第190話 メッセージ

 ミリアの天幕は豪勢だ。


 それでいて、不吉だ。


 高そうなテーブルに椅子が四脚、高そうな絨毯に高そうな壺、高そうなティーセットに高そうな上に何故か三人は寝れそうな大きなベッド。


 隅の方に、何に使うのかわからないが鞭やら手錠やら足枷やら先端にトゲトゲのついた棍棒やら、やたらデカい万力やら三角木馬やらが並んでいる。


 もう一度言うが、何に使うのかは知らない。


 これはきっと、僕のような凡人にはわからない、何か大層なインテリアなのだろう。


 そして、天幕の中はそんな血糊の付いた禍々しいインテリアとはミスマッチな、とても良い香りがする。


 女の子の香りだ。



 僕がミリアの天幕に入ると、そこでハティナとミリアが優雅にお茶を飲んでいた。


 ハティナの天幕は別に用意されているので、ハティナ自ら遊びに来たのだろう。


 人付き合いが苦手だったあのハティナが、ミリアには意外にもよく懐いたものである。


「これはこれはご主人様!」


 ミリアが勢いよく席を立つ。


 僕とニコはテーブルに座り、ミリアにニコの献策について相談することにした。


 テツタンバリンが恐ろしげな様子でミリアの拷問グッズを眺めている。


 獣人国への進軍について、ニコが語り終えると、真っ先にハティナが口を開いた。


「……ニコの言うことは正しい。……もうじき北方諸国共栄会議が開催される。……その前に獣人国の街をいくつか落とせるなら、次の会議では王国がイニシアチブを取ることができる」


 北方諸国共栄会議とは、数年に一度北方諸国のお偉いさんが集まってあれこれ政治的な折衝を行う会議のことらしい。


 前の世界だと国連のような機関に近いだろうか。


 皇国は王国に侵攻したが、これは撃退され、帝国は皇帝が危篤状態で戦争どころではなく、エルフ国はそれらの諸外国について我関せずの姿勢を貫いている。


 国際社会では今、王国が国家として最も力を伸ばし安定していると言えるわけだ。


 ハティナの言葉を聞いて、ミリアが言う。


「しかし、問題がありますわね。獣人国を攻めるには口実が必要ですわよ」


 確かにそうだ。


 この世界の戦争は、何よりもまず建前が大切なのだ。


 人類が創り出した全ての国は、北方諸国共栄会議という共同体に属する。


 つまり、建前の上では魔物に対しては味方同士。


 その味方を攻めるなら、それ相応の理由が必要なわけだ。


 僕は一つ、彼女たちに提案してみる。


 獣人国に兵を進めるか否かは別にして、その理由の部分だけであるなら、どうにか出来なくもない気がするのだ。


「進軍の理由だが、獣人国への援軍としての名目で兵を進めればいいんじゃないか? ほら、獣人国は長く内乱が続いているわけだろ? その内乱の鎮圧のために兵を送るって名目にすれば、必ずしも獣人国タスクギアを攻めるってことにはならないんじゃないか? そうして、上手く兵を進めてクロウネピアの反乱を鎮圧して、いくつか領地を切り取っちゃえば良いんじゃないか? タスクギアに返せって言われたら、反乱の兆しがあるから、もうちょっと待っててとか何とか言って、兵を置いとけばいいと思うんだけど……」


 僕の言葉に、ニコとハティナとミリアが同時に頷く。


「……確かに」


「さすがはご主人様ですわね! 敗けた皇国軍を援護する理由は、最早タスクギアにはありません。タスクギアは皇国に対して軍の通過こそ認めはしても、我々との敵対までは望まぬでしょうし」


「素晴らしき策かと愚考いたします。主さまの仰せの通り、タスクギアとクロウネピアの内乱は混迷を極めております。タスクギアとしても、少しばかり領土を削られてもクロウネピアの鎮圧の方が後の利になりますから。それに……」


 ニコはそこまで言って閉じた眼を開く。


 彼女の長い前髪の奥に、昏い瞳が見える。


「……主さまは魔王。……クロウネピアをそのまま丸め込んで傘下に治めることすら可能であると愚考いたします」


 そんなニコのことを見て、ハティナは言う。


「……それなら、クロウネピアの内乱を後押ししても良い。……国の支配者を魔王の崇拝者に挿げ替えてしまう方が、後々効率が良い」


「私が言うのも何ですが、貴女方の考えは心底エゲツないですわね……」


 ミリアがそんなことを言った。


 ひとまず、僕たちはタスクギアと皇国に向けて使者を送ることにした。


 タスクギアへのメッセージは、『貴国の内乱が激化したせいで我々が皇国から攻められました。まあ、流石にそんなことはないと思いますけど、皇国を支持していたわけではないですよね? まさかね? まさか、皇国軍が我々を攻撃することを知っていて、それでも軍の通過を許可したわけではないですよね? そんなことはないと思うので、我々王国と貴国の友誼のために、我々が貴国の内乱の鎮圧に軍を派遣することにしました。ああ、そこまで感謝しなくても大丈夫ですよ。我々としても、これ以上皇国からちょっかい出されるのも嫌ですから。つーことで、我々の友好関係のために、貴国の西側の一帯の内乱は我らにお任せあれ。ああ、それから、獣人は我々人間からすると誰も彼もが同じに見えます。なので、西側には軍を派遣しないで下さい。だって、間違えて貴国の正規軍を倒してしまっても、我々は責任取れませんからね。あ、近いうちに私、王国二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープがご挨拶に伺います。とりあえず西側が安定したらそちらに伺いますので、その時はよろしくお願いします。じゃ、そーゆーことで』みたいな感じだ。


 そして皇国へのメッセージは、『おたくの大教皇さんをウチで預かってるけど、どーする? 誠意見せてくれんなら考えるけど、そうじゃないなら、ほら、ウチも少なくない損害が出ちゃってるからさ? さすがに相手の大将には責任取って貰わないといけないんだよね。まあ、とりあえず賠償金と捕虜交換のための補填金は払って欲しいんだよね。つーことで、払う気あんなら早めに言ってね? ほら、ウチの国、魔王がいるからさ。彼、とっても気が短いんだよね。何せ、魔王だからさ。わかるよね? じゃ、お返事待ってまーす』といったところだろうか。


 王都にも使者を送り、ミキュロスを呼び出した。


 ひとまず、戦場見舞いという形式で、王都からミキュロスが来るまでの間、僕たちは王国北西の平原に駐留することにした。


 

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