第192話 侵攻と信仰

 ミキュロスを交えた軍議は、完全にニコの独壇場と化した。


「──で、あることから、獣人国への進軍を視野に入れて軍を編成し直すべきです。獣人国の領土、特に東側一帯を切り取ることができれば、エルフの背後にも領地を持つことを意味します。これにより、獣人国とエルフ国が帝国へ出るための街道を王国が握ることになります。よって、北方諸国の中でも帝国を凌ぐ発言力と国力を獲得できるものかと愚考します」


 堂々と自らの考えを述べる美少女獣人メイドのニコを見て、僕は思う。


 ……この娘はすごい。


 元々は奴隷だった彼女が、今では国のトップの中のトップと軍議の場で渡り合っている。


 僕は個人の圧倒的な力こそ信じていないが、確かに彼女は国を、そして世界の歴史を動かしている。


 これを才能と言わずして何と言うのだろうか。


 一通りニコの話を聞いたミキュロスが言う。


「なるほど。……一理あるかな。奇しくも半年後は北方諸国共栄会議が行われる。それに間に合うのであれば……」


 彼はそこまで言って、ニコを見る。


 普段、ミキュロスはニコに対して慇懃な態度を取っているが、ここにはミリア隊の下士官の目もある。


 宰相の付き人にへりくだるわけにもいかないのだろう。


 ミキュロスの言葉に、ニコは答えた。


「半年あれば、彼の国を落とすに充分な時間でございましょう。今年の会議の開催はエルフ国でございます。獣人国の首都から世界樹まではそう距離がございません。主さまには獣人国側から直接、エルフ国の首都たる世界樹まで向かっていただければ」


 急に水を向けられて僕は焦る。


 僕も何故かその世界中からお偉いさんが集まるであろう会議に出ることになっているばかりか、ニコの話によると獣人国の首都まで占領せんとばかりの勢いだ。


「……侵略戦争みたいなのは、やりたいとは思わないんだが」


 気付くと僕は、そんなことを口にしていた。


 獣人国は皇国軍の通過に同意した。


 王国を攻めると解っていて、それでも通過を許可したのだ。


 そして、結果としてイズリーを危機に晒した。


 僕はそれだけのことで、獣人国の首脳陣に怒りを感じている。


 が、しかしだ。


 それでも、その国を滅ぼそうとまでは思わない。


 僕は元々、祖国に対する愛国心なんてものは持っていなかった。


 王国なんてのは、たまたま『神』によって配置された場所でしかない。


 もしかしたらそこは皇国だったかもしれないし、帝国だったかもしれないからだ。


 ただ、この国には友がいる、恋人がいる、師がいる、親がいる。


 だから僕は、王国を護り、王国につくす。


 それはきっと、獣人国の民も同じだと思うのだ。


 だからこそ、獣人国を攻め滅ぼし王国の版図を拡大することを、良しとしない自分がいる。


 僕の言葉に、ニコは言う。


「存じております。もし、主さまが心の底から野心に染まっておられたなら、きっとわたくしも姉さまも、ここまで心酔してはいなかったでしょうから。いま、獣人国は苦しんでいます。長い内乱は泥沼と化し、血で血を洗う内戦を繰り返しています。しかしながらこれを放っておけば、必ずや戦火は周辺国に飛び火します。今でも、帝国やドワーフ国がこぞって獣人国の各陣営に武器や兵糧を売っています。戦争で儲ける輩がいる限り、彼の地で戦乱がなくなることはないでしょう。……この争乱を治められるのは、この世界で主さまをおいて他にはございません」


 ニコは堂々とそう言った。


 僕は黙る。


 ニコやハティナに比べれば稚児のごとき頭でも、それでもやっぱり考えることをやめてはいけない。


 そう思ったからだ。


 黙って考えにふける僕に向けて、モノロイが言う。


「シャルル殿が自ら南方の解放に向かうであれば、その間、王国は無防備になりましょう。帝国やエルフ国から要らぬ手出しを受けぬためにも、後顧の憂いは断っておくべきかと……」


 モノロイの進言はもっともだ。


 僕やモノロイ、それに双子やニコやライカで南方に向かったとして、王国の戦力はかなり低くなる。


 周辺国からしてみれば、まさに攻め時だ。


 僕はミキュロスを見る。


 ミキュロスは僕と目が合うと黙って頷いた。


 僕の好きにしろ。


 そういうことだと、僕は瞬時に理解する。


 そして、僕は決断した。


「……ニコの言を取る。獣人国に進軍しよう。だが、獣人国を滅ぼすような戦はしない。彼の国には利用価値がある。我らの南方解放に向けた楔とする」


 楔。


 僕たちが南方解放のために王国に隙を作り、帝国とエルフが王国打倒に動いても、獣人国なら彼らの背後を取れる。


 獣人国が王国と深く結びつくことは、彼らにとって軍を安易に動かすことが危険になる。


 つまり、僕の傀儡となった獣人国の存在は、彼らの軍を領地にピン留めする楔になるわけだ。


 その日の軍議から、進軍の準備は進められた。


 皇国軍から捕らえた捕虜は、王都に移送されることになる。


 万が一、僕たちの獣人国侵攻に呼応して帝国が動けば、大教皇の身柄をダシにして皇国に背後を突かせる。


 大教皇は僕の日々の拷問によって、今では忠実な犬のようになっていた。


「女神信仰など愚の骨頂! 我らの神は魔王様をおいて他になし!」


 ミリアの慈悲という名の拷問によって、無理矢理黒の十字架サタニズムに改宗させられた捕虜の彼らは、後に祖国に帰って裏側から女神信仰を黒の十字架サタニズムに変えていくことになるが、それはまた別のお話。


 この時の僕はまだ、後の世の凄惨な光景を知らないのである。

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