第180話 夜襲

「シャルル殿、万端に整いました。いつでも号令を」


 イズリーを送り出してやっと一息ついていた僕の天幕にモノロイが来て告げる。


「そうか。皇国軍に気取られてはいないか?」


「は。あ奴ら、戦はないものであると考えておるようですな。敵陣は静かな物です」


 それを聞いて、僕は頷く。


「よし、では始めよう」


 そう言って、モノロイと共に新設部隊が準備する前線に赴く。


 新設部隊の軍装は黒で統一されていた。


 革の胸当てに腕の甲から肘までを隠す黒鉄に、こちらも漆黒で統一された脛当て。


 個々人が思い思いの得物を持っている。


 この部隊は国はおろか、種族すらバラバラの混成軍だ。


 それぞれが自分に合った武器を持つのも当然と言えた。



 皇国軍と王国軍、両陣営の間には、土魔法で拵えた土壁と壕が一直線に伸びている。


 新設部隊の二千名の兵士が土壁の手前で跪く。


 その前に出てモノロイは言う。


「我らは持たざる者である! 生まれで卑下され、種族で卑下され、血筋で卑下され、過去で卑下される! しかしだ! 忘れてはならぬ! 我らは持たざるしてこの世に生まれ出たが掴み取ることは必ずできることを! 忘れてはならぬ! 持たざる者の反骨こそが時代を切り開いてきたことを! 忘れてはならぬ! 我らに、魔王様の加護があること! 持たざるなら奪え! 奪い取って我が物とせよ! 持たざるなら犯せ! 禁忌を犯してこそ我らは栄光を手にできる! 持たざるなら賭けよ! その身命を賭けてでしか名誉は掴めぬ! 何者かになるのだ! 名もなき兵として死ぬことは許さぬ! 気炎を上げ、軍功を上げ、敵の首級を上げよ! 我らは魔王様の軍! 魔王様の兵! 魔王様の手足! 魔王様の御威光の御為に死せよ! そうして我らは初めて、何者かになれるだろう!」


 モノロイの気迫溢れる演説は、新設部隊の兵士たちを大いに鼓舞した。


 当の僕は、彼らの命に対する責任の所在を明確にされて胃がキリキリ痛みを上げたのと、そんなに大声で叫んだら相手に気付かれてしまうのではないかとビクビクしながらその演説を聞いていた。


 モノロイが僕を見る。


 何か言えと。


 そういうことなのだろう。


 だがしかし。


 何を言えと?


 あんなカッコいいこと僕は言えないし、実は彼らの食費を節約してたことも言えないし、本気の彼ら相手にイズリーに駄々をこねられて彼女を押しつけたなんてことは、もっと言えない。


「あー。うん。君たちならできる! 何せ魔王の軍勢だし、……と言うか、君たちほとんど魔物だし……えーっと、とにかく頑張ってね!」


 僕の下手くそな演説の直後、新設部隊は揃って頭を垂れた。


 それを見て満足気にモノロイが頷き、いつからいたのか僕の背後に立っていたメリーシアに言った。


「例のブツ、滞りないな?」


「当たり前でしょ。私を誰だと思ってんの?」


 そう吐き捨てたメリーシアを見て、モノロイは「よし」と首肯して言う。


「シャルル殿。行って参る」


「……あ、うん」


 モノロイは覚悟を決めた顔だった。


 そうして、新設部隊は次々に土壁を登って出陣していく。


 僕はライカとニコと共に、土壁の一角に造られた物見櫓に登る。


 すると、そこになぜかメリーシアがついてきた。


「……お前は行かないの?」


 僕の素朴な疑問に、メリーシアはこれまたあっさりと答える。


「うん。戦闘の免除と週休四日と給金の増額が雇用条件だから」


「……そうなんだ」


 彼女はやはりちゃっかりしている。


 推挙と登用先が引く手数多だった彼女は、どうやら雇用条件の交渉に成功したらしい。


 しかし、新卒なのに社長みたいな高待遇だな。


 ……まあいいけど。



 新設部隊は腰をかがめて敵陣に接近していく。


 月明かりが、闇夜の漆黒に馴染んだ彼らをぼんやりと映し出している。


 二千人が移動しているのに、ほとんど物音がしない。


「途轍もない練度の高さですね」


 隣でライカが言う。


 ふーん。


 と言う感想しか出てこない。


 何しろ、人間対人間の戦争は初めての体験なのだ。


 この場にいる者のほとんどがそうだと思うが。


 新設部隊の軍勢は皇国軍を囲むように横長に広がった。


 そして、拳ほどの大きさの瓶を握った。


「あれは?」


 僕の質問にメリーシアが答える。


「あー。毒ね。私が調合したのよ。アレは効くわよ」


「……そうなんだ」


 夜襲を命じた僕の言えることではないが、彼らも最初から正々堂々戦う気はなかったらしい。


 二千で五千を相手取るのだ、そう考えれば普通のことかもしれない。


 新設部隊の先頭に立つモノロイが立ち上がり、大喝を響かせる。


「我らは王国軍新設部隊! 魔王シャルル・グリムリープが麾下である! 我らが前に立つ者は全てを薙ぎ払い、我らを阻む者全てを打ち砕く! 皆の者! 奪え! 犯せ! 身命を賭して敵を討て!」


 皇国軍の見張りの兵士たちが慌てて銅鑼を鳴らして奇襲を告げる。


 新設部隊の兵士たちは、一斉に敵陣にメリーシアから受け取った瓶を投げつけた。


 瓶が落ちて割れた場所に、何やら煙が広がっていく。


『魔王の加護は我らにあり!』

『殺るぞ!』

『殺せ殺せ!』

『ひゃっはー!』

『獲物はどこだ! 俺に寄越せ!』



 新設部隊の兵士たちが気勢を上げて皇国軍の陣営に駆けて行く。


 まるで世紀末にトゲトゲの肩パットをつけて改造バイクで疾走するモヒカンの人みたいな台詞だが、まあ、魔王の軍勢なんてものは本来こんなものなのかも知れないと、僕は無理矢理納得した。


 

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