第162話 サイン

 エンシェントは樹海の奥地を縄張りにしている。


 その魔物は、縄張り内に生える木々に飾り付けをする。


 それが、自分の縄張りの主張であることは明白だ。


 エンシェントに装飾された木々は、まるでアマゾンの原住民が作るような、趣味の悪い造形物に成り果てる。


 森でそれを見たら一目散に逃げろ。


 樹海近郊の村々ではそんな風に伝えられている。


 パラケストは車座になった僕たちの中心に、地図を広げる。


 樹海の地図だ。


 その地図には、いくつかのバツ印が付けられている。


「エンシェントは森の樹に薄気味悪い飾りを付けて自分の縄張りの証にしちょる。俺はそれをサインと呼んでるが、最近になって見っけたサインはココとココじゃぜ」


 パラケストは二つのバツ印を地図に書き足した。


 よく見ればわかる。


 バツ印は大きな円を描くように並んでいる。


「中心が怪しいように思えますわね」


 ミリアが呟く。


「うんにゃ、縄張りの中心は危なっかしくて入れたもんじゃないんじゃぜ。俺が以前にエンシェントを倒した場所は、どこも縄張りの外だったんじゃぜ。縄張りの中に入ると、たちまち屍人に襲われっからね。エンシェントを倒すなら、縄張りの外に誘き出す必要があるんじゃぜ」


「以前は、どうやって誘き出したんだすか?」


「エンシェントは縄張りを造る時に自分の手で樹を飾り付けるんよ。ソコを狙ってやったんじゃぜ。しっかし、すぐに生き返りよったけんどなあ……」


「……縄張りの外なら……屍人に襲われない?」

 

 ハティナの質問に、パラケストは答える。


「うんにゃ、そうとも限らん。屍人はとにかくエンシェントの縄張りを守ろうとするんじゃぜ。だけんども、縄張りの外でも普通に戦えるはずじゃぜ」


 パラケストが初めてエンシェントに出会したのは、縄張りの外だったらしい。


 エンシェントの屍人が縄張り内でしか活動できないのであれば、屍人が縄張りにこだわる理由はわかる。


 しかし、それならさっさと屍人を使って縄張りを広げれば良い。


 だが、エンシェントはソレをしない。


 僕にはエンシェントのこの行動が、何か引っかかるように感じる。


 死者を蘇生させて自らの兵士とできる能力。


 はっきり言って、流石のパラケストでもソレを抑え切るのは不可能に思えてならない。


 僕がエンシェントなら、縄張りをガンガン広げて多くの人間を屍人に変えて戦力を強化すると思う。


 何故、エンシェントは縄張りをもっと広げようとしないのだろうか。


 もしくは、広げることができないのだろうか。


 だとすれば、それは何故なのか。


 謎の多い魔物だ。


 そもそも死者を使うなんてくらい馬鹿げた魔物。


 しかし、その謎を解き明かすことこそがエンシェントを倒す足がかりになるかもしれない。



 僕たちは装備をもう一度確認し、パラケストのあばら屋から一番近い場所にある深淵のサインに向かった。


 樹海に慣れているモノロイが僕たちを先導する。


 最初のサインは、あばら屋から歩いて半日ほどの場所にあった。


「わー! お化けの木だー!」


 イズリーが騒いでいる。


 お化けの木。


 確かにそうだ。


 柳のように葉の枝垂れた大樹は、動物の骨とボロ布と枯れ枝で禍々しい飾り付けを施されていた。


「……これがサイン?」


 僕の言葉に、パラケストが頷く。


 僕はそれを確認し、ニコに向かって言う。


「ニコ、何か感知できるか?」


 ニコは静かに辺りを探る。


 栗毛色の髪から伸びたウサギの耳が、ひくひく揺れる。


「何も感知できません。……少なくとも、この先に生き物は存在しないかと」


 僕は再びパラケストに言う。


「このサインを超えると、屍人に襲われるってことですか?」


「ほうじゃぜ。アイツらいきなり出てきよるからな、気をつけるんじゃ──」


「おじゃましまーす!」


 イズリーがまたしても途中で拾った枝を振りながら易々とサインを超えた。


「イズリー! おま──」


 僕が言い終わるより先に、イズリーの周りの地面が盛り上がる。


 ボロ布のようなローブを纏う魔導師の屍人と、錆びだらけの鎧に身を包む騎士の屍人が地面から這い出てきた。


「おおー!」


 イズリーは目をキラキラさせながらゆっくりと地面から身体を出している騎士の屍人を棒でつついている。


「屍人じゃぜ! 戦闘態勢を!」


 パラケストの言葉に、イズリー以外の全員が自分の武器を構える。


 騎士の屍人はイズリーの棒を掴んで握り潰した。


 ポキッと音を立てて折れる木の棒。


 まるでゾンビ映画の一幕のような光景に、僕は思わず二の足を踏む。


「あー! ちょうどいい棒がー! ちょうどよかったのに! ちょうどよかったのにー!」


 一体、何が丁度良くてイズリーに気に入られたのかはわからないが、とにかくイズリーが折れた棒を見て嘆きながら叫ぶ。


「おりゃあ!」


 イズリーは泣きべそをかきながら騎士の屍人の顔面に右手の拳を叩き込み、錆び付いた鉄兜ごと騎士の頭を粉砕した。


 騎士の屍人はイズリーの棒を掴んだまま吹き飛んだ。


 イズリーの左手には、長さが半分ほどになってしまった『ちょうどよかった木の棒』が残る。


「あああー! 棒がー! れあものだったのにー! ちょうどよかったのにー! おまえら殺してやる! 皆殺しだ! 死ね! 死体!」


 ……イズリー。


 ……森で拾った木の棒にレア度とかはないだろうし、何をもってして丁度良いのかもわからないし、屍人の彼らはすでに殺されているし、死体はすでに死んでいるぞ。


 なんて、僕の脳内でツッコミの大渋滞が起こった。


 

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