第179話 戦闘狂

 樹海に日は落ち、王国領の平原に夜の帳が降りた。


 戦支度を終えた新設部隊の兵士たちは、出陣の号令を今か今かと待っている。


「えー! なんでお留守番なの? あたしも殺したい!」


 案の定、僕の天幕で開かれた軍議の場で後方待機となったイズリーが駄々をこねた。


「イズリーさん、ご主人様の決定ですわよ。慎みなさいな」


 ミリアがイズリーの上司としてそんなことを言うが、それで聞き分ければ苦労はしない。


「……」


 ハティナはすでに分厚い愛読書に夢中だ。


「此度の戦は新設部隊の力量を推し量るための戦。我ら新設部隊にお任せあれ」


 モノロイがそう言うと、イズリーは何を思ったのかこんなことを言った。


「あ! そだ! あたしもしんせつ部隊に入る! ほら、あたし、けっこー親切だよ。ね? 前もねえ、困ってるお婆さんいたから助けてあげたの! ね? 親切でしょ? ね?」


 イズリーよ。


 新設部隊のしんせつは親切ではないよ。


 ずいぶんと前に、君は確かに財布を落として困っているお婆さんを助けたことがあったね。


 でもさ、君はその時近くにいたゴロツキをボコボコにしてその人の財布をお婆さんに与えていたが、アレを親切と呼ぶのはどうかと思うんだ。


 僕はそんな考えを巡らせるが、当のイズリーはブーたれたまま、今にも癇癪を起こしそうだ。


 モノロイは必死になってイズリーに言う。


「イズリー殿、此度ばかりは、我らに花を持たせてはくれぬか。我らは今日のために、己に血の滲むような訓練を課してきたのだ。どうかその心意気を買ってほしい! 我らもシャルル殿のお役に立てると証明したいのだ。我らもシャルル殿の盾となり、矛となり、戦えることを証明したい! どうか、どうか我らに任せてはくれぬか!」


「ふーん。やだ!」


 モノロイの熱い言葉は、金髪の戦闘狂バーサーカーによってにべもなく断られた。


 ……不憫すぎるぜ、モノロイ。



「……イズリーを監軍にするか」


 僕の呟きに、モノロイはまるで首がくるくる回ってそのまま空に飛び立ちそうな勢いで首を振る。


「モノロイよ、僕がイズリーを泣かせるような事ができると思うな。彼女の願いを断ることなど、僕には断じてできん!」


 モノロイは全てを諦めたように項垂れた。


「かんぐんてなに?」


 イズリーがポカンとしながら言う。


「軍隊がきちんと統制を取れてるかどうか監視するんだ。当然、監軍は戦地に赴かなければならない」


「おお。わかった! あたし、かんぐんやる! で、何すればいいの?」


 僕の天幕で、軍議に参加したほとんど全ての人間のため息がハーモニーを奏でた。



 軍議は終わり、イズリーは監軍として一時的に新設部隊に配属された。


 イズリーたった一人では、絶対に監軍としての職務は全うできないと断言できるので、彼女の配下のタグライトもイズリー付きとして同じく新設部隊に配属した。


 かつてイズリーに踏み台にされ、挙句の果てに名前すら覚えてもらえていなかったが、イズリーの書く死にかけたヒトデの絵を喜んで集めていた不憫で健気なあの男だ。


 僕はイズリーの隣で跪くタグライトに言う。


「いいか、タグライトよ。イズリーの監軍としての勤め、お前がきちんと果たすのだ」


 僕の言葉に、タグライトは大きく頷く。


「は! 必ずや!」


「いいか、タグライトよ。イズリーに危険が及んだ時は、その身を挺して彼女を守るのだ」


「は! お任せを!」


「いいか、タグライトよ。イズリーが暴走した時も、その身を挺して彼女の暴走を食い止めるのだ」


「は。わかりました」


「いいか、タグライトよ。イズリーが万が一、味方を攻撃し始めたら、やはりその時も、その身を挺して暴走を食い止めるのだ」


「……は」


 タグライトの頷きは、少し控えめになってきた。


「いいか、タグライトよ。イズリーがお菓子を食べたいと言った時は……ニコ、お菓子を用意してくれ──」


「御意。すぐにお持ちします」


 僕の側に控えていたニコが、天幕の隅からお菓子を持ってきてタグライトに渡した。


「──そのお菓子を与えるのだ」


「……は、はあ」


 それを見て、タグライトの隣に立っていたイズリーが言う。


「お菓子食べたい!」


「あ、はい」


 ニコの用意したお菓子はタグライトを一瞬だけ経由してイズリーの手元に渡った。


「……。……早いな。……ま、まあ良い。いいか、タグライトよ。イズリーは方向音痴だ、音痴なのは方向だけではないが、まあ、とにかく色々とアレなのだ。その時、お前はその命を投げ打ってでも、彼女を正しく導くのだ」


「は、はい」


「いいか、タグライトよ。億が一、イズリーが怪我をすることがあってみろ。その時は、五体満足で再び故郷の地を踏めると思うな」


「……はい」


「ときにタグライトよ。故郷くにに家族はいるか?」


「……? いえ、天涯孤独の身ですので」


「よし」


「そ、それは一体、なんの『よし』ですか?」


 怯えるタグライトに、ライカが言う。


「おい、タグライト。魔王様に向かって疑問を呈するだと? 貴様が『てい』して良いのは、その身命だけだ。それとも、魔王様より賜る使命に身を挺する前に、我が牙で貴様を真っ二つにしてやろうか?」


「ひい! 滅相もございません!」


 話はついた。


 ここまで言っておけば、後は彼がうまくやるはずだ。


 僕はそうやって万全を尽くし、前線に出るのが嬉しくて仕方ないといった様子で先ほどタグライトに渡したお菓子を頬張りながらスキップするイズリーと、何やら肩を落とした様子のタグライトを見送った。

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