第146話 決心
ジョブ。
この世に生を受けた者に与えられる
あるいは自らの生き方を縛り付ける
どちらかと問われれば、それは個人の考えに委ねられるだろう。
人それぞれ、捉え方が変わるのではないだろうか。
僕にとっては、これはやはり呪いに近い。
せめて、ジョブの名前が魔王で無ければ……。
このジョブが理由で殺されかけたり、疎まれたり、蔑まれたり。
しかし、僕がこのジョブに助けられてきたのは事実だ。
僕は、この『神』からの呪いによってこそ生かされていると言っても過言ではない。
難儀なものである。
この世界のジョブというものは、三種類に大別できる。
魔法を得意とする魔導師系。
近接戦を得意とする戦士系。
回復を得意とする僧侶系。
稀に、これらに当て嵌まらないジョブを持つものが生まれるらしい。
有名どころで言えば、マルムガルム帝国の初代皇帝は『国士』なんてジョブだったそうだし、大昔にエルフを滅亡寸前に追い込んだジョブは『賢者』だったそうだ。
そういう意味では、魔王も勇者も珍しくはあれど、例外と呼ぶほどではないのかもしれない。
世の中には、意外なほどに多いのだ。
特別な才能を持つ人間というものは。
ジョブの中でも、僧侶系のジョブを持つ者は犯罪者なんかの例外を除けば教会によって管理されている。
どの国でも戦場で兵士を回復できる人材が必要なのだ。
兵士の生存率。
これが、どれだけ重要なことか。
前の世界でナイチンゲールという偉人がいた。
彼女は、平和の象徴のように捉えられていたが、その実、意外とクレバーな人間だったと記憶している。
彼女が看護師として従軍していた当時の軍隊は、医療へのリテラシーが低かった。
それを改革したのがナイチンゲールだ。
彼女は戦場で傷ついた兵士を治療し、それによる戦果の向上を統計的な数字で打ち出した。
彼女は結果的に兵士の生存率を上げたが、そのプロセスは平和の象徴とは言い難いものだと、僕自身は考えている。
それ自体は、この世界での治癒系統スキルの重要性にも繋がる話だ。
この世界の人類は繰り返される戦争のなかで、治癒系統スキルがいかに重要かに気付いた。
そしてそれは、治癒系のスキルを持つ者を奪い合う結果を招くことになる。
昔はそれが原因で戦争が起きたほどらしい。
そんな僧侶系のジョブを持つ者の管理を、教会が一手に受け持つことは、常に魔物の侵略に晒されている人類の数少ない自浄能力なのかもしれない。
全ての僧侶系ジョブの持ち主が、女神信仰の名のもとに管理されることで、北方諸国は質の高い回復役を保持することができている。
そして、歴史上最も優秀な
その女性のジョブこそ『聖女』だ。
彼女は神の御使いと呼ばれ、人類の南方解放戦で大いに活躍したそうだ。
数百年経った今でも、聖女のジョブは僧侶系のジョブの最高位として位置付けられている。
そして、今、その伝説のジョブ。
聖女が再誕した。
王国の悪の核。
王国の闇の最果て。
グリムリープ邸の美少女メイド、ニコだ。
ニコのジョブが明らかになった後、教会は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
神の御使いが再びこの世に現れたのだ。
しかし、疑問がある。
ギレンを見た時、ムウちゃんの顔を初めて見た時に感じた、あの金属音。
ニコの顔を初めて見た時に、僕はそれを聞かなかった覚えがある。
確か、あの音を聞いたのはライカの時が初めてだったか。
あの時、ライカは他の獣人奴隷たちと一緒に、鎖に繋がれていた。
だとしたら──
「ライカ。僕とライカが初めて出会った時、確か君は鎖に繋がれて道を横断していたと思うんだ」
教会の司祭がニコについてアレコレ聞いてくるのを完全にスルーして、僕はライカに聞く。
「はい。今でも覚えております。お言葉を交わす機会はございませんでしたが。確かに、私と主様は目が合いました」
ライカも覚えていたらしい。
彼女は、何人かの獣人奴隷たちと一緒に一列に繋がれて道を横切ったのだ。
そして、ライカと目が合った瞬間、僕の頭にあの音が響いたのだ。
「主様は、とても……哀しそうな表情をしておられました。明くる日、主様に迎えに来ていただけた時は、天にも昇るような気持ちでした……」
ライカは宙を眺めるような目で言う。
そんな彼女に、僕は疑問を投げかける。
「初めて会ったあの時、ニコも一緒だったのか?」
「……? ……はい。確か、私は最後尾でしたが、目の見えないニコは一番前にいました」
……。
なるほど。
じゃあ僕は、もう会っていたわけだ。
初めてライカと出会った時、あのタイミングで、僕はニコとも出会っていたのだ。
つまり、初めてのことで気付かなかったが、あの時、二度なったのだろう。
ほぼ同時に。
ライカに加えて、ニコの分が。
僕は教会の『神』の像に魔法をぶち込みたくなる。
なんでもっとわかりやすく教えてくれないのかと。
しかし、あの自堕落でテキトーな『神』を思い出して、そんな気配りを期待する方が間違っていると、僕は無理矢理納得した。
「宰相様!」
そんなことを考えていると、教会の司祭が僕に叫んだ。
「……? ああ、なんだ?」
「聖女様が降臨なされたのですぞ! これは……これは一大事でございます!」
「……? ああ、そうだな」
「ああ、そうだな……ではございません! これはつまり、女神様の御威光に他なりません! すぐに皇国の大教皇様にお伝えしなければ!」
「……? そうなの?」
「宰相様! 北方議会で、
「ああ、そうらしいな。……でも、ニコはうちのメイドだぞ?」
「か、関係ございません! とにかく! 大教皇様に──」
狼狽する司祭を遮り、僕はニコに問う。
「ニコ、お前はどうしたい?」
「宰相様! この者の意思は関係ございません! これは取り決めで──」
僕の質問に割り込んだ司祭に、僕は言う。
「黙ってろよ。……僕は今、ニコと話してるんだ。お前とは……話していない」
僕の殺気に当てられて、司祭は沈黙する。
ニコはおずおずと答えた。
「わたくしは……主さまのご迷惑にはなりとうございません。……でも、許されるなら……わたくしは、いつまでも、主さまのお側にお仕えしたいです」
僕は頷く。
そして、決心を固めた。
「司祭殿、ニコは二代目王国宰相、シャルル・グリムリープの大切な仲間の一人だ。僕は彼女を皇国に引き渡すことは絶対にしない。大教皇とやらに伝えるのを止めはしないが、よく考えて行動することをお勧めするよ。筆頭魔導師トークディアと伝説の大魔導師パラケスト・グリムリープの弟子にして、演武祭で勇者を退け、最年少で魔導四家の当主の座を勝ち取り、建国の英雄マーリン・レディレッド以来の王国宰相の座を賜った魔王からその眷属を奪おうってなら、まあ、……頑張ってくれたまえ」
司祭は膝から崩れ落ちた。
ハティナのため息が、厳かな教会に響く。
ニコは、光を映さないその目を閉じたまま、嬉しそうな笑みを浮かべた。
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