第194話 致し方なし!

「主さま。前方に魔物の気配です。……数が多いので、おそらくオークの群れですね」


 馬車に揺られる僕に、ニコが告げる。


 まだ先頭のミリアから魔物出現の合図は送られていない。


 よくここから感知できるものだなあ。


 なんて僕は感心した。


 僕はまた窓を開けてパラケストに向かって言う。


「この先に魔物がいるみたいですよ」


「おほ! そりゃあいいや! イズ! 前に出るんじゃぜ!」


「……はい。……お師さん」


 自分が戦えないと分かっているイズリーは、やはりしょぼくれた状態のまま頷く。


 そんなイズリーを無視して、パラケストは王国愚連隊スーパーイズリーブラザーズに向けて言う。


「おい、お前さんら! 出番じゃぜ! 王国愚連隊! スーパー……ええと、えー。……スーパー……うんたらかんたら! いざ出陣じゃぜ!」


『うおおおお!』

『初陣だあ!』

『てめーら! 絶対死ぬんじゃねーぞ!』

『死んでも死ぬか!』

『当たり前だ! 俺はあと五百年は生きるぜ!』

『俺は千年生きる!』

『お前らそんなもんか! 俺は五億年生きる!』


 ……貴様らは化け物か?


 それから師匠、早速部隊名を忘れるのはどうなのだろう。


 あんたが考えた部隊名だろう。


 そうして、気炎を上げた王国愚連隊スーパーイズリーブラザーズは隊列を外れて先頭まで駆けて行った。


 僕は馬車の中でため息を吐く。


 パラケストとイズリーが近くにいると、ツッコミの量が倍になる。


 ……疲れた。


 しかし、イズリーが行ってしまった。


 ……。


 ……大丈夫だろうか。


 ……。


 ……パラケストがいるとは言え、ちゃんと魔物に勝てるだろうか。


 ……。


 ……途中、調子に乗って落馬とかしないだろうか。


 ……。


 ……怪我でもしたらどうしよう。


 ……。


 ……お菓子を欲しがっても、ちゃんと我慢できるだろうか。


 ……。


「……心配?」


 僕を見兼ねたハティナが言う。


 僕はほとんど無意識のまま、戦闘用のローブに腕を通しながら言う。


「……いや、全く心配はしてないよ。何しろ師匠がいるからな。しかし、イズリーはあわてんぼうだなあ。オヤツを忘れて行ったようだ。あの娘はオヤツがないとダメなんだよ。そうだな? ニコ」


「御意」


 ニコがガサゴソと馬車に積んだ荷物からイズリー用のオヤツを出す。


「ニコ、イズリーのオヤツを──」


「こちらです」


「──うむ。……これで足りるか?」


 僕はソフィーとヒノキオをベルトに挿しながら言う。


「は。充分かと」


「そうか。誰かに届けさせるか。おや、皆忙しそうにしているなあ……。しかし、僕は王国の宰相。命令すればすぐに仕事を請け負ってもらえる。……そうだな? ニコ」


「はい、主さま。仰せの通りにございます」


 僕は父から受け継いだグリムリープの紋章を首にかけながら言う。


 金色のコウモリが揺れて妖しく煌めく。


「しかし、アレだな。偉くなりすぎるのも考えものだ。他に色々と仕事のある人たちを、自分の都合でアゴで使うと言うのも──」


 見兼ねたハティナが言う。


「……そんなに心配なら、行って見てくればいい」


 僕は腰のベルトに下げたナイフや緊急事態用の呼び笛なんかに不備がないか確認しながら答える。


「……む。いや、イズリーを甘やかすわけにはいかない。僕は心を入れ替えたんだ……。……でもまあ、今回のやつはアレだ。そのう、何だ。……何だ、ニコ?」


 僕の無茶振りにニコが咄嗟に答える。


「イズリーさまを長とした部隊の初陣でございます。その戦働きをご検分なさるには、それ相応の御身分の方である必要があるかと」


「それだ。そう言いたかった。流石はニコ、当意即妙とはこのことだな」


「ありがたき幸せ」


 僕は戦闘で使うための指開き手袋を付けて手に馴染ませるように拳を握りしめながら言う。


「とは言え、僕が出る必要はないな? ないか? どうだろう。モノロイあたりでも充分か? どうだ? ニコ」


「いえ。此度のご検分に相応しきご身分のお方は、主さまをおいて他にはいらっしゃらないでしょう」


 僕は杖や戦闘で使う道具のぶら下がった腰のベルトをもう一度きつく絞めながら言う。


「なんと。それでは、僕が行く他ないか。……これは困った。僕は獣人国侵攻についての策を考えるのに忙しいのだが……。しかし、他に相応しい人物がいないのであれば致し方なしか? どうなんだ、ニコ」


「御意。まずはイズリーさまの初陣を優先なさるのがよろしいかと」


「うむ。そうか。いや、しかしながら、宰相とはこうも忙しいものか──」


 僕は窓から顔を出して叫ぶ。


「ライカ! ライカはいるか!」


「は! 主様! お呼びでしょうか!」


 馬に乗って馬車と並走していたライカが言う。


「──馬を支度せよ!」


「御意!」


 ライカは一旦後方に下がる。


 馬車に座り直した僕を、ハティナがジーっと見ている。


 何やら腹に一物あるようだ。


「……む。どうした、ハティナ? 僕に何か用事か? 僕に何か、そのう、何だ。何かして欲しいことがあるのか?」


「……ないけど」


 ハティナはツンとした様子で言う。


「……ないか? ……そうか? そんなことはないだろう。ハティナ、君は僕に遠慮し過ぎる。僕たちは一心同体、君は僕の命そのものだ。何か頼み事があるなら、何でも言うが良い。君の頼みなら、僕は例え火の中、水の中、あの娘のスカートの中だってへっちゃらさ」


「……いや、別にないけど」


「本当か? ん? その顔は何かあるな? 僕たちの付き合いは長い。僕にはわかるぞ、何だ? 何かあるだろう? ん? どうなんだ? ニコ、ハティナには何か頼みたい事がありそうだな? どうだ?」


「あ、はい。えーっ……と。……お、愚かなわたくしめには、奥方さまの深いお考えは量りかねます」


 ニコは答えに窮した。


 ニコにしては珍しい。


「そうか? ニコもまだまだだな」


「面目次第もございません……」


「まあ良い。で、ハティナ? 何かあるんだろう? 何だ?」


「……しつこい」


「何かあるだろう? 例えば……そのう、ほら、誰かの戦闘を見てきて欲しいだとか、誰かを陰ながら見守って欲しいだとか……」


 窓の外から、ライカの声がする。


「主様! 馬の用意が整いました!」


 僕は外のライカに「暫し待て!」と言う。


「……」


 ハティナはまだ僕をジッと見ている。


 彼女の視線はどこか呆れ果てたように見えるが、それは完全に気のせいであるはずだ。


「……ハティナ?」


「……イズリーの──」


「イズリー!? イズリーがどうした? ん? イズリーが何だ、そのう、何かあるか? む。そういえば、イズリーの戦闘はそろそろ始まる頃合いか? どうだろう? どうだ、ニコ」


「は。じきに接敵する頃合いかと」


「む。そうか。イズリーの戦闘がもうじき始まるか。おっと、ハティナ。イズリーがどうしたって?」


「……鬱陶しい」


 ハティナはそう言ってため息を吐き、言葉を続けた。


「……イズリーがシンパイ。……シャルル、スコしヨウスをミテきて」


 よし!


 言質は取った!


 若干、棒読みだった気がしないでもないが、まあ気のせいだろう。


 そうだ!


 気のせいに違いない!


 たぶん、絶対、おそらく、きっと、気のせいだ!


 僕の脳内に、くす玉の割れる音とゲームで戦闘に勝利した時に流れそうなファンファーレが響く。


 僕は心の中で勝ち誇る。


「ふむ。愛するハティナにそう言われては、致し方ないな。……そうだな? ニコ」


「御意」


「よし! 致し方なし! 忙しいがイズリーのためだ! ハティナにそこまで頼まれては断るわけにもいかぬ!」


 僕はそう言いながら、光速を超えるスピードで馬車の扉を開けてライカの用意した馬に飛び乗る。


「あー忙しい! 僕、超多忙! 猫の手も借りたいほど忙しい! 非常に忙しい上に別に見に行きたいわけでは全くないが仕方がない! ライカ! 先頭まで走るぞ! 遅れるな!」


「御意!」


 僕は馬の尻が割れてしまうくらい何度も鞭打って全速力で愛しいイズリーの元へ向かった。

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