第160話 想い
僕と双子、獣人姉妹とムウちゃん、そしてミリア、モノロイの八人は樹海を進んでパラケストのあばら屋を目指す。
街道の途中まで馬車で送ってもらい、そこからは徒歩だ。
途中、歩く食人植物のギガントマンイーターに襲われたが、その哀れな植物は満面の笑みを浮かべたイズリーに蔓を全て毟られて塵に変えられた。
魔物特効を持たないのに、心底わけのわからん戦闘力だ。
正直な話、僕は双子を連れて来たくはなかった。
軍を率いたパラケストですら逃げるだけで精一杯だった魔物が相手だ。
双子に何かあれば、僕は……。
「おーまえーのはーらわーたなーにいーろだー!」
途中で拾った木の棒を振りながら先頭を歩くイズリーが何かおぞましい歌を歌っている。
……人の気も知らないでこの娘は。
僕はどんよりとした気持ちのまま言う。
「……何、その歌」
「んー? これはねえ、ないぞーの歌です! 作者あたし!」
……内臓の歌なんて作るなバカ。
イズリーの曇りひとつない笑顔に、僕はやっぱり全てを諦める。
諦めた上で決意する。
双子は絶対に守り切る。
双子を守った上で、深淵なんて大層な呼び名を持つ、いけすかねえこまっしゃくれたクソ魔物を滅ぼす。
モノロイの案内もあり、迷うことなくパラケストのあばら屋に到着した。
それでも数日かかったためか、ニコは疲労困憊といった様子だ。
「お久しぶりです、祖父上様」
あばら屋から出てきたパラケストは、以前とあまり変わらない様子だ。
原始人と化したモノロイとは対照的である。
「ほーん? シャルルじゃんか。何しに来たんじゃぜ? ……ほーん? おお、ミリアの嬢ちゃん! それに、他にもべっぴんさんがいっぱいじゃぜ! あっへっへっへ! こりゃいいや! ささ、あがりんしゃい!」
僕を見た時と女の子を見た時とのテンションの差が妙に気になったが、僕は気にしないことにした。
……この爺さんはそういう人間だ。
「おじゃましまーす! めんぼくないですねえ。……うわー! すごーい! ボローい!」
イズリーが我先にあばら屋に入っていき、マジで死ぬほど失礼な叫びを上げたのが聞こえた。
……失礼の矛先がうちの爺さん相手でよかった。
僕はホッと胸を撫で下ろす。
元々、パラケスト一人で暮らしているあばら屋に爺さん含めて九人が入った。
ぎゅうぎゅう詰めだ。
「あたし、イズリー! こんにちは! シャルルのお嫁さんです!」
「あっへっへっへ! ほーか、ほーか! 嬢ちゃんもシャルルのコレか!」
そんなことを言いながら、イズリーに向けて小指を立てるパラケストを、彼女はポカンとしながら見ている。
そして、彼女は僕の方を向いて言った。
「シャルルの爺さん、ボケちゃってるねえ。お嫁さんと小指を聞きまちがえるって、そーとーやばいねえ」
僕はため息を吐いた。
「あっへっへっへ! 面白え嬢ちゃんじゃぜ! コレの意味は、恋仲っちゅーことじゃぜ!」
「ふーん。……ゴミなかってなにー?」
……恋仲をゴミなかと聞き違える君もなかなかやばいねえ。
僕は思ってモノロイを見る。
モノロイはゆっくりと首を振った。
もう諦めようと。
もうダメだと。
そういうことだろう。
僕は例の如く、全て諦めて本題に入ることにした。
「祖父上様、ここに来たのには理由があります。深淵……エンシェントを退治します」
僕の言葉に、パラケストは先ほどまでの朗らかな雰囲気を一変させた。
「ほーん。……シャルルよお、そりゃダメじゃぜ。アイツはココで俺が食い止めとくんじゃぜ。お前さんは自分のやるべきことをするんじゃぜ」
……食い止めとく。
パラケストは、確かにそう言った。
やはり、パラケストが樹海に留まった理由はエンシェントなのだろう。
深淵が樹海から出ないように、四十年もの長い間、ここで戦ってきたのではないだろうか。
「祖父上様、僕は魔物に対して優位性を持っています。……魔物特効。つまり、魔物が持つ魔力抵抗を無視して攻撃できるんです。ですから──」
「そういう問題じゃないんじゃぜ」
僕の言葉を遮って、パラケストは言葉を続ける。
「アレは不死身の魔物じゃぜ。俺はこれまで五回アレを滅ぼしているが、アレは何度でも現れるんじゃぜ。そして、アレは死者を操って自分の傀儡にする能力をもっちょる。……戦って犠牲が出れば、アレは今よりもっと強さを増すんじゃぜ。今は俺とアレの力は拮抗しちょるが、今より死者の戦力を増やせば手に負えなくなるんじゃぜ。……つまり、俺たち人間に出来ることは、アレを抑えこんでこの森に釘付けにすることだけじゃぜ」
「お言葉ですが、祖父上様。貴方は不死身じゃない。……いつか死にます。その時、誰かがエンシェントを倒さなければ……」
「わかってんじゃぜ。……勝手な話だけんどな、モノ。……俺はお前に跡を継がせようとしとったんじゃぜ。だからこそ、トニージョーの孫だったお前を弟子にしたんじゃぜ」
パラケストはモノロイを見て言った。
モノロイはゆっくりと頷き口を開く。
「存じておりました。パラス師。だからこそ、我は今、深淵を討ち滅ぼさねばなりません。師の想いを継ぎ、我が
モノロイの言葉を聞いたパラケストは、嬉しそうな顔を一瞬だけ見せ、そしてすぐに俯き、とつとつと話し始めた。
パラケストがこの四十年の間に経験し、考え、編み出してきたエンシェントへの対策だ。
僕たちはそれを静かに聞く。
あばら屋のすきま風が、座るハティナの銀色の髪をふわりと揺らした。
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