第191話 最終回(仮)
僕の胸を雷が貫く。
息ができない。
電流が僕の内側を焦がして臓腑を壊していく音が聞こえる。
血だか胃液だかわからない液体が僕の身体を逆流して口から噴き出て鼻の奥をツンと刺した。
身体に力が入らず、そのまま僕は仰向けに倒れる。
膝から崩れ落ちた僕は受け身も取れずに後頭部を強打したはずだが、その衝撃すら感じる間も無く意識が薄れていく。
僕の肉体が死んでいくのが解る。
転生者である死人の僕は、ここに二度目の死を迎えるのだろう。
志半ばで僕は死ぬ。
手足の先からゆったりと、それでいて足早に死が僕の身体を包み込んでいく。
どうか。
どうか、ハティナとイズリーだけは幸せになってほしい。
そんな、虚しい希望だけを置き去りにして。
──完。
「……いつまでそうしているの」
ハティナが切り株に腰掛け、本のページを捲りながら言う。
「にししー。やっぱりシャルルでも勝てないんだ! お師さんは強いねえ」
軍服を泥だらけにしたイズリーが笑いながら僕の顔を覗き込んだ。
彼女の鼻の頭に付いた土を見て、僕はそれを拭いてあげなくては、なんて考えている。
ハティナの隣に控えるニコの横で、彼女が
「おーし! これで十戦十勝なんじゃぜー! あっへっへっへっへ! シャルルよお! お前さん、もう十回も死んでんじゃぜ! こりゃ傑作じゃぜー! 俺、やっぱ魔導の天才なんじゃぜ! 魔法戦で勝つのはめちゃ気持ちいーんじゃぜー!」
僕を倒した師匠のパラケストが、年甲斐もなくはしゃいでいる。
めちゃくちゃ煽ってくるなあ、このジジイ。
……くそう。
……今なら流石に勝てると思ったのに。
僕もこの三年、寝てたわけじゃない。
それでも、パラケストには勝てないでいる。
父のベロンも強かったが、パラケストはベロン以上の魔導師だ。
パラケストの修行はシンプルだ。
何度も何度も魔法戦を行う。
魔力が尽きたらその日の魔法戦を終わりにして、残った僅かな魔力で四則法の鍛錬を行う。
身体から湧き上がる魔力をコントロールするのは難しい。
身体の中から魔力を取り除き、自分の体内魔力を丁寧にコントロールする。
五感を研ぎ澄まし、魔力を廻し、廻した魔力を通しで指先に集める。さらにそれを呪文無しの純粋な魔力として放しで放出する。そして、放出した魔力が消えないように念しで操作する。
魔法戦に比べれば地味な作業だが、これがとても難しい。
最初はミキュロスを待つ間、そんなパラケストによるイズリーの修行の手伝いをしていた。
そして、イズリーの『お師さんとシャルルはどっちが強いの?』なんて疑問を解消するべく、ニコの
結果は十回やって十連敗だ。
何度か惜しいシーンもあったが、おそらく、アレは罠だったのだろう。
パラケストは戦いの合間にわざと悪手を入れる。
攻撃魔法で僕に隙を作った次に放つ魔法が、
こちらが大技を読んで防御スキルを展開しても、それが空振りに終わるわけだ。
ベロンの計算され尽くしたような戦術とは対極にある。
パラケストは変幻自在にその戦い方を変えるのだ。
得意な雷魔法のみを中心に戦術を組み立てていたベロンとは違い、パラケストは戦闘ではおよそ役に立たないような魔法ですら、僕を翻弄するための布石にしてくる。
それこそ、使えるものなら何でも使うかのように。
パラケストの異質さは、僕の起動した
脳内に流れる未来のイメージが、時に二重三重に重なるのだ。
これはつまり、パラケストが常に僕の動きに合わせて二手三手別の選択肢を持っていると言うこと。
そうして、僕の未来予知は封殺されて敗北に追いやられる。
もし南方の魔王がパラケストよりも魔導師として強かったなら、僕は手も足も出ずに殺されるだろう。
「シャルルよお、お前さんもイズと一緒に修行した方が良いんでねか?」
パラケストの言葉に、僕は起き上がって頷く。
「……またしばらく、お世話になります」
不承不承だが、僕はそう答えた。
僕は強くならなきゃいけない。
パラケストが言うように、強さってのがただの比較の言葉であっても。
それでも、僕は少なくとも魔王より。
あの憎悪を宿したもう一人の魔王より。
それから、軍が平原に駐留する傍ら、僕はイズリーと共にパラケストの手ほどきを受けた。
二月後。
陣中見舞いという名目で、ミキュロスが王都からやってきた。
彼は僕からの呼び出しを受け、他の用事を全て放って駆けつけて来たのだ。
そして、彼を交えてミリアの天幕で軍議が行われることになった。
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