第175話 知らねえよ

 王都についた僕たちは、北門でミキュロスに出迎えられた。


 そして、王都は震霆パラケスト・グリムリープの四十年ぶりの凱旋の報せに沸いた。


 王国屈指の英雄にして王国歴代魔導師の中でも、マーリン・レディレッドやアナスタシア・ワンスブルーと並び立つほどの強者である彼の帰還に、国中から賛辞が届いた。


 パラケストとベロンの再会は、とても淡白なものだった。


「よお、ベロン。元気してたか?」


「……父上、なのですね」


 彼らの間で交わされた言葉は、ただそれだけだった。


 父ベロンは、これまでたった一人でグリムリープを盛り立ててきたのだ。


 それが今さら、英雄たる父親が帰還したからといって、どう反応すれば良いのかわからないだろう。


 祖父パラケストもお気楽な人間だが、どこか不器用なところがある。


 二人は親子だ。


 僕は彼らの再会を間近で見て、そう思った。


 彼らの間に流れる気まずい空気も、時間が解決してくれるだろう。


 溶けない氷はない。


 いつか何かがきっかけで、不意に夜明けは訪れるのだろう。


 そして、暖かな陽光を浴びるが如く、彼らの冷え切った空気は溶解するはずだ。


 その時、本来の暖かな親子の関係性を取り戻すはずだ。



 それからしばらく、僕は宰相として王国軍に新たな部隊を新設するために奔走した。


 その部隊は種族を問わず、生まれを問わず、血筋を問わず、性別を問わず、野望と強さを信奉する。


 今の自分を変える。


 そのために命を張る。


 命をベットして、後の立身を買う。


 僕が目指したのは、そんな戦闘部隊だ。


 自分の力で自分の未来を切り開く。


 この世界に生きる彼らにはそれが出来るはずだし、彼らに最も必要なものも、そういった環境とチャンスなのだ。


 新設部隊を作るために、主要な騎士家や魔導師家に挨拶回りをし、時に脅し、時に媚び、時にへつらい、時に暴力を行使した。


 その部隊には、獣人やエルフやドワーフ、さらには元帝国兵士すら加わった。


 未だ内乱の最中である獣人の難民や流れ者や祖国を追われた者たちの多くがこの部隊に所属した。


 ほとんど全ての兵士は元々第三身分の者たちだ。


 この部隊に所属した瞬間から、彼らの身分は第三身分から解放される。


 魔王麾下。


 それが、王国に新たに作られた身分だ。


 全ての身分の枠組みから外れた存在。


 魔王に──まあ、これは僕のことだが──忠誠を誓い、魔王のために戦い、魔王のために死ぬ。


 それを誓って部隊に所属して初めて、第三身分という卑下される身分から解放される。


 新たに与えられる権利はそれほど多くない。


 そもそも、第三身分は権利を規制される立場なのだ。


 店を持てないだとか、土地を持てないだとか。

 

 魔王麾下の身分の者は、そうした規制を受けることがなくなる。


 第一身分である貴族とも対等に喋れるし、第二身分の者とも対等、さらには、第三身分の者とも対等。


 全ての身分の者に対して、対等の権利と権益を保障した。


 貴族から多くの不満が出たが、全てニコが黙らせた。


 最初は僕も焦った。


 何しろ、未だ王国で大きな力を持つ貴族たちが、一斉に僕を糾弾したのだ。


 しかし、ニコに泣きついたら一発だった。


 まるで、ガキ大将にいじめられたメガネの少年が青いタヌキみたいなロボットの持つ未来兵器によって助けられるように。


 魔王の尖兵ベリアルを通して集めていた貴族たちの弱みを使って、ほとんど全ての貴族たちを黙らせたのだ。


 魔王麾下という身分は、身分制廃止への大きな一手だ。


 この身分の存在が大きくなれば、なし崩し的に身分制は意味のないものになる。


 第三身分の枠組みから外れる者たちが力を持つようになれば、それだけで第三身分の存在意義もなくなるからだ。


 この新設部隊は、今はモノロイが取り仕切っている。


 彼は魔導学園を中退しているので、正式な役職には就けないが、それでも実質的な指導者として、荒くれ者の多いこの新設部隊を日々訓練している。


 彼らの最も過酷な鍛錬の一つに、魔物を食べるというものがあるが、僕はその報告を聞いて「……マジか」とだけ呟いて、後は忘れることにした。


 集団食中毒で実戦の前に全滅だけはやめてほしいところだが、魔物を食べてくれるなら兵士に支給する食費が浮く。


 ミキュロスに言えば軍費は降りるだろうが、王国に負担がかからないならそれに越したことはないだろう。


 大隊長として軍を率い、エンシェント討伐という歴史的な快挙を成し遂げたミリアは、大隊長から師団長に出世した。


 師団長は五つの大隊を率いる権利を持つ役職だ。


 大隊一つの戦力が六から七百人ほどなので、三千人の大軍勢を率いることができる。


 ただ、この取り決めは水物なので、実際には師団長で五千人を率いることもあれば、大隊長が三千人を率いることもある。


 戦争では取り決めより、勝負に勝てるかが肝要なのだ。


 よく知らんが、ライカがドヤ顔でそう言っていた。


 ミリアの出世を喜んでいるところを見ると、ライカもまんざらではなかったらしい。


 彼女からしてみれば、よく喧嘩をするミリアも戦友の一人といったところなのだろう。


 宰相なのに軍事の詳しくをよく知らんのもアレだが、よく知らんものはよく知らんし、ぶっちゃけると、そこまで興味がない。


 勝てれば良くね?


 なんて、僕は思っているのだ。

 

 王国で師団長の位についているのは、モルドレイ・レディレッド、そして元王太子であるカルゴロス・ランザウェイだけだ。


 それに、ミリア・ワンスブルーが加わった形である。


 ワンスブルーの当主ヨハンナは、魔導師の全てを束ねる筆頭魔導師補佐という立場だ。


 要は魔導師としてのナンバー2の立場と、軍閥における指揮官としての要職の二つをワンスブルーが握る格好となった。


 これにはヨハンナは手放しで喜んでおり、『流石は婿殿!』なんて褒めてもらえた。


 が、そんなのは僕にとって胃が痛くなる思いでしかない。


 レディレッドのクソじじ……いや、偉大なる我が祖父御モルドレイ・レディレッドがヘソを曲げたのだ。


「レディレッドを差し置いてカエルが大権を握るのは気に食わん! 宰相よ! 貴殿はレディレッドの血族として、この由々しき事態をどう考える!」


 僕は心の中で「……知らねえよ」と答えながらも、口では「由々しき事態です。ええ、全くもって……」なんて答えた。


 仕方なく、近衛隊の隊長に新設部隊の要職を用意し、その後釜にアスラを据えることにした。


 近衛隊の隊長は「……これは左遷ですか?」なんて言っていたが、それに対して僕は「王国二代目宰相たる私の右腕となる要職を左遷と捉えるなら、まあ、そうなんだろう。……悲しいなあ。……そこまで言われるなんてさ。……僕、魔王なのになあ。……もうなんか嫌になってきたよ。……北方も滅ぼそうかなあ」なんて答えた。


 すると、彼は打って変わってとても素直になったものだった。


 名前は忘れたが、彼は近衛隊で隊長を張るほどの人物だ。


 そこそこ、いや、かなり優秀らしく、モノロイと共によく新設部隊を取り纏めている。


 名前は忘れたが。


 そんなこんなで、新設部隊はモノロイと名前を忘れたあの人の尽力により、ますます力を増すことになったのである。


 

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