第167話 救世の陽光

 エンシェントのサイン。


 僕たちは再びその場に舞い戻った。


 まるでホラー映画に出てきそうな禍々しいデザインに飾り付けられた樹木を見る。


「イズリー、枯れた木ってのは?」


「んとねえ、んと、わかんない」


 イズリーに頼った僕の方が間違っていた。


「なら、探してみるか」


 僕たちは再びエンシェントのテリトリーに侵入する。


 今のところ、屍人の気配はない。


 それでも、アイツらは不意に地面から現れる。


 油断は禁物だ。


 少し歩くと、急に開けた場所に出た。


 僕とパラケストの魔法で更地になった場所だ。


「あ! ここだ! ほら! あそこ!」


 イズリーが一点を指差す。


 そこに、一本の枯れ木が立っている。


 エンシェントの施したであろう飾り付けは、見事に地面に落ちてバラバラになっていた。


 動物の骨やボロ布は散乱し、枯れ木は今にも折れて倒れてしまいそうだ。


「あれは、急に枯れたんだな? 最初にエンシェントが倒される前までは、元気だったってこと?」


 僕の問いにイズリーが答える。


「うん。他のお化けの木と一緒だった。でもね、あれだけしゅーんって枯れたの」


「……師匠」


「十中八九、そーゆーことじゃろ」


 エンシェントは自分の縄張りを表すために、木に禍々しい飾り付けをする。


 しかし、そこには縄張りを誇示する以上の意味があったのだ。


 サインには、エンシェントが無敵を誇る秘密がある。


 むしろ、エンシェントのサインこそ、あの魔物の命そのものと言えるかもしれない。


 僕たちは枯れたサインの近くにあった、まだ存命のサインに近づく。


 すると、また地面が盛り上がった。


 屍人が地面から這い出てくる。


 最初とは比べものにならないほどに大量の屍人だ。


 まるで、エンシェントが最大の警戒心をもって僕たちを再び迎え撃ってきたかのようだ。


 屍人の数は千を優に超えるほどに見える。


 森の奥の方まで、あらゆる人種と性別の無数の屍人だ。


「……まるで、軍隊」


 ハティナが呟く。


 かつてエンシェントと戦い、そしてあの魔物の前に散った犠牲者たちが亡者と化して僕たちの前に立ちはだかる。


 ゆったりとした動作で、屍人たちは近づいてくる。


「ニコ。頼む」


 僕はニコに声をかけた。


「かしこまりました。ニコが詠う。始祖たる陽光よ輝け。救世の燈火よ燃えよ。咎も罪も隔てなく癒えよ。──救世の陽光ジェネシス!」


 ニコの掌から眩い光が溢れる。


 救世の陽光ジェネシス


 範囲内の全ての生物に向けられる治癒スキル。


 ニコから差し込む光が僕たちの傷を癒す。


 そして、その光は屍人の軍団も分け隔てなく照らす。


 僕の推測の通り、光を浴びた屍人の肉体が塵に変わる。


 屍人は魔物の魔力で肉体を形作られている。


 その魔力を、ニコの救世の陽光ジェネシスが打ち砕いていく。


 魔力にはそれぞれ色や温度がある。


 言い換えればそれは方向性だ。


 魔物の魔力がマイナスの魔力と定義するならば、ニコの魔力はプラスの魔力。


 魔物の持つ破壊の魔力を、ニコの持つ再生の魔力が打ち消していく。


 光を浴びた屍人の群勢は、一斉に塵に変わった。


 そして、ミリアとハティナが強大な範囲魔法で屍人から出てきた頭蓋骨を砕いた。


 屍人の群勢は、いとも容易く全滅した。


「ぐおおおおおおお!」


 気付くと、僕の隣に立っていたモノロイがもがき苦しんでいる。


 ……え?


 ニコの救世の陽光ジェネシスを浴びたモノロイが、まるで塩をかけられたナメクジのように地べたを這いずり苦しんでいるのだ。


「ぐあああああ! そ、祖父上様⁉︎ わ、我はまだそちらには行けぬ! こ、こんなところで倒れるわけにはいかぬのだ! 」


 モノロイは苦しみながらそんなことを言っている。


 なんでお前に効果抜群なんだよ!


 僕の心のツッコミを見抜いたのか、ハティナが言う。


「……モノロイの魔力は魔物の魔力。……だからだと思う」


 モノロイは魔物を食らったことで、その魔力を魔物のそれそのものとしていた。


 だから、彼にはニコの治癒スキルが効かないのだろう。


 むしろこの心地よい光は、彼にとってはただの攻撃スキルなのだろう。


「……?」


 ニコが僕を見てコテンと首を傾げる。


「も、もういいぞ、ニコ」


 ニコが救世の陽光ジェネシスの起動を停止する。


 モノロイはぜーぜー息を荒げながら、僕とニコを見て言う。


「やめてくれ、ニコ殿。そのスキルは我に効く。……やめてくれ」


 屍人の軍勢を滅ぼし、ついでにモノロイも滅ぼしかけたニコは言った。


「モノロイさま。……修行が足らなかったのでは?」


 モノロイの顔が絶望に染まった。


 モノロイはメンタル面でも、ニコに滅ぼされかけた。

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