第172話 死
僕はニコの手を握って言う。
「エンシェントの本体は地下にあります!」
「何かわかったんじゃぜ⁉︎」
「おそらく! これよりエンシェント討伐の準備に入ります! それまでアレを食い止めてください!」
パラケストの言葉に、僕は答えた。
「任せんじゃぜ! モノ! 仕事じゃぜ!」
「了解した! パラス師!」
雪男みたいになっていたモノロイが、獣のようにその身を揺らして身体にまとわり付いた氷を振り払う。
「さあ、ご主人様の御為、時間を稼ぎますわよ!
ミリアの呼びかけにハティナが頷く。
「……
「ハティナさん! ご自慢はおよしなさいな! 私だってご主人様との婚姻が決まって──」
ミリアの言葉を遮って、今度はイズリーが叫んだ。
「わー! こんな大きなヤツと戦えるなんて、幸せすぎるー!
イズリーは一度だけ、腕にはめたポチとタマでつくった二つの拳をガチンとぶつけて飛びかかる。
それを見て、パラケストは肩を竦めてから言った。
「へっ!
そして、パラケスト、ミリア、ハティナから魔法が飛ぶ。
エンシェントはパラケストたちに対抗するように、巨体を震わせてさらに苛烈な攻撃を浴びせる。
魔法の全てをライカとムウちゃんが打ち消し、長い腕による攻撃を、イズリーとモノロイが防いでいく。
そんな戦いを見詰めながら、僕は念しで自分の魔力を地下深くに向ける。
ニコは
ニコの
どんなリスクがあるか解らないからだ。
── 死屍累々の狭間に、神の意思あり。屍山血河の最果てに、神の意志あり。我が呼び声よ届け。深淵の狭間、冥府の最果てより舞戻りて我が声に応じよ。──
僕はこのスキルの詠唱を聞いた時、その権能に当たりをつけていた。
死者の蘇生だ。
死屍累々の狭間、屍山血河の最果て。
このワードは、おそらく死を指している。
そして、これは深淵の狭間、冥府の最果てというワードとも共通しているだろう。
そして、『舞い戻りて我が呼び声に応じよ』と続く。
死者を黄泉から引き戻す。
そう解釈できる。
トークディアの推測もそうだった。
しかし、僕には疑問があった。
それは、おそらくこの世界で僕だけが持てる疑問だ。
何故なら、僕は死というものを知っている。
そして、死後の世界と死後の仕組みを『神』から教わっているのだ。
『神』は僕にこう言った。
魂は死後、分解されて別の魂と混ざり合い、新たな魂として生成される。
『神』は、確かにこう言ったはずだ。
それならば、死者蘇生という権能とこの世界の仕組みには、明らかな矛盾が生じる。
魂が分解された後に復活するその死者の、魂はどこから引っ張り出すのか。
例えば五百年前の死者を復活させるとして、その魂は未だ健在なのか。
死。
この世界に天国はない。
この世界に地獄はない。
あるのは、無。
虚無の世界。
死後に僕らを待っているのは、天上のヴァルハラでもなければ冥府の業火でもない。
夜の闇より遥かに昏い、無の世界だ。
一度死んでいる僕だから解る。
一度死んでいる僕だから知っている。
僕らを待つ、死という
その先にあるものは、魂の喪失だ。
僕たち人間を、僕たち人間たらしめている、その魂を失うのだ。
だとすれば、死者蘇生なんてスキルは存在し得ないのではないだろうか。
例え、神の奇跡のように死者を黄泉から呼び出したとして、復活したその死者だった者は、その者自身ではないはずだ。
その者の人格、それ自体と言っても良いその者の魂はとっくに分解されてしまっているのだから。
魂のない人形となるのか、あるいは目の前のような魔物となるのか。
それこそが、
魔物は魔法を使えない。
それは、魂を持たないからだ。
魔法にもスキルにも、魂のエネルギーが必要だ。
だからこそ、新たな魔法を創り出すことで魂の磨耗という、魔法を使えなくなるデメリットがあるのだ。
全ては道理に沿っている。
だとすればだ。
エンシェントが死者の骸を使って魔法を使うのは、エンシェントに魂を捕らえる能力があるのではないだろうか。
死者の魂を捕らえ、その死者の頭蓋骨に縛ることで、生前の魔法を使っているのではないだろうか。
そう考えれば、辻褄は合うはずだ。
南方の魔王の持つ
そして、死して魂を失った骸は、意思を持たない魔物になる。
そうして創り出した魔物を操って、南方の魔王は大陸の半分を死地に変えた。
だとすれば、
いくらテキトーな『神』だとは言え、自身が与えたスキルに、南方の魔王と同じような権能を授けるだろうか?
これは、おそらく魔力の方向性がヒントだ。
ニコの魔力の方向性は、魔物の魔力の方向性と正反対なのだろう。
だからこそ、エンシェントの魔力でその傀儡と化した屍人たちは、ニコの
魔物化という現象の正反対。
つまり、
魔物化の解除。
あるいは、魔物化の解呪。
僕のアテが外れるなら、その時はその時だ。
僕がみんなを逃して死ねば良い。
『神』との約束は果たせないが、それはニコやライカたちに任せる。
そんな覚悟をして、僕は心の中で呟く。
南方の魔王に向けて、毒を吐く。
何百年と生きているらしい、もう一人の魔王に向けて。
──死んだこともないくせに、死人を舐めるな。
「主さま! 準備が整いました!」
ニコの声に応じるように、僕が地下に向けて探りを入れていた魔力が一つの魔力を感知する。
大きく、黒い。
まるで、打ち棄てられた古城のような、静かに冷たく寂れたような魔力の塊。
エンシェントの本体だろう。
「ニコ、唱えろ。何があっても、僕がついてる。決してお前を一人にはしない。……魔王を信じろ」
「……御意。……ですが、主さま。わたくしは、魔王を信じたりはしません。……わたくしは、シャルル様を信じます!」
ニコが笑顔を見せる。
僕も、それに答えるように口角を上げる。
「ニコが詠う。死屍累々の狭間に、神の意思あり。屍山血河の最果てに、神の意志あり。我が呼び声よ届け。深淵の狭間、冥府の最果てより舞戻りて我が声に応じよ。──
僕を通して、ニコの魔力が地下にあったエンシェントの本体を飲み込む。
僕も自分の魔力の出力を上げてそれを後押しする。
まるで、灰色の世界に一輪の花が咲くように、地下深くにある暗く冷たいエンシェントの本体の魔力に暖かな光が差した。
そして、まるで朽木が若返り、百花繚乱の花々を咲かせるように、エンシェントの魔力とニコの魔力が同化した。
「はわわ! なんだこれー!」
エンシェントの巨大な頭に飛び乗って、その頭蓋骨に拳を振り下ろそうとしていたイズリーが言った。
イズリーの足元に、一輪の花が咲いている。
そして、その花はエンシェントの身体中から生え、一斉に咲き誇る。
エンシェントの巨体から、淡い光が漏れて弾けた。
まるで大輪の花弁が散るように、エンシェントは光を放って砕け散った。
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