第166話 再起

「シャルルよお。まーだしょげてんか? この通り、俺ぁ無事じゃぜ。気にすることねーのよ?」


 パラケストが言う。


 僕たちはエンシェントの縄張りとパラケストのあばら屋のちょうど中間の位置まで撤退していた。


 時折、追撃に来た屍人が現れるが、ミリアやライカによって滅ぼされている。


「……すみません。僕としたことが、師匠が死んだと思って動揺して……」


「へっ。そうさなあ。強者であるほど、味方の討死は心にくるもんがあるんじゃぜ。俺だってそうだったんじゃぜ。でもまあ、指揮官が戦場でしょげかえってたら、もっと沢山の味方が死んじまうかんな。……だからこそ、戦場では冷酷でならなきゃいけねーんよ。指揮官てのは、つれー立場よな」


 パラケストはそれだけ言って、沈黙した。


 僕はパラケストの死に動揺し、そして、戦闘の継続が困難になった。


 戦争。


 簡単に人が死ぬ。


 敵も味方も関係なく。


 正直な話、顔も名前も知らない味方の王国兵が死んでも、僕は割と冷静でいられるのだろう。


 しかし、顔見知りや愛する人の死に、僕は臆病すぎる。


「……シャルル」


 ハティナが僕の側にやって来て座る。


 彼女はそうして、無言でパラケストを見つめた。


「ほーん? あっへっへ。俺が邪魔ってかい。ほんなら、老骨は消えっかね」


 彼はそんなことを言って遠くに行った。


「ハティナ……」


 ハティナは僕の目をしばらくジッと見て、そしておもむろにに口を開いた。


「……シャルルは自分が死ぬのは平気なのに、仲間が死ぬのは嫌なんだね。……シャルルは優しい」


 僕は何も言えない。


 自分が死ぬことが、全く怖くないわけじゃない。


 不死隊サリエラに短剣を突きつけられた時、僕は確かに恐怖した。


 それでも、死を受け入れていた。


 子供の頃、イズリーを誘拐した男たちを殺した時、僕は自分の死を受け入れた。


 僕は元々死人なんだ。


 だからこそ、自分の死を受け入れること自体には戸惑いはない。


 しかし、仲間の死は──


「……シャルル。人は……いつか死ぬよ。……それが遅いか早いかの違い。……でも、誰かのために死ねるなら……それは無駄なことじゃない」


「……自分が死ぬのは、まだ良いんだ。でも、ハティナやイズリーに何かあったら、僕は……」

 

「……わたしたちは生きている。……シャルルを残して死にはしない。……約束する」


「ハティナ……」


「……魔王が魔物に負けるなんて、変な話」


「そうだな……」


「……でもまだ負けてない。……シャルルは生きている。……それなら、勝負はまだついていない」


「ああ。……そうだな。その通りだ」


「……シャルル。……お爺さんは苦しんでいる。……エンシェントを放っておけば、この先もっと沢山の人が苦しむ。……わたしたちがエンシェントを倒さなければならない理由はそれだけ。……忘れないで。……あなたには、わたしたちがついてる」


 ハティナの言葉は僕の胸にすとんと落ちた。


 やはり、僕は弱い。


 それでも、僕には仲間がいる。


 僕の折れた心は、彼女の言葉で立ち直った。


 それでも、問題がある。


 エンシェントは、どうやって復活しているのか。


 その謎を解き明かさない限り、あの魔物を滅ぼせない。


 僕がエンシェントの倒し方を思案していると、ニコが近づいて来て言った。


「主さま。主さまも、仲間の皆さまも、わたくしが九死九生キャットライフで守ります。仲間が負った怪我は、わたくしが癒します」


「ニコ。……そうだな。ニコの九死九生キャットライフがあれば──」


 そこまで言って、ふと気づく。


 エンシェントは自分のダメージをまるで気にしていなかった。


 半身を吹き飛ばされてなお、あの魔物から余裕は消えなかった。


 まるで、自分は滅びないと確信するかのように。


 ……知っていたのか。


 自分が滅びることがないと。


 九死九生キャットライフ


 両断されたパラケストのダメージすら肩代わりする、あのスキル。


 僕はすぐに全員を集めた。


「急に元気になりよって、現金なヤツじゃぜ。師匠の俺より恋人のかわい子ちゃんの言葉で元気になりよるなんて、ちょい複雑な気分じゃぜ。……で? 話ってのは?」


 パラケストがお気楽な調子で言う。


 ライカとムウちゃんは屍人への警戒を続けている。


 僕はパラケストに向けて言う。


「……九死九生キャットライフです。あの魔物、九死九生キャットライフかそれに近い能力を持っているのでは?」


 全員が黙った。


 イズリーだけは、相変わらずポカンとしているが。


 そんな中、ミリアが口を開く。


「だとすると、屍人に九死九生キャットライフを使わせていると言うことでしょうか?」


「そこまではわからない。だが、最初にエンシェントを倒してから再出現までのスピードは再生なんて生半可なものじゃなかった」


「ふむ。で、あれば、九死九生キャットライフを持つ屍人を倒すのが先であろうな」


 モノロイが重々しく言う。


「しっかし、九死九生キャットライフみてーな特有の魔力の流れは感じなかったんじゃぜ?」


 パラケストが言った。


九死九生キャットライフを使っているわけではないのかもしれません。しかし、それに似通ったスキル、あるいは、エンシェントという魔物特有の能力かもしれません」


 それから、皆であれこれ議論した。


 しかし、当然の如く結論は出ない。


 イズリーは完全に飽きて砂いじりを始める始末だ。


 その時、イズリーが砂に何やら抽象的な絵を描きながら僕を見て言った。


「そいえばねえ。シャルルがあの魔物を倒した時、お化けの木が一本枯れたんだよ。不思議だったなあ。木ってさ、もっとこう、ゆっくり枯れるもんだと思ってたよ。急にしおれてねえ。あの木の枝、ちょーど良さそうだったのになあ」


 全員が一斉にイズリーを見る。


 ハティナが何か考える仕草をした後に、口を開く。


「……エンシェントのサインは、九死九生キャットライフ偶像アイドルのような物なのかもしれない」


 ハティナの言葉に、ミリアが同意した。


「そうですわね。エンシェントのダメージをあのサインが肩代わりしていたとすれば、辻褄は合いますわね」


 確かに、状況からすればエンシェントの秘密はそこにあるかもしれない。


 僕はパラケストに言う。


「師匠。もう一度、付き合ってもらえますか? もう二度と、あんなヘマは踏みません。コウモリの戦い方、僕が今度こそ正しく演じて見せます」


 僕の言葉に、パラケストは答えた。


「へっ。やっとこさ、男の顔付きになったんじゃぜ、シャルルよお」


「しかし、イズリー殿がこの手のことで役に立つとは。……三年の間に腕を上げたようですな」


 イズリーはモノロイの言葉など耳に入っていないように、再び地面に絵を描き始めた。


 僕は立ち上がり、ニコに告げる。


 一つ、考えが閃いたのだ。


 屍人は次から次へと出てくる。


 その屍人たちを一網打尽にする方法。


 僕はニコへ自身の推測と考えを伝えた。


 そして再び、僕たちはエンシェントのテリトリーへ歩を進めた。

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