第156話 魔物

「はあ? 魔物狩り? 今からか? このタイミングでか?」


 モルドレイは呆れと驚きを混ぜたような顔で僕を見る。


「……ええ。こちらも限界なのです」


 僕は極めて神妙な態度で、そう答える。


「限界? 何がだ?」


「ウチの姫君が、待ちくたびれたと」


 自分におぶさる形で後ろから両手両足でがっしりと僕をホールドしているイズリーをモルドレイに見せるようにする。


「ま、待ちくたびれた? ど、どういうことだ? 何にだ?」


 モルドレイは戸惑いながらミリアを見る。


「モルドレイ卿。イズリーは極度の戦闘狂でして、ここらでガス抜きが必要なのですわ」


 ミリアの解答に、モルドレイは自分の理解を完全に超えた物を見るようにイズリーに視線を移す。


「……さっぱりわからぬ。御老は孫に教育というものをしておらぬのか?」


「……面目ない」


 なぜか僕が謝ることになった。


「モルドレイ爺さん! めんぼくない!」


 イズリーがそれに続くが、コイツは本当に意味がわかってて言ってるのだろうか。


「……う、うむ。いや、何と言えばよいか……」


「モルドレイ爺さん! めんぼくないから、あたし、ちょいと魔物を狩りに行きます! ね? あ、そだそだ! 爺さんも一緒に行きたいですか?」


 イズリーはそんなことを口走る。


 僕は恐怖を感じた。


 モルドレイ・レディレッドは王国でも屈指の豪傑としてその勇名を馳せている。


 そんな彼に、こんな口を聞けるのは、恐れ知らずかただのアホだ。


 きっとイズリーはそのどちらもなのだろうが、僕はモルドレイに怒鳴られるのを覚悟した。


「……い、いや。ワシは行かぬが、お嬢は本気で言っておるのか?」


「んー? ほんき? うん? うん。ほんきで魔物狩りに行きます! 爺さんは行かないのかー。残念だねえ。めんぼくないねえ」


「ど、どういうことだ、シャルル?」


「……半日だけで済みます。そんなに奥には入りませんし、彼女の気が済めば残りの日程もどうにかなりますので……」


「爺さん! お願い! ね! ね? いいでしょ? ね? めんぼくないですねえ」


 とりあえず君は少しだけ黙っててもらえないだろうか……。


 僕はイズリーにそう思ったが、結果的にモルドレイから許しは出た。


 モルドレイはグエノラを猫可愛がりしているが、どうやら美少女に弱いらしい。


 祖父がロリコンというのは複雑な心境だが、これでミリア隊が戦闘せずに全滅という憂き目は免れる。


 ハティナは留守番するということだったので、僕とイズリー、そしてライカ、ムウちゃん、ニコ、さらにミリアで魔物狩りのために樹海に入ることにした。


 カーメルは相当に心配なようで、僕に帝国兵を全滅させた魔物の特徴を事細かに教えてくれた。


 魔物は二足歩行の魔物だそうだ。


 まるで熊のような体躯で、分厚い毛皮に覆われているらしい。


 そりゃ熊そのものなんじゃないかと思ったが、ただの熊はおろかホーンベアーですら一頭で帝国の軍隊を倒すほどの力を持つなど有り得ない。


 さらに奇妙な話だが、その魔物は大きな棺桶を背負っているらしい。


 戦闘でもその棺桶を背負ったまま戦っていたそうだ。


 魔物オタクの一面を持つミリアでも棺桶を背負った魔物など聞いたことがないそうなので、もしかすると新種か極端に数の少ない魔物なのかもしれない。


 

 僕たちが樹海に入ると早速、イズリーのガス抜きのための魔物狩りが始まった。


「主さま、北西の方角に魔物の気配です」


 ニコが魔物の位置をすぐさま特定し、イズリーが駆け出す。


「イズリー! 北西はそっちじゃない! 真逆だ!」


「あ、そかそか。にしし、あたし間違えちゃったかも」


 なんて会話の後にイズリーは森に消え、数分経つと地響きが鳴り、鳥が鳴きながら飛び立つ。


 そして、さらに数分経つとイズリーが魔物の素材を持って帰ってくるといった具合だ。


 しばらくイズリーの狩りに付き合った後、ライカたちのスキルを魔物に向けて試してみることにした。


 彼女たちは特別なスキルを持っているが、それを人に向けて使うことはできない。


 トイロトの助けもあり、ある程度の権能は把握できたが、どんな弱点があり戦いの中でどんな使い方ができるか。


 こればかりは使ってみなければわからないからだ。


 ニコが探し出した魔物に対してライカとムウちゃんの順番でスキルの実験を行なっていく。


 ニコのスキルは治癒系が多い。


 聖女というくらいなので、パーティーでは回復役だろうから、それを試すのは王都に帰ってから怪我人に対して試してみることにした。


 ライカの因果の責罰インスタントカルマ美面と獣心ビューティフルビーストは予想通り自動発動型のスキルで、どうすればそのスキルが発動するかは遂に分からなかった。


 何か発動のトリガーになるきっかけがあるのだろうが、それがわからないのだ。


 そして、ムウちゃんはニコの再生リプロによって舌を再生していた。


 それでも、彼女は口を革紐で縛ったまま、未だに喋ることと言えば「むー」だけだ。


 それでも、ムウちゃんはスキルを使うことができた。


 縫い合わされた口をモゴモゴさせると、スキルが発動するのだ。


 やはりと言うべきだろうか。


 ムウちゃんの持つスキルはとても強力なスキルだった。


 彼女の持つスキルのほとんどは相手に幻影や幻を見せるスキルだ。


 彼女は奏乱トリーズンで魔物に幻覚を見せて同士討ちにしたり、昏天の黒幕マスターマインドで視界を奪ってから易々と魔物を滅ぼしていた。


 ライカとギレンが前線を受け持ち、僕が後衛から魔法を放つ。


 そして、ニコが回復してムウちゃんが相手を幻影で惑わす。


 そんな風にデザインされたパーティーだったのだろう。


 ギレンの協力は得られないだろうが、それでも魔物に対してはかなり強いはずだ。



 半日ほど魔物を狩っていると、イズリーが空腹を訴え始めた。


 昼とは言え樹海の中は薄暗い。


 僕たちは皆で焚き火を囲み、持ってきた干し肉を齧っていた。


 すると、不意に何かに気付いたようにニコが立ち上がった。


「なっ……! 敵です! ありえません! こんな距離まで近付かれるなんて!」


 そんなことを口走ったかと思うと、ニコはすぐさま大弓に矢をつがえてそれを放った。


 

 大きな樹の枝の上に、毛皮の塊のような物が乗っていた。


 ニコに放たれた矢は真っ直ぐに飛んでいく。


 すると、その毛皮の塊は片手でガシッと矢を掴んだ。


 その時初めて、その生き物の腕の肌が露出した。


 ニコの速射により放たれた矢を、片手で掴んだのだ。


 とんでもない反射神経と言える。


 僕たちはすぐさま戦闘態勢に入る。


 僕は枝の上でしゃがみ込むような態勢で矢を掴んだ魔物を見る。


 どうやら、毛皮自体はその魔物の物ではないらしい。


 まるで毛皮を被った原始人のような姿だ。


 頭からすっぽりと、継ぎ接ぎだらけの毛皮のフードを被っているようだ。


 大きな人型のその魔物は、背中に大きな棺桶を背負っていた。


 帝国軍を全滅させた魔物。


 そう確信を得るのに、時間は大して掛からなかった。

 

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