第195話 早く『ぐわぁっ』てなって。
僕とライカは風のように馬を飛ばして隊列の先頭を目指す。
僕の存在に気づいた数名の兵士が『宰相閣下!』なんて言って王国式の敬礼を取るが、そんなものには目もくれずに僕はイズリーを目指す。
馬車は隊列の真ん中に位置していたので、前線までそう時間は掛からなかった。
それでも、僕たちが前線に辿り着く前に、隊列の先頭の方向からビョーグルの甲高い音が二度に渡って聞こえてきた。
「主様! 会敵の報せです! 二度目の報せは戦闘開始の合図です!」
「ぬおー! 始まっちゃったぞ! ライカ! 急げ!」
「御意!」
そんな会話をしながら、僕たちは疾走した。
部隊の先頭で、オークの群れと
僕はすぐにイズリーの姿を見つけ、馬を降りて脇道に生えている木の影に隠れる。
「主様!? 戦わないのですか?」
僕を見て同じく馬を降りたライカが言う。
「これはイズリーの戦いだ! 僕が邪魔するわけにはいかん! お前も早く隠れろ!」
僕はライカの腕を掴んで自分の方に引き寄せ、そのまま彼女を自分の着るローブで覆い隠すようにする。
「あ、……主様」
「シッ! 黙ってろ」
ライカを背後から抱きしめる形で僕は戦闘を注視する。
オークの大群が一塊りになって雄叫びを上げている。
数は百に満たないだろう。
対する
オークの雄叫びを掻き消すように、誰も彼もが叫び声を上げる。
『この豚野郎が!』
『くせーんだよ! てめーら!』
『大人しくイズリー様に殺されやがれ!』
『大して知恵もねーくせに調子のんじゃねー!』
『バーカ! バーカ!』
『この人間になり損なった低脳が!』
……君たち口悪いな。
僕はそんなことを思ったが、口には出さずに成り行きを見守る。
イズリーは後方で騎乗したまま、パラケストの隣で何やら兵士に指示を出している。
「右翼! こう、パーっとなって! 左翼はぐわぁって! 中央! 中央は、えーっと……なんか良い感じに!」
イズリーは馬の上で器用に身振り手振りで指示を出すが、その指示があまりにもファンタジーに溢れ過ぎているために兵士は混乱している。
『てめーら! とっとと『ぐわぁっ』てなりやがれ!』
『ぐわぁってなんだよ!』
『知らねーよ! イズリー様からの命令だ!』
『ああ!? 知らねーって何だよ! てめーが隊長だろ!』
『だから、ぐわぁっだよ! 何度も言わせんな!』
『だからどうやったらぐわぁってなれるんだ俺たちは!』
『お前ら喧嘩してる場合じゃねーだろ!』
『うるせえ! じゃあお前が隊長やれよ!』
『そーゆーことじゃねーだろ!』
『ぐわぁって指示がよくわからねーんだよ!』
『お前イズリー様を貶すのかコラ! 殺すぞ!』
『そうじゃねーよ! 俺だってイズリー様は大好きだよ!』
『お、おう……』
『……何だよ』
『お前、なかなか見どころあんじゃねーか』
『イズリー様への愛なら負けねえよ……』
『宰相閣下にもか?』
『流石にありゃ、一線超えてんだろ』
『……だよな』
『流石にな』
お前ら何なんだよ!
僕は心の中で猛烈に叫んだ。
「んっ……あ、主様ぁ」
僕は無意識に腕に力を入れてしまっていた。
そのせいで、僕に抱かれたライカが喘ぐ。
「すまんライカ!」
「い、いえいえ。ライカは平気です。も、もう少し強くても……その、大丈夫なくらいですので……」
何故か頬を赤らめてそう言うライカを見て、僕は思う。
……風邪かな?
ライカにも苦労をかけてばかりだ。
これからは彼女の体調にも気を配ろう。
女の子なのに、彼女は無理をし過ぎるからな。
とにかく。
今は戦闘に集中しなければ。
イズリーは「そうじゃないよ! こう、『ぐわぁっ』だよ! それじゃあ、『ぐへぁん』じゃん!」なんてことを言いながら馬上で飛び跳ねている。
まるでサーカスの曲芸師だ。
「イズよお、兵士がうまく動けねえのは、指揮官のせいなんじゃぜ。もっと具体的に指示を出さんと。ええか、軍隊の指示ってのぁな、明確に言語化しねえと上手く伝わらないんじゃぜ」
パラケストは眉間を抑えながらそう言う。
「ふうん。お師さん、めーかくにげんごかって何?」
「わかりやすくってこったなあ」
「ぐわぁって、わかりづらいかなあ?」
「わかりづらかろうなあ」
「そっか。んじゃあ、んと、えと──」
「守るんか、攻めるんか、どーしたいんじゃぜ?」
「んとねえ、オークはねえ、固まって突っ込んで来るからねえ、まず守る。それで、オークをみんなで囲んで殺すの」
「そうじゃぜ! そうやって言やあ良いんじゃぜ! つまりな、中央は守りを固めて左翼と右翼で囲むんじゃぜ! こんくれーの群れなら、それで皆殺しじゃぜ! そうやって指示出しゃええ!」
「はい! お師さん!」
イズリーは大きく頷いて、馬の鞍の上に立って叫ぶ。
「兵隊のみなさーん! 聞いてくださーい! 中央は固まって守るの! それでね! 左翼と右翼はオークの横っちょに!」
イズリーの指示に、パラケストは何度も頷く。
『おっしゃ! 聞いたか! てめーら! ぐわぁってのは一旦忘れろ! 俺らは豚野郎の横っちょを突くぞ!』
『奴らを囲い込むんだな!』
『流石はイズリー様だ! 完璧な作戦だぜ!』
『行くぞ!』
『オークの横っちょにぶちかますぜ!』
兵士たちは水を得た魚のように隊列を乱すことなく横長に展開する。
オークの大群は突撃を開始した。
「来たぞ! あっしらの隊はここで進撃を食い止める!」
中央の部隊の後方で、タグライトが叫ぶ。
『タグライトさん! 了解でさあ!』
『ここは一歩も通さねーぞ!』
『おうよ!』
『てめーら! 気合を入れろ!』
『死ぬなよ! お前ら絶対死ぬなよ!』
『おう! 手足失っても戦い続けるぜ!』
『そんぐれー当たり前だ! 首落とされたらくっ付けてくれ! すぐ戦いに戻る!』
……いちいち会話が馬鹿なんだよなあ。
僕のツッコミを待つことなく、部隊の中央で大楯を構えた騎士たちが、オークの突撃を受け止める。
そして、進撃の止まったオークの大群の横腹に、
あっさりと、勝負は決した。
囲い込まれて逃げ場を失ったオークは錯乱状態に陥り、次々とその姿を塵に変えていく。
そして、中央の後方から放たれたタグライトの魔法によって、最後の一体が倒された。
『うおおおー!』
『イズリー様の勝利だあ!』
『見たか豚ども!』
『死にさらせえ! クソ豚があ!』
『ウチで死んでる奴ぁいねえだろうな!』
『んな奴いたらぶっ殺すだけじゃ足りねえよ!』
バラバラに勝鬨の上がる戦場。
馬に跨る金髪の美少女が、静かにその小さな右手の拳を握った。
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