」なんて考え直す。


 メリーシアは広くなった机の上に次々と懐から小瓶を出して並べる。


「……だとすると、主体的な魔物化とは違って受動的な、あるいは従属的な魔物化? しかしこの反応……スキルが吸収……つまり魔力を……」


 なんてぶつぶつ呟きながら幾つかの薬品を混ぜて輝く液体を作り出した。


「……これで解るかも」


 メリーシアはそう言ってから、キラキラと光ら液体を男にかけた。


 ……今気付いたんだが、勝手に家に侵入されて色々な薬品をぶっかけられるって、この人からしたらホントに恐怖だろうな。


 意識ないみたいだけど。


 メリーシアのかけた液体は男にかけられると、その輝きを増した。


 しかし、まるで男に吸い取られるようにその輝きは掻き消えた。


「……吸収されたように見えましたが」


 ライカが呟く。


 メリーシアが胸を張って答える。


「魔物に吸収されたんだわ。この男、いや、おそらく街の住人全てが魔物の影響化にあって、その魔物は彼らの生命力を吸収している。さっき掛けた薬は人間の持つ純粋な生命力に近い性質を持つ薬なのよ。それを液体化させて光魔力で色を付けたってわけ。それが吸収されたってことはつまり……」


「犯人は魔物か……」


 僕の言葉にメリーシアが頷き、そして言う。


「さて、こんな機会はないから、色々実験しましょかね。どーせ死んじゃうかもしれないわけだし」


 僕は彼女を全力で止めた。

 

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