第150話 後悔

 最後に、トイロトの精霊の追憶レミニセンスでニコのスキルを明らかにした。


 再生リプロ九死九生キャットライフの呪文はすでに割れていたので、残りの三つだ。


 救世の陽光ジェネシス


 これは、イズリーの言葉を借りれるなら、『すごい治癒ヒール』だ。


 範囲内に存在する生物全ての傷を癒す、治癒系スキルでは類を見ないスキルだった。


 範囲内の生物全て。


 つまり、救世の陽光ジェネシスの効果範囲内にいれば敵でも癒してしまうが、それでもこのスキルを持った仲間がいるだけで、そのパーティーの継戦能力は大幅に上がるだろう。


 次に陰陽の具現アストロノーツ


 これは自分以外、全ての生物から認識されなくなるスキル。


 噛み砕いて言うなら、そこにいるのに、いや、そこにいることが解っていても、陰陽の具現アストロノーツを使った状態のニコは誰からも認識されなくなる。


 見えないし、聞こえないし、匂いもしない。


 透明人間にでもなるようなスキルだ。


 イズリーは「おー! それじゃあさ! トカゲ捕まえ放題ってこと? いいなー! あたし、すぐ逃げられちゃうんだよねえ」なんて言ってたが、このスキルの使用法で真っ先にトカゲを捕まえることが頭に浮かぶのは君だけだろう、なんて僕は思った。


 はっきり言って、数多あるスキルの中で、このスキルこそが最強なのではないだろうか。


 このスキルは、自分の存在そのものに干渉するらしい。


 つまり、このスキルを使われた時点で、自分はニコを認識できなくなる。


 たとえ目の前にいても、ニコがそこにいるということが解らないのだ。


 暗殺にはもってこいの能力だろう。


 透遁ミラージュなんかとは段違いの性能なのだ。


 魔力感知にも引っかかることはない。


 魔力感知するにもそもそも認識そのものができないのだ。


 調べようがない。


 このスキルがあれば女湯にも……。


 ……いや、女湯を覗きたいわけではない。


 ミキュロスによれば、そういったデータは戦闘において役に立つらしいからな。


 決して、女の子の裸が見たいわけではない。


 本当だぞ。


 僕は何故か自分に言い訳してから、どうにか簒奪の魔導アルセーヌ で奪えないものか考えた。


 ニコのジョブが判明した時、彼女は僕に「わたくしの能力を一度奪ってくださいませ」なんて言ってきた。


 僕はそれを断った。


 何故かって?


 そりゃそうだろう。


 もし、僕がこの先誰かに負けたとする。


 その時、『お前、あんな大層なスキルたくさん持ってて負けたの? ダサすぎん?』なんて言われるのが目に見えていたからだ。


 はっきり言うが、僕に戦闘の才能はない。


 いつか誰かに負ける時が来る。


 戦闘は常に紙一重の勝負。


 特に僕はそうだ。


 これまでミリア、ウォシュレット君、ギレン、ベロン・グリムリープと全てギリギリの勝利だった。


 祖父、パラケストには一度も勝てていないし、今やっても勝てる気がしない。


 あと、ムウちゃんには勝てないだろう。


 彼女は全ての魔法を打ち消してしまうスキルを持っている。


 魔法しか攻撃手段のない僕では、絶対に勝てないと思われる。


 そんな状況で、ニコから大層なスキルを貰う。


 確かに僕は強くなるだろうが、スキルを行使するにも魔力がいる。


 手札が多ければ良いって話じゃない。


 どんな世界にも、絶対に上には上がいる。


 チート能力で余裕で勝利なんてのは、しょうもない三文小説の世界の中だけの話だ。


 力を求める者はいくらでもいる。


 そして、人間の力には限界がある。


 だとすれば、上に行けば上に行くほどに力は拮抗するのが必然。


 ニコからスキルを貰うことに対して、僕の脳内の危険信号が『それは非常に危ないぞー!』なんて喚き立てるのだ。


 しかし。


 しかしだ。


 陰陽の具現アストロノーツだけでも、貰うワケにはいかないだろうか。


 陰陽の具現アストロノーツだけで良い。


 いや、むしろ、陰陽の具現アストロノーツ以外は欲しくない。


 陰陽の具現アストロノーツで良い。


 陰陽の具現アストロノーツが良い。


 陰陽の具現アストロノーツが欲しい!


 そんな僕の、というより、世の男性全ての考えを読み切ったのかは定かではないが、ハティナがこんなことを言った。


「……このスキルがミキュロスに発現しなくてよかった」

 

 ……。


 ダメだ。


 もう手遅れだ。


 僕はこのことに関しては、後々まで後悔することになった。


 

 そして、最後にニコの五つ目のスキル。


 創造の結実クリエイションだ。


 このスキルの詠唱はこうだ。


『死屍累々の狭間に、神の意思あり。屍山血河の最果てに、神の意志あり。我が呼び声よ届け。深淵の狭間、冥府の最果てより舞戻りて我が声に応じよ。──創造の結実クリエイション


 これは、どうだろうか。


 これは、まさかとは思うが、死者蘇生のスキルではないだろうか。


 そこで、僕は嫌な想像をしてしまう。


 本来なら、僕、ギレン、ライカ、ニコ、ムウちゃんの五人でパーティーを組んで魔王の討伐に向かうというのが、『神』の考えた筋書きだろう。


 それにしては、僕たち五人の配置は敵国同士だったり奴隷だったりで酷いものだが、それでも、予定ではそうなる筈だったのだ。


 そして、もし万が一、パーティーが全滅した時。


 ニコが僕たちのバラバラになった死体を棺桶か何かに詰めて、陰陽の具現アストロノーツで透明人間になった状態で安全圏までズルズル引きずっていき、そこで僕たちを再生させるのだ。


 ……悪夢だ。


 前世のゲームで、死んだ仲間が棺桶になって後ろをついて来る描写があったが、リアルでやろうものなら飛んでもなくエゲツない絵面になる。


 だいたい、生き返った僕は本当に僕なのだろうか?


 魂とやらはどうなるのだろう。


 またあの暗闇をぷかぷかと浮かぶ羽目になるのだろうか?


『ニコ、早く蘇生してくれー!』


 なんて思いながら?


 このスキルは是が非でも検証が必要だろう。


 とは言え、「後で生き返らせるから、ちょいといっぺん死んでもらえる?」なんてお願いできるわけがない。


 死刑囚とかで試すか?


 元々、あまり罪悪感なんてものとは無縁な僕でも、さすがにコレは二の足を踏む。


 僕の考えを他所に、女性陣の会話が聞こえて来る。


「おお! ニコ! 死者蘇生のスキルか! これで私は死んでも主様のお役に立てるのだな! まさに無敵だ! 姉として、お前が誇らしい!」


「ししゃそせーって何?」


「……死んだ人を生き返らせるということ」


「おー、すごいねえ。あたし、ちょっと死んでみたい!」


「……死んだらアホが治るかも」


「おー! アホ治したい! ライカちゃん、ちょっとあたしのこと殺して?」


「い、イズリー様! む、無理です! ライカには無理です! 代わりに、先にムウで試しましょう!」


「むー⁉︎ むー! むー!」


 僕は例のごとく全てを諦めた。

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