第164話 エンシェント

 エンシェントはボロボロのローブを引き摺りながら、ゆっくりと森の奥から歩いてくる。


 細い腕の先に、さらに細く長い指が伸びている。


 その手を何やら組み替えた。


 まるで印を結ぶように。


 すると、エンシェントの両脇の地面から屍人が二人現れた。


「まるで召喚術だな」


 僕は呟く。


 この世界に召喚術なんてものがあるのかは知らないが、ゲームや小説でよく見るそれらに似ていた。


 右側に坊主の大男。


 左側に長髪の優男。


「モノ! 右に出てきた男がトニージョーじゃぜ! お前の祖父御じゃぜ!」


 パラケストが叫ぶ。


 二人の男は何やらぶつぶつと呟きながらこちらに歩いてくる。


「祖父御は我が相手する!」


 モノロイが飛び出してトニージョーと熱戦を繰り広げ始めた。


 トニージョーも魔戦士だったらしい。


 モノロイと同じ戦い方だ。


 肉弾戦を演じる二人の魔導師を見て、エンシェントはゆったりとした動きのまま拍手を送る。


 つくづく人を小馬鹿にした魔物だ。


「……あの二人、アレのお気に入りってことですか?」


 僕は胸の内に沸沸とした怒りを感じながらパラケストに問う。


「……ほうじゃぜ。左側のやつはエルフの英雄、テンストン・セルゲイラス。戦時じゃ俺でも引き分けたほどの強者じゃぜ! 王国との戦後、エンシェント討伐に乗り出して返り討ちにあったみたいじゃぜ」


 ……。


 ……エルフの男ね。


 ……エルフの男か。


 ……エルフの男。


 ──至福の暴魔トリガーハッピー起動。


 沈黙は銀サイレンスシルバーが冷静に告げる。


「……つも──」


 僕の口から、声にならない呟きが漏れる。


「……どうしたんじゃぜ? ……シャルルよお?」


 パラケストが訝しむが、構っている余裕はなかった。


「──……いつもそうだ」


「ご主人様ぁ!」


 ミリアはすでに恍惚の表情。


「いつもいつも。……いつも」


「ど、どうしたんじゃぜ、いきなり!」


 彼らはいつも僕の邪魔をする。


 彼らはいつも僕の前に立つ。


 彼らはいつも……。


 ──界雷レヴィン


 僕は無差別に周りの屍人たちの頭部に界雷レヴィンを当てていく。


 ──界雷レヴィン


 ──界雷レヴィン


 ──界雷レヴィン


 ──界雷レヴィン


 ──界雷レヴィン


 ──界雷レヴィン


 徐々に威力を増していく雷閃が、次々に屍人の頭を吹き飛ばす。


 テンストンから僕に水刃エッジに似た魔法が飛ぶ。


 僕の魔塞シタデルにぶつかって、水の刃は弾けて消えた。


 ……やっぱそうか。


 ……やっぱお前もか。


 ……やっぱり。


 ……お前も僕の邪魔をするわけか。



 僕はつかつかと歩いて長髪の魔導師の前に立つ。


 焦点の合わない目で、テンストンは僕を見る。


 そんなテンストンに、僕は言う。


「エルフの男はいつも俺の邪魔をする。エルフの男はいつも俺の前に立つ」


 パラケストが「シャルルよい! 藍流飛翔ヒュドールがくるんじゃぜ! 躱すんじゃぜ!」と叫んだ。


 テンストンが何かぶつぶつと唱える。


 僕に向けて、大量の水が龍のように渦巻き直撃する。


 僕は魔塞シタデル魔城フォートレスの多重起動でそれを防ぎ、簒奪の魔導アルセーヌ で奪い取る。


 僕は体内で魔力を廻し、テンストンを睨みつけて言う。


「……目障りなんだよ──」

 

 ──界雷噬嗑ターミガン


 僕のソフィーから、絞りでひたすら威力を上げた電気の束が放たれる。


 僕の界雷噬嗑ターミガンが、テンストンの肩から下を消炭に変える。


「──お前の種族と性別がな」


 肩から下を失い、塵に変わりながら落下するテンストンの頭蓋骨を、僕は界雷レヴィンで打ち抜いた。


「……目障りだ。……お前は、大人しく死んどけ」


 最後にそう吐き捨てて、エンシェントを見る。


 エンシェントは両手を広げて戦闘態勢を取る。


 モノロイの方をチラリと覗くと、モノロイがトニージョーを押さえつけて頭を引きちぎっていた。


「貴殿の孫は、貴殿を超えましたぞ。祖父上様よ!」


 モノロイがトニージョーの頭蓋骨を棺桶に入れて雄叫びを上げた。


 パラケストはそれを見届けて、深く頷いた。


「へっ。流石は我が孫、我が弟子じゃぜ。けんど、シャルルよお。……俺がテンストンと引き分けたのは、ありゃ戦争の話じゃぜ。サシでやったら俺が勝っとったからね、チョーシに乗んじゃねーんじゃぜ」


 パラケストがそう言いながら、僕の隣に立つ。


 新旧二人のコウモリが、エンシェントの前に並び立つ。


「やんじゃぜ。……シャルルよお」


「ええ、やりましょう。……師匠」


「アイツ、チョーシ乗っとるよな?」


「ええ、調子に乗ってますね」


「今の王国じゃあ、コウモリ舐めるとどーなるんじゃぜ?」


「そりゃ、いつの時代でも結末はひとつでしょう」


 僕とパラケストは、そんな会話をしながら二人で魔力を廻す。


 そして、二人で同時に言う。


「──滅べ」


 ──震霆の慈悲パラケストマーシー

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る