第168話 友よ

「ニコ、感知できるか?」


 僕の問いにニコは答える。


「エンシェントの気配は感じません。これほど巧妙に気配を消すことが出来る魔物は知りません。わたくしたちが見たエンシェントの姿、アレはもしかすると、エンシェントの本質ではないのかもしれません」


 ニコは目は見えないが魔物の気配は人一倍、敏感に感じとる。


 さらに念しも使えることで、その感知能力は常人の比ではない。


 演武祭で帝国から逃げる時、全ての奇襲と待ち伏せを看破するほどの彼女が、あれほど強大な魔物の気配に気付かないのは変だ。


 彼女の言うように、エンシェントの本質はもっと別の何かなのかもしれない。


 僕はエンシェントのサイン、イズリーに言わせれば『お化けの木』に近づいて魔力を通す。


 エンシェントのサインは、微量な魔力を纏っていた。


 その魔力から、微細な繋がりが伸びている。


 僕はデュラハンに魔力を通した時に感じた魔力の糸を思い出す。


 南方の魔王との繋がりが太い縄なら、この繋がりは蜘蛛の糸のように細く弱い。


 逆に、あの魔力の繋がりを知らなければ完全に見落としてしまうほどだろう。


 この細い繋がりを数えると、どうやら十四本ある。


 それに加えて一本だけ、魔力が濃い糸がある。


 それはエンシェントの縄張りの中心に向かって伸びているが、それ以外の糸は四方八方に広がっている。


「師匠、エンシェントのサインは全部でいくつですか?」


「ほーん? 枯れたの併せて十六じゃぜ」


 この木から伸びている糸は十四本。


 この木と他の木が繋がっているとすれば、数は合う。


 残りの太い糸が何に繋がっているのかは解らないが、これこそエンシェントの謎の正体だろう。


 僕は魔塞シタデル魔城フォートレスを最大出力で起動する。


 その直後、僕に風の刃が当たって弾けた。


 僕は風の放たれた方向を見て言う。


「俺に不意打ちが二度通じると思ったのか? ……あめーよ」


 僕の熱 界 雷ファラレヴィンがニコによって手下の屍人たちを塵に変えられたことで姿を現したエンシェントに当たる。


 すでに至福の暴魔トリガーハッピーは起動していた。


 エンシェントは鹿の頭蓋を焼かれ、それでも手に持った頭蓋骨を僕に向けた。


「お前のせいで──」


 僕はそう言いながら、今度はエンシェントのサインに向けて魔法を放つ。


 ──界雷噬嗑ターミガン


「──ハティナにカッコ悪いとこ見られただろうが!」


 お化けの木は激しく燃え上がり、バキバキと音を立てて倒れた。


 すると、僕に頭蓋骨を向けていたエンシェントがもがき苦しみ始め、最後は呆気なく塵に変わった。


 ……決まりだ。


「こ、これは……」


 モノロイが言葉を漏らす。


「ほーん。そーゆーことか。エンシェントのサインが、アレの弱点ってわけなんじゃぜ」


 パラケストの言葉に、僕は肯く。


「ええ、エンシェントのサインを片付けましょう」


「なら、手分けしたほうがいいんじゃぜ。その方がはえーからね」


 パラケストの号令で、エンシェントのサインを壊すために僕たちは別れて森に散った。


 モノロイ以外は二人一組だ。


 イズリーとニコ。


「ニコちゃん! がんばろーね! よーし! お化けの木をやっつけるぞー!」


「はい! イズリーさま!」

 

 イズリーに関しては不安だったが、彼女はニコの言うことだけはちゃんと聞く。

 

 ニコもイズリーの扱いには慣れているので、良いコンビだろう。


 そして、ハティナとムウちゃん。


「……いくよ」


「……むうー」


 ムウちゃんはイズリーには怯えてしまうし、ミリアとの関係性はよくわからないからこの取り合わせなのだが、まあ、話は弾まないだろう。


 最後に、ライカとミリアといった具合だ。


「では主様、我らも出ます。……行くぞ」


「あらあら、まあまあ、獣人風情が私に命令とは。ご主人様の言いつけでなければ、このような──」


「その乳袋を切り落として身軽にしてやろうか?」


「エンシェントに会う前に深刻なダメージを与えないで下さいまし!」


 二人の仲は険悪だが、まあ何とかなるだろう。


 ミリアの言うように、エンシェントと戦う前に仲間割れで全滅だけはやめて欲しいところだ。


 この組分けがどう転がるかは解らない。


 ミリアとハティナは口では争っているが、僕の見る限りだと実際にはとても仲が良いので、その二人を組ませようかとも思った。


 イズリーとハティナを組ませるのも良かっただろうし、それはライカとニコも同じだ。


 しかし、不意に魔物に出会した時に魔物特効があるかないかではかなりの差がある。


 そういった理由もあり、うまく魔物特効を散らばらせるための組分けだ。


「シャルル殿」


 モノロイが何か言いたげな様子で僕を呼んだ。


「どうした?」


「……何故、我だけ一人なのだ?」

 

「僕と師匠はこれからテリトリーの中心に行くからな。……一本だけ、太い魔力の繋がりが見えたんだ。それを追えば、エンシェントの秘密を探れるはずだ」


「ふむ。しかし、我だけひとりぼっちでは、寂しいではないか」


 ……。


 なーにが『寂しいではないか』だ。


 今の今まで森の野蛮人として暮らしてきたのに、何を言ってるんだこの原始人崩れは。


 僕はそんなことを考えて、モノロイの尻を蹴り上げた。


「うるせえ、とっととお化けの木を引っこ抜いて来い。お前は今じゃこの中でも圧倒的な強者だろ。……期待してるぜ、筋肉バカ」


 モノロイは僕の言葉を聞き、豪快に笑って言った。


「ふっ。調子が戻ったようで何より。さて、では我も行こう。……また生きて会おうぞ、友よ」


 森の奥に消えるモノロイの大きな背中に、僕は呟く。


「心配かけて悪かったな。……友よ」


 森を吹き抜ける一陣の風が、僕の言葉をかき消してくれた。

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