第174話 帰還
本陣に戻った僕たちは、一度自分たちの天幕に帰って荷物を置き、それからモルドレイのいる一際大きな天幕に入った。
樹海で起きた出来事の報告をするためだ。
そこで、何故かすでにモルドレイとイズリーが会話していた。
イズリーは全ての荷物をモノロイに持たせていたからな。
一人で先にここに来たのだろう。
……何て怖い物知らずなんだろう。
「言っておる意味がわかんぞ、お嬢。……つまり、帝国軍を全滅させたのがエンシェントで、そのエンシェントをお嬢たちが倒したのか?」
「んー? ちがうよー。爺さんさあ、ボケちゃってるかもしれないねえ」
「な……お嬢よ、ワシはまだまだ現役だぞ。耄碌してなどおらん」
「ボケてるろーじんはみんなそーゆーんだよ。うちの婆様もそーだったよ」
「……な、失敬な! ま、まあ、それは良い。もう一度説明してはくれぬか」
「だからね、モノロイくんが魔物でね、エンシェントも魔物でね、帝国軍とエンシェントを一緒に倒したの」
「いや、だからつまり、そのモノロイとか言う魔物とエンシェントが、共に帝国を倒したのか? エンシェントは誰が倒した? 言ってる意味がさっぱりわかんぞ」
「はあ、だめだこりゃ」
呆れた様子で肩を竦めるイズリーの後頭部をハティナが掴んだ。
そのまま、ギリギリと力を込める。
「あう! あ、あ、痛い、あ、あ、あ──」
ハティナはイズリーにきっちりとお仕置きした後、ミリアと共に報告をした。
「──なるほどな。しかし、本当にエンシェントを倒したのか。アレは人の手では倒せぬ類いの魔物だと考えておったが。……それで、パラスはどうした?」
モルドレイの問いにミリアが答える。
「はい。お師匠様はお仲間のご遺骨を集めるために森にお残りになりました。後ほど、こちらにも参陣するとのこです」
「ふむ。あの気紛れのお調子者め。しかし、それでいて妙に義理堅く聡い男だ。だからこそ、人はついてくるのやも知れぬが」
モルドレイは遠い目でそう言った。
それから三日。
パラケストは姿を現さなかった。
軍を駐留させるのにも多額の金が掛かる。
当然だが、兵は戦わなくても飯を食う。
兵糧は常に後方から運び込まねばならないし、従軍した兵士には後で給金を渡さなければならない。
兵站の維持には天文学的な額の金が必要なのだ。
それにもう森の向こうに帝国兵はいないし、森の中に巣食っていたエンシェントもいない。
この場に軍を駐留させておく意味がないのだ。
モルドレイがパラケストへ向ける呪詛の言葉は、日に日に口汚くなっていった。
そして四日目。
「おーっす! モルちゃん元気しとったんじゃぜ? あっヘッヘッヘ! やっぱ何回見てもウケるんじゃぜ!
飄々とした様子で、パラケストは現れ、そして全く悪意のないままにモルドレイの神経を逆撫でするようなことを言った。
「もう我慢ならん! パラス! 貴様は殺す! この手で殺す!」
モルドレイはカンカンに怒っていたが、当のパラケストはどこ吹く風といった具合だ。
「師匠、王都に帰りましょう。もう、ここに縛られる必要はないはずです」
僕の言葉に、モノロイが続く。
「然り! パラス師、我らと共に帰還致しましょう。我が祖父トニージョーは勇敢に戦い、奉国しました。それは、我が祖父の意志によるもの。パラス師が気に病むことではありますまい」
僕とモノロイを順番に見てから、パラケストは答える。
「ほーん。いや、それでも俺ぁ、ココが気に入ってんじゃぜ。今さら貴族暮らしってのも、肩が凝っちまうんじゃぜ」
「パラスよ──」
モルドレイがパラケストの肩に手を置いて、諭すように言う。
「──ベロンは、……ヤツは立派に育っておる。隙さえあれば蹴落としてやろうと考えておったが、彼奴は今までのどのコウモリよりも上手く立ち回っておった。あれほど知恵の回る者は見たことがないほどにな。その息子のシャルルもそうだ。まあ、こちらは我がレディレッドの血を引いておるから当然だが。ベロンに顔を見せてやれ。……あの男は賢いが、強い男ではない。それに、素直な男でもな」
父ベロンは、まだ物心つかない頃に父と生き別れている。
コウモリの子供で、親がいない。
これは、確かに王国では過酷な暮らしだっただろう。
モルドレイの話を聞いて、パラケストは頷いた。
「ベロンにゃ、一度会って謝らんといかんね」
その言葉が決め手になった。
モルドレイは有無を言わせぬといった様子で、軍を王都に転進させた。
モルドレイは口ではパラケストを卑下するが、本人はパラケストを痛く気に入っているのだ。
彼らの会話の端々から、そんな彼らの微妙な関係性は見えた。
「ほーん。あ、ほーじゃぜ。王都に帰ったらヨハンナに会わんといかんね。ミリアの嬢ちゃんとのこともあるし」
「パラスよ。貴様、まだ懲りておらぬのか。昔、ヨハンナに夜這いを仕掛けて殺されかけておったろうに」
「モルちゃんもまだまだ甘ちゃんじゃぜ。ありゃ、愛のムチじゃぜ。ええか?
「はあ。手に負えんな、このジジイは」
進軍する王国兵の鳴らす軍靴の足音で、馬上のモルドレイのため息はかき消されていた。
僕はそんな彼らの会話に、心が安らかになる想いがした。
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