第147話 鼻唄
「やれやれ、君は相変わらずだな。……それで、司祭に喧嘩を売って来たわけだ」
僕の部屋でアスラは呆れたように言った。
「アスラ兄さん、僕は喧嘩なんて売ってないですよ。ただ、……なんと言うか、そう、応援です。……頑張ってくれたまえと。……アレは、応援ですよ。……そうだな? ライカ?」
「は。ライカもしかと聞き及びました。確かに、慈悲深い主様は、あの息をする価値もない愚物を応援されておられました!」
僕の言い分に、ライカは同意した。
僕は卒業後、アスラの呼び方に困っていた。
彼が委員長じゃなくなってしまったからだ、従兄弟だったこともあり、『アスラ兄さん』で落ち着いたのだ。
アスラは眉間を抑えながら言う。
「それは啖呵を切ったと言った方が適切な気がするが。……まあ良い。しかし、皇国からは使者なり何なりが届くだろうね。あの国は本来なら教会の自治区だ。今となっては帝国と戦争もするような俗人たちだが、彼らは彼らなりに自分達のルーツに誇りを持っている」
アスラの言葉に、ミキュロスが同意した。
「アスラの言う通りでありますかな。彼らにボスをどうこう出来るとも思えませぬが、なかなかに厄介なことにはなるかと……」
「でもほら、ウチと皇国は地続きじゃないからさ。今のうちに国力上げて、太刀打ちできないようにすれば良いんじゃないの?」
僕のザックリとしてアバウトな展望に、アスラとミキュロスは同時にため息を吐いた。
「君は自分の興味を引く対象に関しては神算鬼謀のような知恵を回すのに、それ以外はとんとテキトーになるな」
「す、すいません、アスラ兄さん」
「教会には根回しをしよう。
アスラに話題を振られたニコが答える。
「はい。すでに八黙が一人、黙祷のマーラインの伝手から数名の構成員を送り込んでおります。後ほど、情報の摺り合わせを行いましょう、アスラ様」
アスラは満足気に頷き、ニコの煎れたお茶に口をつけてから、僕に向き直る。
「彼女は本当に優秀だね。ライカ殿も巷では戦姫と呼ばれ、騎士たちの間では相当に有名らしいよ。……君が帝国で彼女たちを買ってきた時には驚いたが、まさかたったの金貨100枚で聖女と戦鬼を買うとはね。どうやら、君は商才の方もあるらしいな?」
アスラの言葉に、イズリーがカットインして来た。
「シャルル、しょうすいあるの? すごいねえ。あたしも、しょうすい欲しいなあ」
……しょうさいな。
……小水はオシッコだぞ。
なんで僕がそんなオシッコ塗れみたいなことになってるのかは謎だし、こんな可憐なかわい子ちゃんが小便を欲しがっているのは、存外そそられるモノがあるが、僕はそれを全て無視した。
僕のベッドに腰掛けて読書に興じるハティナのため息だけが、気まずい空間に響く。
ひとまず、皇国と教会への対応はアスラとニコに任せることにした。
ニコのことだ、彼女なら上手くやるだろう。
……教会の連中を皆殺しにはしないだろうか。
僕は訳の分からない心配をする。
そっちの用件が片付いたので、僕は席を立つ。
「さて、これから行きます。ニコ、馬車の準備を頼んでいいか?」
「御意」
目を伏せて返事をしたニコが退室した。
それを見届けて、アスラが言う。
「あっちには彼もいるだろうから、よろしく伝えておいてくれたまえ」
「はい。でも、アイツ僕のこと嫌ってますからねえ。あ、僕は先に出ますけど、何か御所望でしたら家人を使って下さい」
僕は低いテンションで答える。
彼に会うのが憂鬱だからだ。
「ああ、くれぐれも揉め事は起こさないようにね」
アスラが答え、ミキュロスは起立して深々と頭を下げた。
僕と双子、そしてライカとニコとムウちゃんで再び馬車に乗る。
向かう先は王立魔導図書館だ。
王国の魔法やスキルが記された魔導書を多く収蔵している。
そこで、とある人物に会うのだ。
その人物は、トークディア老師と同じ世代だと言う。
その人の持つスキルが、とても特殊なモノなのだ。
スキルを解明するスキル。
とでも言うべきか。
僕はその情報をアスラから聞き、ミキュロスに渡りを付けて貰った。
今では僕も宰相だ。
宰相権限を使えば魔導図書館の利用など造作もないが、伝手があるならそれを使うのが筋だろう。
そこで、ニコとムウちゃんとライカのスキルの詠唱について調べる。
教会から帰ってすぐにスキル鑑定を行った彼女たちは、やはりと言うべきか、すでに五つのスキルを発現させていた。
ライカとムウちゃんにしても、とんでもなく強力なスキルを持っていた。
彼女たちにスキルが発現したのは、幼い頃なのだろう、すでにスキルの詠唱は忘れていた。
そもそもムウちゃんは詠唱ができないので、僕は困り果てたものだ。
その解決策も模索しなければならない。
そのために、かの人物の力を借りる必要がある。
彼女たちが自分の持つ強大なスキルをモノにするために、そこで彼女たちのスキルを解明する。
魔導図書館は、僕の時には使えなかった。
ジョブが問題だったからだ。
魔王が生まれたことを知る人物を増やしたくなかったのだろう。
今回は、そんな遠慮は必要ない。
僕たちは狭い馬車に揺られながら、王都の北側、教育機関の集まる学園区に向かった。
魔導学園を卒業してからは久しぶりだ。
ハティナは魔導図書館が大のお気に入りらしく、珍しくピッチのズレた鼻唄なんかを歌っている。
イズリーの鼻唄も、こんな感じで何かズレている。
音痴なのは、この双子の数少ない共通点だろう。
ルンルンなハティナも悪くない。
僕はご機嫌なハティナを眺めながら、そんなことを思った。
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