第196話 キッシュの街
ミリア隊と新設部隊を合わせた五千の兵士に、さらに王国から補充された二千の兵。
合わせて七千にまで膨らんだ王国軍は進軍を続ける。
僕はハティナとニコの乗る馬車の中で、イズリーの活躍を彼女たちに語って聞かせていた。
「──それでな? イズリーの的確な指示が通ったらなんと! ……ふふふ。どうなったと思う?」
僕の問いに、ハティナはため息を吐いてから言う。
「……オークを全滅させたんでしょ」
「そうなんだよ! いやあ、イズリーもやればできる娘なんだよなあ。流石はハティナ! よくわかったな! あははは!」
ハティナはもう一度、大きなため息を吐いてから言った。
「……もう何度も聞いた」
「ん? そうか? そんなに話してないだろう。どうだ? ニコ」
「はい。まだ七回目です」
「そうか。まだ七回目か。あと五十回は話さないとなあ。 そうだな? ニコ」
「……御意」
頷くニコと、項垂れるハティナ。
そして、喜色満面の魔王を乗せた馬車は進む。
半日ほど経って、僕の語るイズリー武勇伝が通算二十回目を迎えた頃。
獣人国領、最初の街に到着した。
「主さま、じきに最初の街、キッシュに到着する頃合いです」
ニコの言葉の通り、それからすぐに隊列の先頭から伝令がやってきて、僕たちにキッシュ到着の報せを持ってきた。
「よし。この街はタスクギアとクロウネピア、どちらの占領下にあるんだ?」
「は。情報によればキッシュはクロウネピアの傘下にあるそうです。この街は狐族が取り仕切る街です」
クロウネピア。
つまり、キッシュの街は反乱軍に与する街のようだ。
獣人国は、所謂宗教によって割れている。
女神を信仰する獣人国タスクギアと、魔王を信仰する反乱軍クロウネピアだ。
そして、キッシュという街は狐族と呼ばれる、狐の耳に狐の尻尾を持つ部族の領域らしい。
獣人国は、部族単位で支配領域が決まっているという特殊性を持つそうだ。
そこには部族同士の対立もあるし、逆に部族同士で協調を取ることもある。
獣人は人間の肌の色のように、その耳と尻尾に動物の特徴を宿している。
そして、その外見的特徴が、そのまま各部族としての証にもなるのだ。
つまり獣人国というのは、いくつもの部族の連合国家であり、本来の成り立ちからして、一枚岩ではない。
……と、ニコが言っていた。
キッシュの街の前にある小高い丘に布陣した王国軍から、使者が送られる。
降伏か、否か。
キッシュは反乱軍側なので、タスクギアから文句を言われることは……もしかしたら、あるかもしれないが『そもそも知ったことではないぜ! だって連絡したじゃん!』というのが、王国軍のスタンスだ。
指揮官用に用意された天幕の中で、僕とミリアとハティナ、そしてモノロイが使者を選別した。
ニコは僕たちにお茶の用意をしながら、何やら不思議そうに「静かな街ですね」なんてことを言っていた。
使者の大役を得たのは、魔導学園を卒業した後に特殊部隊に所属し、モノロイの懐刀兼弟子として彼を慕っているイーガー・イベルダンだ。
彼は元々、学園の風紀委員として
魔法の才は無いが、戦闘の才能はある。
何しろ、モノロイが学園で一年生の頃、彼を一撃で倒した不良の弟なのだ。
「イーガー、この任務はとても危険なものだ。油断はするなよ?」
僕の言葉に、イーガーは答える。
「もちろんす! 自分も
……お前も入信してたのかよ。
僕のため息には気づかずに「では、行って参るっす!」と言って、意気揚々とキッシュに向かったイーガーは、キッシュの街門をくぐり街に入っていった。
すると、それからすぐにイーガーは走って戻って来た。
「……早くないか?」
ほうほうの体で走って帰ってくるイーガーを見ながら、僕は言う。
「早すぎますわね……」
ミリアも警戒心をあらわにして呟く。
「むう。……イーガーに限って仕事を途中で投げ出すとも思えませぬが」
モノロイが言う。
イーガーは一目散に僕たちの元までやって来て叫ぶ。
「使者の任を仰せつかったイーガー・イベルダン! ただいま帰還したっす!」
「む。使者としての任は務めたのか? かなり早い帰還であるが」
モノロイの言葉に、ニコがすかさず用意した水を飲みながらイーガーが答える。
「それが! 大変なんす! キッシュの街、もうほとんど滅んでるんすよ!」
「……は?」
僕から言葉にならない疑問が漏れる。
「……タスクギアの仕業かもしれませんわね?」
ミリアの言葉は確かに一考の余地がある。
タスクギアからすれば、クロウネピアが王国軍に呼応してその勢力を盛り返すことをもっとも嫌うはずだ。
我々に先んじて王国側のクロウネピアを倒す可能性は、大いにある。
「それがっすね! どうやら、病気か何かっぽいっす! 街の人間、みんなぶっ倒れてて! まだ生きてるみたいっすけど、すぐ助けないと、たぶん全滅っすよ!」
イーガーは早口で言う。
「流行り病であれば、この街に駐留するのは危険ですな」
そんなことを言うモノロイに、ニコが言う。
「この規模の流行り病が起きたのであれば、
ニコの言葉はもっともだ。
このキッシュの街は王国領への玄関口だ。
流行り病なのだとすれば、王国にもその猛威が迫っていてもおかしくない。
何しろ、王国は森の恵みを持つ獣人国から多くの食料を調達しているのだ。
進軍を決議する軍議で、僕たちの侵攻により、その食糧の輸入量が下がることで王国の商人が泣くだろうと、ミキュロスが言っていたのを思い出した。
「魔物の仕業なのであれば、調べる必要があるな。新設部隊から何人か選んでくれ。……僕も出る」
そう言った僕に、ミリアが言う。
「ご主人様! 危険にございますわ! この場は下々の兵に任せ、我らは──」
「危険だからこそ、一番偉い立場である僕が行くんだ。相手が魔物なら、僕の餌食だ。それに、ここぞの場面で命を張れない人間が偉い立場に居座る? そんなのは、これまでの悪しき貴族たちだけで充分だ」
僕はモノロイに有無を言わせず準備をさせる。
すぐに新設部隊の隊長である即唱とライカが数名の部下を連れてやって来た。
「この即唱、テルメジャンアルカルシャンディア・ハビエルジャーランミックスレイクライデンカイゼルジャンハンブロンクホルストもお供いたします」
そう言う即唱に、ライカが言う。
「足を引っ張れば、御身と言えど切り捨てるぞ」
「無論。その時は私自ら介錯を願おう。しかしながら、私にも譲れぬものがあるのでね」
ライカと即唱は不敵に笑った。
そんな彼らにニコも乗る。
「わたくしもお供いたします。主さまだけに、矢面に立たせることはありません。それから、王都から合流した補充兵に八黙を数人、潜ませております。彼らも使いましょう」
僕はニコの昏い瞳を見て、言う。
「いいだろう。ではすぐに支度せよ」
八黙からは破戒僧のマーライン、変態医師のゲナハ、そして、元処刑人のコッポラが加わった。
そうして僕たちは、新設部隊の数名と新たに合流した八黙と共に、キッシュの街に乗り込んだ。
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