第154話 壊滅

「シャル君が宰相かあー、卒業してすぐにそんな偉くなっちゃうなんて、信じられないよ! ね、セッちゃん?」


 モルドレイの援軍に向かうために進軍中。


 僕たちが乗る馬車の窓の外から、馬上のミカが言う。


 彼女は卒業後すぐにエルシュタット家の私兵に入った。


 私兵を持つ貴族に珍しいことではない。


 どの貴族も、自分の子息は手元に置いておきたいものだからだ。


 だが彼女は騎士家の出身でありながら魔導学園を卒業している。


 このこと自体はとても珍しいことなのだと、僕は最近になって知った。


「う、うん。でも、シャルル君は最初からすごい人だったから」


 セスカは控えめな調子で答えた。


 セスカは王の護衛役である近衛隊の所属だが、ミリアがまたしても監軍として連れて来ていた。


 アスラはセスカの度重なる出向をかなり渋ったらしい。


『彼女は優秀な事務係だ。そう何度も引き抜かれては、こちらの仕事が滞る!』


『あらあら、まあまあ、アスラ様はケチですわね? あのこと、セスカに告げ口しても良いのですわよ?』


『あのこと? あのことって何だ?』


『あらあら、では、言っても問題ないと──』


『ま、待ちたまえ! あのことって何だ! 心当たりがないぞ! なんだ、あのことって──』


『心当たりがないなら、よろしいですわね?』

 

『待ちたまえ! あのことって何だ! おい、ミリアさん! 待ちたまえ! 待ち……わかった! わかった! 私の負けだ! セスカさんは出向させる! 待ち……、ミリアさん! 待ちたまえ! スキップするな! 何をウキウキしているんだ! ミリ……、待ちたまえ! あのことって何だ! あのことって──』


 なんて会話があったそうだ。


 ミリアからそれを聞いた僕は、抜けるような青空に合掌した。


 きっと、ミリアはアスラの弱みなんて握っていないのだろう。


 きっと、『あのこと』なんてのは存在しないのだ。


 アスラ。


 アイツはモテるからな。


 おそらく、何かしらやましいコトはあったのだろう。


 そこを、ミリアに突かれたのだ。


 ミリアは狂っているがクレバーだ。


 常識に捉われることなく、その知謀を発揮する。


 敵に回すと一番厄介な類の人間だろう。


 僕は知恵と美貌を兼ね備えるミリアの祖母、ヨハンナ・ワンスブルーを思い出しながらそんなことを思った。

 

 程なくして、ラファが声をかけて来た。


「宰相閣下。直にベルクの砦に到着します。先ほどモルドレイ卿から援軍に対して謝意を伝える使者が合流しました。この行軍速度なら半日ほどでベルクに入れるでしょう」


「わかった。しかし、流石はレディレッド領だな。魔物が一匹も出ないとは」


 僕の言葉に、ラファは頷く。


「は。モルドレイ卿は忠勇にして歴戦の猛者ですから、ここらの治安は王国でも群を抜いて良いそうですよ」


 魔物の巣窟である樹海から程近い場所にあるのにも関わらず、オークの一頭も出ないなんてのは、樹海から出てくる魔物を全て水際で討伐することに成功していることになる。


 軍の練度も相当に高いのだろう。


 この行軍には僕、ミリア、双子にライカ。


 そして今回はニコとムウちゃんも連れて来ていた。


 樹海は魔物が多い。


 それを見越して、魔物特効を持つ二人を連れて来たのだが、良い意味で当てが外れた。


 僕たちの会話を聞いていたミリアが言う。


「モルドレイ卿は、魔物退治に関しては並び立つ者なしと言われるくらいですわ。……しかし、かの御仁も彼女に比べれば形なしですけれど」


 ミリアはニコを見ながら言う。


「……ニコか?」


 僕の問いに、ミリアは答える。


「ええ、只者ではないとは思っておりましたが、まさか聖女であったとは……。これで、合点がいきましたわ」


 ミリアの言葉を測りかねた僕が言う。


「合点って?」


「私たちが出会ってすぐ、ニコは一矢で魔物を仕留めましたわ。かなり距離がありましたのに、彼女は一撃で魔物を葬ったのです」


 そう言われると、そんなこともあった気がする。


 ニコは買ったばかりの長弓で、数百メートル離れた場所に潜んでいた魔物を射殺したのだ。


「あれ、もしかして……」


 僕の呟きにミリアが答える。


「おそらく、ご主人様やライカと同じく魔物特効ではないかと……」


 そう考える他ないだろう。


 気付くべきだったのだ。


 あの時。


 魔法を何度も撃ち込まなければ倒せない魔物を一撃で仕留めたニコの持つ、未知の力に。


 

 僕たちは日が暮れる前に、モルドレイ領ベルクの砦に到着した。


 ベルクの砦は小高い丘に造られた堅牢な砦だ。


 質実剛健を好むモルドレイらしく、華美な装飾は一切ない。


 無骨。


 ただただ無骨な砦だ。


 そんな僕たちを、祖父モルドレイが自ら出迎えてくれた。


「シャルルか! よく来た! 援軍感謝するぞ」


 豪快に僕の肩を叩いて言うモルドレイは、何やら疲れた様子だった。


「状況はどうなってますか?」


 僕はモルドレイの疲労には気付かないふりをして言う。


「うむ、敵勢力には未だ動きなしと報告が来ている。何人か斥候を放っておってな。交代で報告に来るが、帝国軍の奴ら、今回もただの示威行動に過ぎぬようだ。中央からの援軍には感謝するが、出番はなさそうだぞ」


「いえ、それなら何よりです。まだ王国側も準備が整ってませんから」


「うむ。そろそろ次の斥候が戻る頃合いだ。行軍の疲れもあろう、ゆるりと休むが良い。奴らに動きがあればすぐに樹海の出口に布陣することになるであろうからな」


「はい。では、そうさせていただきます」


 僕がそう答えた時、一人の軽装の兵士が走って来た。


「む。斥候が帰りおったわ。シャルルも見知った顔であろう?」


 モルドレイの言葉に、僕はその兵士の顔をジッと覗き込む。


 目元を隠した癖っ毛に、少しとんがった耳。


 カーメル・ハーメルンだ。


「カーメル! 久しぶりだな! モルドレイ卿のところで働いていたのか?」


 僕の言葉にカーメルは跪いて答える。


「は。お久しゅうございます。宰相閣下」


 どうしちまったんだ。


 あの不敵なカーメルはどこにいった?


 僕は頭に疑問符を浮かべながらモルドレイを見る。


「うむ。根性を叩き直してやっただけよ」


 ……パワハラだ。


 絶対、パワハラだ。


 すっかり真面目な様子になってしまったカーメルは、そんな僕の考えを吹き飛ばすようなことを言い放った。


「最新の報告です! 樹海北側に布陣していた帝国軍、壊滅状態に陥りました!」


 ……は?


 僕は頭の中の疑問符は、さらに大きくなった。


「壊滅? 帝国兵は千はいたはずであろう?」


 モルドレイが問う。


「は。それが、樹海から出てきた魔物によって、ほとんどが戦闘不能に……」


「魔物? 魔物が森から出て、帝国兵を倒したと?」


 モルドレイはさらに言った。


「はい。確認したのは遠くからでしたので、詳しくはわかりません。しかし、一頭の見たこともない魔物によって、間違いなく壊滅しました!」


 この報せはすぐに砦中に伝えられた。


 中には魔王の加護だなんて言う人たちもいたが、当然のことながら僕には全く心当たりがない。


 そこで、モルドレイ隊とミリア隊で樹海近郊まで進軍することになった。


 千名からなる帝国兵が壊滅した。


 それほどに危険な魔物が、人の住む境界まで現れたということだ。


 その魔物が樹海の南側に来る可能性もある。


 僕たちの任務は、帝国兵への対応から魔物の討伐に変わった。

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