第152話 魔王の問い
王城にはいくつもの部屋があるが、その中でも一番大きな会議室に、ミキュロスと皇国の使節がいた。
僕は遅れて部屋に入り、部屋の奥にいるミキュロスの隣に座る。
大きな円卓を、リーズヘヴン国王と宰相、そして皇国の使節が囲む。
護衛の兵士だろう。
皇国使節の背後に、二人の皇国兵が立っている。
皇国からは、枢機卿という役職の男が来訪していた。
枢機卿。
教会では、かなり偉い役職だそうだ。
リーズヘヴン王国に聖女現る。
この報せは、そのまま皇国に伝えられたようだ。
あの司祭には後で痛い目に遭ってもらおう。
僕は決意し、枢機卿に向けて言う。
「リーズヘヴン王国、二代目宰相、魔王シャルル・グリムリープです。以後、よしなに」
でっぷりと太ったその男は、見るからに俗人だ。
とても敬虔な信徒には見えない。
「シャルル・グリムリープ宰相閣下。この度は宰相御就任、祝着至極に存じます。三年前の演武祭では、さぞご活躍なされた様で──」
「世辞は良いでしょう。早速、要件を伺いますか」
僕は不機嫌な様子を隠さずに言う。
魔王の機嫌を損ねている。
それだけ。
ただそれだけのことが、この世界では政治的にかなり有効なカードになる。
枢機卿の背後に立つ護衛の皇国兵がピクリと肩を揺らした。
「で、では、早速本題に入らせて至だきます。何でも、貴国に聖女様が顕現したとか。……教会の取り決めは、ご存知でしょうな? 我らが大教皇様は、聖女様の再誕を──」
「ニコが欲しいと。……そういうことですか?」
「い、いえ。私共は取り決めに従って行動しているまででございます。で、ありますから──」
「……へえ」
僕は体内魔力を廻して闇系統に染める。
このスキルとは長い付き合いだ。
僕は皇国使節団の護衛にだけ集中して超重力を押し付ける。
二人の皇国兵は、順番に膝を屈した。
「取り決めねえ。……僕は魔王だ」
僕の言葉の意味を測りかねるのだろう、疑問と恐怖を内混ぜにした表情の枢機卿が言う。
「ぞ、存じ上げておりますが……」
「では、其方らも魔王か?」
僕の問いに、黙って枢機卿は首を振る。
「ほう。つまり、……人間か。……魔王が人間の取り決めに従う? これは、異なことを申すな? ……人間よ」
僕に睨まれて、枢機卿が縮こまる。
その時、扉が外からノックされた。
僕は
護衛の二人は立ち上がり、肩で息をしている。
入って来たのはコッポラだ。
トークディア老師の部屋を出た際に予め、
コッポラは黙って僕に紙を渡し、そのまま僕の背後に立った。
その紙に、
その中に、見逃せない一文を見つけた。
『
……やりやがった。
そっちがやるなら、こちらもやるぜ?
僕は思った。
十中八九この枢機卿が黒幕だろう。
僕は足を円卓に乗せる。
他国の重鎮の前で、一国の宰相が取る態度ではない。
それでも、僕はそのまま枢機卿を睨みつける。
この男、もとより僕と交渉する気などなかったのだろう。
王国の闇が全て一つの組織に呑み込まれているという情報を知らなかったのだ。
だからこそ、後腐れのない国内の犯罪組織に誘拐を依頼した。
あちらがこの手の手段を講じてきたのなら、こちらにも考えがある。
僕の態度を見て、枢機卿は額に油汗を滲ませる。
僕はミキュロスに言う。
「陛下。ニコは私のメイド。此度の案件、私に一任して頂けますな?」
ミキュロスは頷く。
コイツも、僕のことは誰よりも解っている。
「苦しゅうない。良きにはからえ」
僕はミキュロスから枢機卿に視線を移して言葉を紡ぐ。
「……枢機卿。王国の闇は深い。……私が得た情報では、何者かによって聖女の誘拐が犯罪組織に依頼されていたそうです」
枢機卿はゴクリと唾を飲み込み、僕に言う。
「……そ、それが真であれば一大事ですな。いやはや、どこから情報が漏れたのやら」
いけしゃあしゃあとよく言うおっさんだ。
僕は思う。
そして、コッポラに言う。
「ソイツを連れて来い。……魔王直々に、黒幕を吐かせてやる」
コッポラはすぐにその依頼者を連れて来た。
見る見るうちに枢機卿の顔色が悪くなる。
縛られた男を見ながら、僕は言う。
「さて、聖女誘拐とは些か穏やかではない。枢機卿も、誰の企てかご興味がおありでしょう。……魔王にお任せあれ。……人からモノを聞くのは、私の得意分野ですから」
リーズヘヴン国王と皇国の枢機卿の目の前で、男は電流に晒された。
僕お得意の拷問だ。
男は血反吐を吐きながら苦しんでいた。
彼が死にそうになると、僕は
質問は一切しない。
僕が聞くのは一度だけ。
答えを聞く、一度だけで充分だ。
僕からの質問を待つことなく、男は口を割った。
「す、すうぎぎょう! だ、だすげでくだざい!」
ゆっくりと、僕は枢機卿を睨みつける。
「わ、私は知らん! このような男のことなど!」
枢機卿は喚く。
僕は席を蹴って円卓の上に立ち上がりズカズカとその上を歩いて枢機卿の目の前でしゃがむ。
顔を近づけて、ジッと彼の目を見ながら言う。
「……知らない? そうか。知らぬか。……もしくは、忘れておるやもしれぬな? ならば、貴殿にもお聞きすることにしよう」
枢機卿の護衛は立ち竦むばかり。
今にも恐怖で気を失いそうになっている枢機卿に向けて笑い、僕は言葉を続ける。
「……なに、案ずることはない。……ご覧の通り、私は人に尋ねるのが大の得意でね」
僕の言葉に、遂に枢機卿は折れた。
彼は椅子を蹴飛ばして円卓の下に跪き、全てを白状した。
円卓の上にしゃがんで枢機卿を見下ろす僕の背後で、何故かコッポラも跪いていた。
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