第171話 魔王と聖女
僕たちの魔法を受け、エンシェントはその巨体を揺らした。
それでも、巨大なエンシェントは攻撃の手を緩めようとはしない。
モノロイはエンシェントの左腕を両腕でガッチリと掴んで離さない。
左腕をモノロイに封じられたまま、エンシェントは左右に広がる鹿のような角からぶら下げた頭蓋骨から、多種多様の魔法を撃ち込んできた。
「ムウ! 合わせろ! ライカが詠う! 魔の道を塞ぐ鉄壁は我。万魔の槍撃を断つ不落は我。遍く魔導を失効せし、万夫不当の豪傑は我。──
ライカが前に出て叫ぶ。
エンシェントから放たれた魔法の全てが、その軌道を変えてライカに収束していく。
盾役としては非常に有益なスキルだが、その魔法全てを自分が食らうという大きすぎるデメリットを持つ。
「ムウー!」
ムウちゃんがライカの前に滑り込み、メイド服の裾が揺れる。
エンシェントから放たれた魔法の全てが、ムウちゃんの目の前で霧散する。
まるで魔力の一切を消失したかのように消えてなくなった。
演武祭でミキュロスの魔法の全てを打ち消したスキル。
ムウちゃんに関して、魔法の全ては全くの効果を持たない。
エンシェントはそれを見て、二人に向けて右の拳を振りかぶる。
「……させない」
「遅すぎますわ!」
ハティナが
ハティナの作り出した巨大な竜巻と、ミリアの氷の風が混ざり合う。
二人の魔法は、まるでブリザードのような吹雪となってエンシェントに襲いかかる。
右腕を振りかぶったまま凍結した巨大なエンシェントは後方に数歩退がった。
「ぶぇっくしょん!」
左腕を抑えていたモノロイも、ひっそりと二人の魔法の直撃を受けていた。
「わ、我の存在を忘れないでいただきたい!」
そんなモノロイに、ハティナとミリアは言う。
「……忘れてはいない。……ちゃんと手加減した」
「その通りですわね。一緒に消し飛ばしても良かったのですが」
それを聞いてモノロイは呟く。
「我にだけ手加減ができるなら、当てぬことも出来たのでは……」
……僕もそう思う。
モノロイはまさかのハティナとミリアによるフレンドリィファイアによって、まるで雪山で発見されたイエティのような有様だ。
「わー! モノロイくん、白いねえ」
イズリーが戦闘そっちのけでモノロイを見て手を叩く。
「あいつ、死にそうじゃぜ! 仲間の怨み! ここで晴らしちゃる! ──
パラケストの大魔法が地面から一気に雷閃を咲かせる。
轟音と共に、エンシェントは砕け散った。
「あー! あたしも戦いたかったのに!」
イズリーが飛び跳ねながらパラケストに文句を言う。
しかし、僕は思う。
こんなに簡単に終わるはずがない。
エンシェントがキノコの魔物なら、今、目の前に現れた巨大なエンシェントすら本体ではないはずだ。
僕の考えを裏打ちするかのように、再び地面から巨大なキノコが生え、さらに形を変えてエンシェントの姿に変わる。
「おー! また出てきた! いくぞー!」
イズリーは嬉しそうに巨大エンシェントに殴りかかる。
「な! やっぱ不死身じゃぜ!」
パラケストが復活したエンシェントを見て言った。
僕はこれまでのエンシェントとその眷属である屍人の挙動を思い起こす。
頭蓋骨を依代にした屍人。
あの屍人たちは頭蓋骨を壊さなければ際限なく復活した。
しかし、僕は見ていた。
最初にイズリーに頭を吹き飛ばされた騎士の屍人。
あの騎士の頭蓋骨は一度、地面の中に入っていき、そして復活した。
あれは、本体が回収していたのだろう。
回収して、再度屍人を創り出したのだ。
つまり、十中八九、エンシェントの本体は地面の下にある。
おそらく、それこそがエンシェントの不死身の秘密、そして屍人の復活の秘密。
エンシェントのサインは本体から離れた場所に分身体を送る能力なのかも知れない。
だからこそ、サインを壊すことで分身体は消滅した。
さらに、ニコの
聖女の魔力と、魔王の魔力の相関性。
これこそ、エンシェント最大にして唯一の弱点。
深淵。
エンシェント。
三ヶ国の軍隊をもってしても滅ぼせなかったワケだ。
彼らはこの秘密に最後まで気付けなかったのだろう。
そりゃそうだ。
僕もエンシェントの秘密に辿りつけたのは偶々なのだから。
トークディアから
そして、この樹海でのエンシェントとの戦闘と敗走。
そこからヒントを一つずつ拾ったことで、やっとこの秘密に辿りつけた。
僕は弱い。
僕一人では、相手にもならなかっただろう。
魔王なんて大仰なジョブを授かっても、出来ることと言ったらキャンキャン吠えることだけ。
情けない。
情けないが、それで良い。
周りの人間に助けられ、周りの仲間の助けを借りて、そして最後に勝利を掴む。
それで良い。
そっちの方が、僕らしい。
「ニコ! 僕に魔力を通せ! 合図でスキルだ!」
僕はニコの手を握って言う。
「御意! 何のスキルを使えばよろしいですか?」
ニコのスキル。
聖女の魔力。
僕とニコで、深淵に引導を渡す。
「使うスキルは──」
僕はそこまで言って、ニコが震えていることに気付く。
ニコもかなりの強者だが、これほどヒリつく勝負は初めてなのだろう。
彼女は、これまで失い続けてきた人生だったのではないだろうか。
故郷を離れ、奴隷に落ち、僕と出会った。
だからこそ、失いたくないのだ。
それは、僕も同じ。
コウモリとして生を受け、魔王のジョブを持っていた。
はっきり言って、王国では最悪のコンボだ。
多くの人間から拒絶され、否定されてきた。
同じだからこそ、解る。
僕たちは、今以上に、きっと解り合える。
「──ニコ、帰ったら、ライカとニコのことをもっと知りたいな。さっさとアレを滅ぼして、家に帰るぞ」
僕の言葉に、ニコは閉じた目を開く。
光を返さない昏い瞳に、一瞬だけ光が灯った気がした。
「はい。主さま!」
大きく頷くニコを見て、僕は言う。
「使うスキルは、
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