第169話 師弟

 僕とパラケストはエンシェントのテリトリーの中心に進む。


 屍人は一向に現れない。


 ニコの救世の陽光ジェネシスで全滅したのだろうか。


 長く激しい戦闘を覚悟していたのでこちらとしてはありがたいが、肩透かしのようにも感じる。


 森の奥に進めば進むほど、枯れ木が多くなり青い空が覗く。


 時折、大魔法が空に弾けて地面が揺れる。


 ハティナたちがエンシェントのサインを折っているのだろう。


「今の、何度目じゃぜ?」


「三度目ですね。途中で魔物と遭遇していなければ、これで三本折れたことになります」


「先はなげーね。ま、こっちも真打ちの登場じゃぜ。ひまにはならねーから、良しとしてやるんじゃぜ」


 枯れた大木の影から、エンシェントがゆらりと現れた。


「ですね。……言っときますけど、次は死なないで下さいね。もう、あんな思いするの嫌ですから」


「へっ。ボウズが抜かしよる。お前さんこそ、次は不意打ちにビビんじゃねーんじゃぜ。戦闘は決着がついた直後が、一番あぶねーんじゃぜ」


「……肝に命じます」


 そして、戦いは始まった。


 サインを折られたエンシェントに、余裕のようなものはなかった。


 本能的に危険を感じているのかもしれない。


 まるで、先ほどまでの戦いは嘘だったかのような暴れぶりだ。


 長い腕を振り回し、僕とパラケストに迫ってくる。


 僕とパラケストは同時に雷刃グローザを起動する。


 ワンドを持たないパラケストは、その指先から電気の刃を出している。


 僕の雷刃グローザがエンシェントの左腕を斬り飛ばす。


 パラケストの雷刃グローザはエンシェントの右腕を受け止めた。


「ぐお! 重てえ一撃じゃぜ! ……っかあー! 目が覚める!」


 僕はエンシェントの右腕を抑えて猫背になるパラケストの背中でステップしてエンシェントの首を一閃して斬り落とす。


 首を失ったエンシェントはフラフラと後退して塵に変わった。


「これ! 師匠を足蹴にするとは何事じゃぜ! ヘルベルト先生だったら、ニコニコしながら魔法の暗唱を五時間はやらせるんじゃぜ!」


「すみません、つい。良い場所に足場があったものですから」


 僕は笑顔で答える。


 パラケストはニンマリと笑って言う。


「魔王ってのは傲慢な生き物じゃぜ、全く」


 僕は鉄鎖縛陣チェーンロックを起動する。


 僕の腕とパラケストの腕を、一本の鎖が結ぶ。


「僕の魔力を流します。これなら、師匠も魔物特効を持てますから」


「へっ。余計なお世話じゃぜ。まだまだ孫に介護されるほど耄碌してねーってんじゃぜ」


 パラケストはそんなことを言いながら、僕と彼を結ぶ鎖を見る。


「さ、次が来ましたよ。やりましょう、師匠」


「休ませてもくれんのかい。老人に対する敬意ってもんがねーんじゃぜ、あの魔物にゃあ」


「モノロイたちが全てのサインをへし折るまでの辛抱ですよ。……僕たちが早いか、アレが僕たちを殺すのが早いか」


「さて、ほいじゃあ、殺られる前に殺るかい」


「殺りましょう」


 そう言って、鎖で結ばれた師弟は再び戦闘を開始した。


 エンシェントはまだ魔導師の頭蓋骨にストックがあるらしく、時に魔法で、時に長い腕で僕たちに襲いかかってくる。


 僕の魔力特効を得たパラケストの雷刃グローザが、エンシェントの枯れ木のような肌をいとも容易く切り裂く。


「ほーん! こりゃいーや! スパスパ斬れるんじゃぜ! シャルルよお、こんなえーもんもってるなんて、ズルくね?」


「その代わり、気苦労も多いですよ。物心つかない頃から殺されかけたりね」


「ほーん。なら、ガドルやベロンが上手くやったんじゃぜ。……それから、モルちゃんもなあ」


「いえ、モルドレイは僕を殺そうとしていましたよ?」


 モルドレイの名前が出たのは意外だったので、僕はそれを否定する。


「あっへっへっへ! おめーさんもまだまだじゃぜ。モルちゃんは口では『そっ首叩き落すべきだ!』とかなんとか言ったんじゃぜ? でもなあ、あの男は即断即決の男じゃぜ。本気だったら、んなこと言う前におめーさんの首は落ちとったはずじゃぜ」


「……ですが──」


 僕の言葉を遮って、エンシェントにとどめを刺したパラケストは言う。


「魔王が生まれて、それがグリムリープとレディレッドの子だったら、王国上層部は割れただろーなあ。モルちゃんのことじゃぜ、自分が処断派の旗印になって、自分が折れた格好にすれば、まあ、だいたいは丸く収まるって考えたんじゃぜ。……モルちゃんは、昔から自分が泥を被って事を収めようとするんじゃぜ。不器用な生き方じゃぜ。でもま、俺はそーゆーモルちゃんのこと、けっこー好きじゃぜ」

 

「……」


 僕は何も言えない。


 全てはパラケストの推測の域を出ないし、僕は別にモルドレイを恨んでなどいない。


 ただ、本当にそうなのだとしたら、僕はモルドレイに感謝するべきだろう。


 それがモルドレイの本意だったとしても、物事の一面だけを捉えて、僕は彼に良い印象を持っていなかったのは事実だ。


 僕とパラケストはエンシェントのテリトリーの中心に進んだ。


「この辺りが中心じゃぜ。ほーん? なんだアレ?」


 そこに、木の枝をまるで鳥の巣のようにサークル状に組んだ謎のオブジェがあった。


「鳥の巣? ですかね」


 僕の言葉に、パラケストは言う。


「ほーん? こんな馬鹿でかい鳥、この森にはいないんじゃぜ? およ? なんか出てきたんじゃぜ?」


 鳥の巣の中心から、黒く大きなキノコが出てきた。


 まるで風船が膨らむように、ぶくぶくと膨張しながら現れる。


「キノコ?」


「キノコじゃぜ」


 僕とパラケストは、二人で同じ疑問符を共有した。


 

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