第189話 弟子入り
僕に続いて天幕から出てきたテツタンバリンが言う。
「な、なんだってこんなことに……?」
そして、僕に気付いたパラケストは天の助けとばかりに言う。
「ん? お、シャルルよお! ちょうどいいや、どーにかしてくれやー! この嬢ちゃん、俺に弟子入りするって言って聞かんのじゃぜ! 俺、めんどーごとはゴメンなんじゃぜ!」
僕は思案する。
パラケストは不真面目のオリンピックがあれば国の代表入りは確実であるばかりか生涯不敗を誇るような人間だが、その戦闘力と人に物を教えることに関して言えば、王国のどの魔導師より秀でている。
今の今まで戦闘に身を置くことでしか強さを獲得できなかったイズリーが、変わるきっかけになるかもしれない。
そんなことを考えて、僕はパラケストに言う。
「ニコが先ほど工面した金は、
僕はテツタンバリンの隣に立つニコに聞く。
「は。このテツタンバリンはわたくしの所有物です。そして、わたくしは主さまの所有物にございます。故に、
……。
……いや、そこまで言う気はなかったの。
ほら、一応、
そりゃあ、つまり、僕がいわゆる、そのう、何だ?
……株主?
そう、株主的なアレじゃん?
だから、そのくらいのニュアンスだったの。
所有物とかそんな、……そんなとこまで主張する気はなかったのよ。
僕はニコを見詰めて固まるテツタンバリンを見て思う。
「つ、つまり、僕は師匠に金貨千枚を貸し付けていることになるわけです! 故に、金貨千枚分の働きを師匠に求めることは、これは正当な要求であるわけです!」
僕は開き直って勢い任せで言う。
「爺さん! お願いします! 強くなりたいんです! 爺さんみたく強くなりたい! シャルルが心配しないように! シャルルが遠くに行っちゃわないように!」
イズリーは小さなおでこを地面に押しつけて言う。
そんなイズリーを見て、パラケストはため息を吐いてから、口を開いた。
「……嬢ちゃんよお。強さってのぁ、比較に過ぎねーんよ。誰より強いか、誰より弱いか。そんな、比較の言葉に過ぎねえ。俺ぁ、確かにその辺の魔導師より強えんじゃぜ。何しろ、魔導の天才じゃもん。けんどなあ、俺ぁ、始祖マーリンと比べりゃ弱ぇんよ。強さってなぁ、そーいう比較の言葉に過ぎねえ」
パラケストはどこか遠くを見るような眼で言った。
「それでも強くなりたいの! あたし、バカだから、どうやって強くなればいいかわからないの! でも、爺さんはモノロイくんを強くした! シャルルとミリアちゃんを強くした! あたし、あたしもっと強くなりたい! 今より! もっともっと! 何だってします! 言うこともちゃんと聞きます!」
「ほーん? 何でもってかい」
パラケストは不敵な笑みを浮かべる。
「何でもする! おっぱいだって、触ってもいいよ!」
イズリーの唐突なセクハラ許可に、パラケストは顔を赤らめて言う。
「嬢ちゃんよお、んなこと言うもんじゃ──」
「触ったら、殺しますよ」
僕は殺気を全開にしてパラケストに告げる。
イズリーにセクハラ?
悪いがミキュロス、その時は国が滅ぶぜ。
僕の考えを知ってか知らずか、パラケストは叫ぶ。
「おま、俺を何だと思ってんじゃぜ! こんなションベンくせーガキンチョ、キョーミないんじゃぜ!」
……このジジイ。
それはそれで何かムカつくぞ。
「わーかった、わかったんじゃぜ! 弟子にしちゃる。そんかわし嬢ちゃんよお、途中で放り投げんのは無しなんじゃぜ? それから、俺のことは爺さんじゃなくて超絶頭良くてカッコイイ上に性格まで最高すぎて女にモテてヤバいお師匠のパラケストさんって呼ぶんじゃぜ!」
パラケストはそんなことを言った。
そんな彼に、イズリーは言う。
「わかりました! ちょうぜつ頭イっててヤバいお師さん!」
……。
……覚えきれなかったんだね。
……仕方ないよね。
パラケストは一瞬だけ硬直した後、イズリーに向かってボソリと言う。
「……やっぱ普通にお師匠さんでいいんじゃぜ」
「わかりました! お師さん!」
「……。……おう」
長い沈黙の後で、パラケストはこくりと頷いた。
イズリーがパラケストに無事、弟子入りした後、僕とニコとテツタンバリンでミリアの天幕に向かう道すがら、ニコはこんなことを言った。
「これで、イズリーさまも上手く収まりましたね」
僕はそんなことを言うニコを見て、数俊してから気付いた。
ニコはこうなることを予期していたのだろう。
パラケストがニコに金の無心をし、それを彼女は一瞬で肯定した。
そうすることで、彼女はパラケストに貸しを作ったのだ。
しかし、ニコにとっては
だから彼女は、パラケストに貸すとは言わなかった。
きっと、イズリーがパラケストに弟子入りする未来を予想し、パラケストへの融資が回りに回って僕の貸しになり、さらに僕の為になるようにタイミングを見計らっていたのだ。
「ニコ。……お前には敵わないな。……僕が何か間違えていた時、その時は、ちゃんと僕の間違いを正してくれ。僕自身、今はその役割をハティナ一人に担わせてしまっている。……だから、ニコ。お前が何か気付いた時、その時は、ちゃんと僕に言ってくれよな」
僕の言葉に、ニコは答える。
「……御意。ですが、主さま。……わたくしはその時、きっと謀略と機略の限りを尽くして主さまの誤ち自体を、正解にしてしまうでしょう……。主さまとハティナさま。お二人を見ていると、どうしても悟ってしまうのです。……わたくし如きでは、お二人の関係性に介入することなど、絶対に不可能なのだと」
ニコは、どこか寂しげな様子でそう言った。
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