勇者の仲間として転生したのに、僕のジョブが魔王なのだが。

第165話 敗北

　木々は騒めき、風は唸る。

　地は震え、天は割れる。

　樹海の幽鬼たるエンシェントの足元から、二本の雷閃が立ち昇る。

　エンシェントの周りの屍人は吹き飛び、樹木がいくつも倒れた。

　エンシェントは僕とパラケスト二人の震霆の慈悲（パラケストマーシー）を受けた。

　エンシェントは左半身が吹き飛び、その身に纏っていたボロボロのローブは消炭になっていていたが、それでも塵に変わることはなかった。

「相変わらずゴキブリ並みのしぶとさじゃぜ！」

　パラケストは叫びながらエンシェントに魔法を当てていく。

　エンシェントは半身を失いながらも、まるで余裕の態度だ。

　ゆったりとした動作から、パラケストの魔法を残った右腕で防ぐ。

　エンシェントの首からは、髑髏を連ねた首飾りを垂らしている。

　その中の頭蓋骨を一つをもぎ取り、エンシェントは僕たちに向けた。

「魔法じゃぜ！」

　パラケストが叫ぶと同時に、エンシェントの持つ髑髏から、火炎が吹き出た。

　パラケストから聞いてはいたが、本当に魔物が魔法を──

「パラケストが詠う！　紫電鳴らせ！　雷鳴轟け！　我を彼岸へ！　彼の者と隔てよ！　雷壁（カレント）！」

　パラケストの防御スキルだ。

　エンシェントから放たれた火炎の魔法を雷の防壁が防ぐ。

　とんでもない高速詠唱。

　エンシェントの魔法を見てから防御スキルを間に合わせたのだ。

　これが、超一流の魔導師の技術。

「シャキッとせい！　アレはこっちの準備を待っちゃあくれねーんじゃぜ！」

　僕は頷く。

　──魔王の鬼謀（シャーロック）起動。

　僕の額に黒い王冠が現れる。

　このスキルでエンシェントの未来を読み切る。

　あの首飾りの髑髏を触媒に、エンシェントは魔法を撃ってくる。

　それなら。

「来いよ、魔物風情が！」

　僕は叫ぶ。

　エンシェントは別の髑髏を握った。

　土の魔法がくる。

「土の魔法が飛びます！　防いでください！　俺が攻撃を！」

　全て読み切ってやる。

　そして、食らえ。

　そして、思い知れ。

　コウモリの魔法を！

　──界雷噬嗑（ターミガン）！

　エンシェントの魔法をパラケストが防ぎ、僕のソフィーから至福の暴魔（トリガーハッピー）で威力を上げた雷が飛ぶ。

　エンシェントは僕の魔法をその身に受けながらも、苦しむような素振りはない。

　魔物特効は刺さっているはずだ。

　だが、あの余裕は何だ？

　デュラハンですら、死ぬ前は転びながらも後退りをしていた。

　それはつまり、自分の命の危機を理解しているということ。

　それなのに、目の前の魔物は自分のダメージなどまるで眼中にない。

　僕の攻撃に臆することなく、魔法を放ってくる。

「次！　水の魔法です！」

「なんでわかるんじゃぜ！　ホントに意味のわからんやつじゃぜ！」

　エンシェントから水魔法が飛び、またパラケストが防ぐ。

　技を小出しにしても無駄だ。

　一気に消し飛ばす。

　僕の中で至福の暴魔（トリガーハッピー）が唸る。

　──界雷噬嗑（ターミガン）、多重起動。

　沈黙は銀（サイレンスシルバー）が告げる。

　五つの電撃が一気にエンシェントに飛ぶ。

　僕の脳内に魔王の鬼謀（シャーロック）からエンシェントが消えるイメージが流れ込み、そのすぐ後に眩い閃光の向こうでエンシェントの姿がかき消えたのが見えた。

　僕たちの前方はほとんど木々が無くなり、所々で火の手が上がっている。

　魔王の鬼謀（シャーロック）が対象を見失った。

　僕はその起動を停止する。

　至福の暴魔（トリガーハッピー）が静まった。

　僕から怒りが消えたのだ。

「倒した……？」

　僕の呟きとほぼ同時に、パラケストが叫んだ。

「シャルル！」

　僕はパラケストに突き飛ばされた。

　木々が倒れたさらに奥の森の中から風の魔法が飛び、パラケストの上半身と下半身を両断した。

「……？」

　僕は状況を理解することができない。

　魔法が飛んできた方向から、エンシェントが現れた。

　まるで、今までの戦いなど無かったかのように、まるで、今までの戦いなど夢の出来事だったかのように。

　僕とパラケストに半身を吹き飛ばされたはずのエンシェントは、完全な状態で姿を現した。

「……な、なんで──」

　僕はパラケストに視線を移す。

　パラケストの上半身だけが、下半身を残してゆっくりと地面に落下する。

　……嘘、だろ？

　……僕が油断したから？

　……僕を庇って？

　僕の胸の中で、様々な感情が渦巻きながら僕を飲み込もうとする。

「主さま！　御安心を！」

　僕の背後かれニコの声が聞こえた。

　次の瞬間、パラケストの二つに別れた身体がパチンと消える。

「うおー！　俺、流石に今のは死んだと思ったんじゃぜ！」

　僕の背後でパラケストの声が聞こえた。

　振り返ると、そこにパラケストの姿がある。

　さらに、ニコの目の前に見覚えのない二つの偶像が立っている。

　まるで女神を模したその偶像の片方が、先ほどのパラケストのように二つに割れ、その場から煙のように消えた。

　……意味がわからない。

　何が起こったというのか。

　僕は確かに、パラケストが真っ二つになるところを見たはずなのに。

　身体に力が入らない。

　大切な人を失うことが、こんなにも怖いことだなんて、今まで僕は知らなかった。

　僕の覚悟なんてものは、実際の悲劇の前では……。

「九死九生（キャットライフ）です！　予め起動しておいて正解でした！　ここはひとまず撤退いたしましょう！　姉さま！　主さまを！」

「任せよ！　主様！　ご無礼を！」

「こんなに早くアレが復活したのは初めてじゃぜ！　とりあえずウサギの嬢ちゃんの言う通りじゃぜ！　モノ！　ウサギの嬢ちゃんを！　ミリアの嬢ちゃん！　エンシェントに魔法を撃ち込みながら撤退じゃぜ！　エルフの嬢ちゃんは銀髪の嬢ちゃんを！　金髪の嬢ちゃんは自分で走れるな！」

「むうー！」

「了解ですわ！」

　ミリアがエンシェントに向けて氷獄の微睡（アニードーズ）を撃つ。

　エンシェントの周りの木々が凍り付けになる。

　エンシェントは半分凍り付けにされながらも、ゆったりとした動作を変えない。

　ほとんどダメージは入っていないように見える。

　その隙に、ムウちゃんはハティナを担いで走り出した。

　ニコの進言のままに、ライカが僕を担いでハティナに続く。

　僕はなされるがままの状態だ。

　目の前で仲間が死ぬ。

　覚悟はしていたはずなのに、それでも僕は隙だらけになった。

　自分で自分が情けなくなる。

　パラケストの言葉に従って、モノロイはニコを抱え上げて走っている。

　何故か自力で走れるはずのイズリーもモノロイの背中に乗ってはしゃいでいるのが見えた。

　時折、パラケストとミリアが背後の森に魔法を放っている。

　その光景を、ライカに負ぶさったまま僕は見つめる。

　この日、僕は。

　魔王の僕は。

　樹海の魔物に敗北した。