第158話 悪食
モノロイは胡座をかいたまま背負った棺桶を地面に置いて言った。
「まさかここでシャルル殿たちに出会すことになるとは思わなかったぞ。森の北側に帝国兵がおった故、すわ王国の一大事かと思い軽く捻ってやったが……」
「帝国兵は千人くらいいたわけだろ。よく挑む気になったな……。いや、まさか全滅させたなんて……」
僕は未だに、あのモノロイがここまでの強さを手に入れたことを信じる事ができないでいた。
「うむ。パラス師からは軍隊の滅ぼし方は習っていたが、やはり我には難しい。恥ずかしながら、我は未だに魔法の威力は低いままでな。仕方がないので、全員殴って黙らせたのよ」
「……素手でか?」
「うむ。鉄拳一発。それだけあれば、今ならギガントマンイーターですら沈むのでな」
……お前は顔面がアンパンでできたヒーローか?
「化け物じみていますわね……」
ミリアが呟く。
しかし、それは置いておいても、一つだけ捨て置けない事がある。
モノロイの魔力だ。
念しを解いたモノロイの魔力。
今なら容易に感知できる。
彼の魔力の波長は、完全に魔物のそれそのものなのだ。
深く昏く、濁って渦巻く。
こんな魔力を持つ人間は見たことがない。
そもそも、モノロイの元々の魔力の波長とは全くの別物になってしまっているのだ。
魔力の波長とは、言うなれば指紋のようなもの。
一人一人波長が違うのだ。
ミリアは重く冷たい魔力だし、イズリーは素早く鋭い魔力の波長だ。
魔力の波長は親や親戚に似ることもある。
ハティナとトークディアの波長は似通っていて、緩やかで暖かい魔力といった具合だ。
僕はその疑問をモノロイに投げかけてみる。
「モノロイ、お前の魔力が完全に魔物のそれなんだが、何があったんだ?」
モノロイは重々しく答える。
「……うむ。それを語るには、まずは我の修行の日々から語らねばな」
僕たちと別れ、パラケストの元で修行を始めたモノロイだったが、その日々は地獄のような、いや、もうむしろ地獄そのものだったらしい。
「食べ物、住む場所、着る服、全て自前で用意することになってな。これには難儀した。何しろ、この樹海は魔物の巣窟だ。野生の動物も生き残るのに必死である故、なかなか捕まえることもできぬ」
モノロイが死にかけると、パラケストは最低限助けてあげていたらしいが、スパルタにも程がある教育方針だ。
僕の時もそこまでではなかったが、似たような感じだった。
朝起きて、パラケストにボコボコにされ、食べ物を確保するために狩りや採取を行い、四則法の鍛錬をして、夜は泥のように眠る。
そんな日々の中で、モノロイに天啓が降りた。
天啓というより、この閃きは悪魔の囁きに近いだろう。
この森の生物は捕食者から逃げることに特化している。
容易には捕らえることなどできない。
しかし、むしろ自分を狙ってあちらから来る者がいる。
そう。
魔物だ。
しかし、魔物は倒すと塵に変わる。
代わりに素材を残していくが、美味しい肉を落とす魔物は存在しない。
しかし、空腹はそんな現実など知ったことかと絶え間なく押し寄せる。
悩み抜いたモノロイは、戦闘中に魔物を食べた。
まだ生きている魔物に直接、齧りついたのだ。
お前は野生のライオンかとツッコミたくなる。
しかし人間、空腹が絶頂に達すれば、そんなことにもなるのかもしれない。
……いや、それでも生きた魔物に文字通り喰らいつくなんてのは流石にない気がするが。
ミリアは僕の隣で「いよいよ人間をお辞めになりましたか……」なんて言っていたが、これには僕も同意せざるを得ない。
「魔物ってどんな味がするのー?」
イズリーがそんなどうでも良さそうなことを聞いて、それにモノロイが「ふむ。言うなれば、腐肉であろうな」なんて答えている。
僕とミリアはドン引きだ。
イズリーだけが、じゅるりとヨダレを啜った。
……それだけはやめてくれよ。
僕はイズリーにそんなことを思う。
モノロイは言葉を続ける。
「……魔物は食いすぎると塵に変わってしまうからな。アレを食うにもコツがいるのだ」
そんなコツは死んでも獲得したくない。
モノロイは魔物を喰らい、そして食った魔物から魔力を吸収したようだった。
そんなことを試した人間は古今東西、このハラペコ原始人だけだろう。
しかし、僕たちの魔力の源が食に起因するものであるとすれば、モノロイの行動は理に適っていたと言えなくもない。
……言いたくはないが。
モノロイは魔物を食し、魔物を殺し、そして強くなっていった。
いつしか彼の魔力は、魔物のそれと大差がなくなった。
これにはパラケストも驚いていたらしい。
彼からすれば、過酷な自然に身を置くことで四則法を素早くマスターさせるために、モノロイを窺知に追い込んだのだろうが、彼が魔物を喰らって生き延びるなどと言う、荒唐無稽な方法を取ったことは想定外だったのだろう。
今では、モノロイは四則法を完全な物として会得し、かつて彼を片手で捻じ伏せたムウちゃんを逆に片手で捻じ伏せるまでに成長していた。
素の状態のライカに迫る程のスピード、ムウちゃんやイズリーを凌ぐ腕力、そして、ニコの感知を掻い潜るほどの隠密を得た。
今では僕なんかとは桁違いの強さだろう。
僕はそんなモノロイの成長を嬉しく思う反面、悔しさも感じている。
モノロイはかつてのパラケストの仲間の遺骨を探して、背負った棺桶に入れて集めているらしい。
そのための、棺桶。
「モノロイ、戻って来るだろ? 南方の解放には、お前の力が必要だ」
僕の言葉に、モノロイは答える。
「うむ。無論だ。しかし、その前に我には成し遂げねばならぬことがある。……友よ、暫し待っては貰えぬか。我には、倒さねばならぬ宿敵がおる故」
モノロイの真剣な様子に、僕は問いを重ねる。
「……宿敵って?」
「我が祖父、トニージョー・セードルフを殺した魔物の討伐だ。我が祖父の遺骨は、その魔物が持っている」
モノロイの、魔物が遺骨を持っているというワードに反応したミリアが言う。
「……まさか、この樹海に深淵が?」
「……深淵?」
僕の言葉に、モノロイが答えた。
「うむ。この森には深淵と呼ばれ、恐れられる魔物がおる。その魔物の正式な名称はエンシェント。殺した相手の骨を使って、呪術を行使する魔物だ」
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