第163話 魔王の翼

 屍人は次々に地面から這い出てくる。


 イズリーは棒きれを投げ捨てて腕にポチとタマを装着して屍人を順番に殴る。


「にししー、どんどん出てくる! 面白ーい!」


 まるでモグラ叩きだ。


 彼女は丁度良い棒のことなどすっかり忘れて一心不乱に屍人を殴っている。


「嬢ちゃん! 屍人はただ殺してもすぐに復活するんじゃぜ! 頭蓋を潰すんじゃぜ!」


 パラケストが叫ぶ。


「ずがいってなにー?」


 イズリーはポカンとした顔をしながらも屍人を殴り続ける。


 イズリーに殴られた屍人はゴロゴロと後方に転がり塵に変わる。


 その塵の中から、頭蓋骨がポトリと落ちた。


 頭蓋骨は地面に落ちると、そのまま地中に埋まっていき、その場所から全く同じ屍人が現れた。


 頭蓋骨を依代に生み出される屍人は、その頭蓋骨を壊されない限り復活し続けるということだろう。


 エンシェント。


 どこまでも死者を馬鹿にした魔物だ。


「イズリー! 頭を潰せ! こうやって消し飛ばすんだ!」


 僕の熱 界 雷ファラレヴィンが屍人の顔面に直撃し、頭部を消し飛ばす。


「おー! わかった!」


 イズリーは屍人の頭をもぎ取って握りつぶす。


「我らも出るぞ!」


 モノロイたちも戦闘に加わり、屍人を倒していく。


 騎士や戦士の屍人はそこまで強くない、しかし、魔導師の屍人は厄介だった。


 魔法やスキルを使ってくるのだ。


 その多くは初級魔法やありふれたスキル。


 厄介とは言っても、僕たちの相手ではない。


 しかし、エンシェントの縄張りの奥から、それまでの魔法とは一線を画す規模の魔法が飛んできた。


 上級火魔法、流星火球フォーリンメテオ


 まるでこれまでの屍人の使う魔法が児戯にも思えるほどの火力。


 僕は真っ直ぐに自分に向かって飛んできた火球を魔城フォートレスで防御する。


 それを見てパラケストが言う。


「いまの魔法……。ロンドリームか!」


「ロンドリーム?」


 聞き直した僕に、神妙な面持ちでパラケストは答える。


「かつての俺の仲間じゃぜ!」


 パラケストからしてみれば、自分の部下の屍人と戦う羽目になるわけだ。


 これを四十年も続けてきた。


 並の精神力なら耐えられないだろう。


 僕は思った。


 エンシェントは正しく、パラケストにとっては呪いと同じだ。


 彼をこの地に縛り、彼を過去に縛る。


 だとすればやはり、その呪いは僕たちが解かなければならない。


 彼の弟子たる、僕たちが。


 ロンドリームは王国製の軍服に身を包んだ痩身の男だった。


 まるで夢遊病の患者のように、ぶつぶつと何かを囁きながら焦点の合わない目で僕たちを見ている。


「強そうなヤツ発見!」


 イズリーが叫んでロンドリームに突撃した。

 

 ロンドリームはイズリーに火球を放つ。


 その火球を、イズリーの背後から飛んだ風の刃が両断した。

 

「……甘い。……今の魔導師を舐めすぎ」


 ハティナの魔法だ。


「あたま、もらいまーす! めんぼくないですねえ」


 イズリーはそのままロンドリームの顔を掴んで引きちぎった。


「イズリー殿! その頭蓋、こちらに頂けるか!」


 モノロイが棺桶を開き、イズリーから受け取ったロンドリームの頭蓋を入れた。


「パラス師! ロンドリーム師の遺骨を回収しました!」


 叫ぶモノロイを見て、パラケストは呟く。


「……全く、どこまでも真っ直ぐな男じゃぜ」


 僕はそれに黙って頷く。


 他人を褒められて、こんなに嬉しいと感じたのは初めてかもしれない。



 一方、ムウちゃんとライカ、そしてニコは互いに連携しながら戦っている。


 ムウちゃんのスキル、昏天の黒幕マスターマインドで前線に立つ屍人は視界を暗闇に変えられ混乱している。


 さらに後方の魔導師の屍人による攻撃はムウちゃんが盾となって雲散の隔壁クリアリングでかき消し、飛燕スピッツで速度を増したライカが急接近して曲剣で次々に首を跳ねていく。


 ライカが跳ね飛ばした頭蓋骨を、一つ残らずニコが矢で撃ち抜いて砕いている。


 パラケストは呆れたように言う。


「ロンドリームは俺の部隊でも名うての魔導師じゃぜ。それに、獣人の嬢ちゃんとエルフの嬢ちゃんの相手は太古の戦士たちじゃぜ。……シャルルよお、よくここまで強い人間を集めたもんじゃぜ。お前さんなら、南方も本当に解放できっかもしれんね」


「当然です──」


 パラケストに向かって僕は言う。


 そうなのだ。


 彼女たちは、僕の仲間。


 僕の友達。


 僕の手足。


 僕の半身。


 僕の目。


 僕の耳。


 そして、僕の──


「──彼女たちは、僕の翼ですから」


「へっ。魔王の翼ってかい。良い魔導師は良い仲間に恵まれる。……シャルルよお。お前さんは確かに、良い魔導師じゃぜ」


 パラケストの言葉に、僕は笑顔で返した。


 すると、パラケストの顔つきが変わる。


「おっと。……真打の登場じゃぜ。気合い入れるんじゃぜ、アレは強えんじゃぜ」


 森の奥から、ゆらりと影が現れた。


 2メートル程の背丈。


 まるで枯れ枝のように長く枯れ木のような肌の腕。


 鹿の頭蓋から伸びる禍々しい角。


 エンシェントが、僕らの前に姿を現した。

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