第188話 進言

  パラケストは僕の主張など歯牙にも掛けない様子で、『んな硬ぇーこと言うもんじゃないんじゃぜー、俺、お前さんの命の恩人じゃぜ? じゃ、ちょっくらミリアの嬢ちゃんとこでも挨拶いかんとね!』などと言って天幕を後にした。


 天幕に、僕とニコとライカ、そしてテツタンバリンだけが残される。


 テツタンバリンは所在なさげに、こんなことを聞いてきた。


「……旦那。さっきここ来るまでに、陣中を通って来たんだがな? なんだかすげー叫び声があちこちから聞こえてきたぜ? 大丈夫なのか? 兵士同士で喧嘩でもしてんじゃねえのか?」


 テツタンバリンの問いに、僕は至ってシンプルに答える。


「ああ、そりゃ教育だろ。捕らえた皇国軍に社会の厳しさを教えてるのさ」


 テツタンバリンは血の気を失ったような顔で僕を見る。


 すると、ニコが口を開いた。


「主さま……これからの軍の方針ですが、如何なさるおつもりですか?」


 ニコが軍の方針について僕に話しかけてくることは珍しい。


「しばらくはここに布陣していようと思ってるよ。皇国軍の後詰めが来るかもしれないし、皇国軍に加担した獣人国への圧力にもなるしな」


 僕の言葉に、ニコはコクリと頷いて言う。


「それでしたら、このまま獣人国領に兵を差し向けては如何でございましょう。皇国軍から鹵獲した兵糧もございますし、彼の国は内乱で弱体化しておりますれば、我が軍に太刀打ちできずに難なく攻略できるでしょう」


 僕はその言葉を頭の中で吟味する。


 僕は本来、戦争がしたいわけではない。


 それに、獣人国を打倒する理由も特にない。


 無闇な戦乱を振り撒くのは、正直なところ無意味であるとすら考えている。


 が、しかしだ。


 あのニコ様が言うのだ。


 本来なら、それが正解なのではないだろうか?


 ニコが間違えたことなど、僕の記憶には皆無だ。


 ニコはおよそ僕のような凡人が考える未来の何十倍も先を、何百倍も正確に見抜くことができる。


 つまりニコのその優秀さが、僕から彼女による提案を不採用とする決断に二の足を踏ませるのだ。


「……何か、考えがあるのか?」


 ニコは眼を開き、そして言葉を紡ぐ。


「はい。実は獣人国の内乱の理由は……主さまにあるのです」


 ……僕?


 僕のジョブは確かに他国も含めて様々な場所から怨みを買っているが、行ったこともない国の内乱まで僕の所為にされてはたまった物ではない。


 そんな僕の微妙な胸の内を悟ったのか、ライカが珍しくニコを嗜める。


「ニコ! 主様の心労を考えよ! 獣人国の内乱など主様の大望に比すれば取るに足らぬ繰り言でしかなかろう!」


「しかし、姉さま。この機を逃せば獣人国を平らげるのは難しくなります。もし今のままタスクギアがクロウネピアを倒したら、必ずや主さまの大望の妨げとなるでしょう」


 ……ふうん。


 なるほどなるほど。


 ……よくわからん。


 よくわからんので、僕はここは素直に聞くことにした。


「タスクギアってのは、獣人国の国名だな? だが、クロウネピアってのはなんだ?」


 僕の問いに、ニコは答える。


「クロウネピアは革命軍の名称でございます。クロウネピアは南方の魔王の信奉者によって構成されており、女神を国教とする獣人国タスクギアを滅ぼし、新国家を造ろうと模索しているのです」


 なんだか、クロウネピアという名称は昔ミキュロスに聞いたことがあったかも知れない。


 それに、ミリアが前に言っていた。


 かつて南方に栄えた国の獣人はほとんどが奴隷だった。


 そして、その国が魔王に滅ぼされたことで獣人は奴隷から解放された。


 そんな歴史的な背景から、獣人の中には南方の魔王を信仰する宗教があるのだと。


「なるほど……だが、わからないことがある。……それ、南方の魔王の信奉者だろ? 僕、かんけーなくね?」


 僕の言葉に、ライカとニコは同時に俯く。


 そして何やら言いづらそうに、ニコは口を開いた。


「わたくしも姉もまだ幼かったのもあり、当時は知りもしなかったので詳しくは存じませんが、十年ほど前に魔王が北方に再臨なされたという噂が獣人国内で流れたそうです。つまり、主さまのジョブというリーズヘヴンの国家機密が他国に漏洩したのです。そして、クロウネピアは魔王のジョブを持つ者、つまり主さまを国王に祭り上げようと画策しタスクギアに反乱を起こしました」


「十年前? だったら、その間クロウネピアから何かアクションがあってもおかしくないか?」


いや、なかったことに越したことはないが、それでも何故クロウネピアは動かなかったのだろう。


「それはわたくしも気になりました。……わたくしが魔王の尖兵ベリアルを使って探らせたところ、主さまの託宣の儀を執り行なった司祭が、どうやら情報を流したようです。……その司祭を粛正しようと考えましたが、どうやら既に亡き者にされていたようでして。手を降したのは、モルドレイ様のようです」


「モルドレイ……」


「それに、クロウネピアとタスクギアは何度か主さまに使者を送ったそうです。使者と言っても、もっと野蛮な輩でしょうが。クロウネピアは主さまを誘拐して王にしようとし、タスクギアは主さまを亡き者にしようと。……ですが、かつての戦役でモルドレイ様は獣人国に顔がよく利くそうでして、おそらく、その伝手を使って事前に危機を察知し、秘密裏にクロウネピアとタスクギアから主様をお守りしていたようですね」


 モルドレイ。


 灰塵の異名を持つレディレッドの大魔導師。


 僕の祖父で、最初は僕を殺そうとしていた。


 しかし、実際にはそれは処断派の人たちを丸め込むための狂言だったのだろうとパラケストは断言していた。


 彼が言うように、僕は本当に裏からモルドレイに守られていたのかもしれない。

 

「あの爺さんは、僕を殺したがっていたと思っていたよ……。とにかく、ミリアたちと相談しよう。これから獣人国に転進するにしても、王都と連絡を取らなければならないだろう」


「……御意」


 ニコはそう答えて沈黙した。


「ライカ。僕はミリアのとこへ行く。……椅子は痛めつけとけ」


「御意!」


 僕の言葉に、ライカは元気にそう返した。


 僕がミリアたちの元に行くために天幕を出ると、そこに異様な光景が広がっていた。


「お願いします! 爺さん!」


 イズリーが土下座している。


「嫌じゃぜ。……めんどくせーもん」


 パラケストがそう言って首を振る。


「ありがとうございます!」


 イズリーはなぜかお礼を言う。


「……え? 俺の言葉、ちゃんと通じとる?」


 戸惑うパラケスト。


 僕は目が点になったまま、そんな二人をしばらく見ていた。

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