第145話 堕ちた聖女

 ニコのステータスプレートに書かれたスキルを見て、ハティナは目を見開いた。


 彼女にしては珍しい、驚愕の表情。


 僕はそんな彼女のリアクションを見て、心を落ち着ける。


 僕の心のオアシスだ。


 ……いや、驚くハティナに萌えてる場合じゃない。


 ニコのスキルは五つ。


 しかも、三種の未発見スキル。


 これはもう……。


 そう。


 これはもう、彼女も僕たちと同じ──


「……ニコ。……あなたのジョブは何?」


 僕の考えを切り裂くようにハティナが問う。


「わ、わかりません。……わたくし、託宣の儀は受けておりませんので」


 ニコはおずおずと答えた。


「……そう。……シャルル。……すぐに馬車を回して」


「ま、任せろ……。……。あの……ニコ、御者ってどこに居たっけ?」


 自分の屋敷の御者の呼び出し方もわからない、哀れな魔王がここにいる。


 ……僕のことだ。


 口数は少ないが、ハティナの考えはわかる。


 ハティナはニコにジョブ鑑定、つまり、託宣の儀を受けさせるつもりなのだ。


「わたくしがご用意いたします」


 ニコは自分が乗るための馬車を自分で用意した。


 ……むう。


 こんなことなら、僕も屋敷お抱えの御者の住む部屋を調べておくべきだった。


 なんとも締まらない感じで、僕たちはすぐに王都の西側に位置する教会区に馬車を走らせた。


 僕と双子、そしてニコにライカにムウちゃんだ。


 馬車の中はギュウギュウ詰めだった。


 双子とニコが小柄で助かった。


 僕はハティナとニコに挟まれてそんなことを思った。


 教会までの道すがら、ハティナはニコのスキルについて話した。


「……再生リプロは治癒系スキルの最上位に位置するスキル。使えるのは神官でも高位の術者のみ。……というより、再生リプロが使える子供はそのスキルが判明した時点で皇国に送られる。……そこで神官としての鍛錬を終えて、故郷の国に返される。……王国内で再生リプロを使えるのは、現状だと王国教会で最高位の枢機卿だけ。……そのくらい、再生リプロは教会内で特別視されている。……再生リプロは、四肢の欠損すら治すスキル。……巷では神の御業なんて呼ばれている」


 いつになく饒舌なハティナに、またしても僕の侍魂きかんぼうは騒がしくなるが、僕はソレをぐっと堪える。



 皇国。


 王国の北側に位置するマルムガルム帝国の、さらに北に位置する海産物豊かな国だ。


 いや、むしろ国というより、教会の自治区といった方が適当だろう。


 正式名称は、ラーズマグノリア教皇国。


 女神信仰の聖地メッカであり、魔法とスキルの発祥の地なんて言われている。


 真偽の程は定かではないが。


「ふーん。ニコちゃん、すごいんだねえ」


 イズリーが馬車の窓から外を眺めながら言う。


 ……君はいいよな。


 ……いーっつも能天気でさ。


 僕もイズリーみたいにアホだったら良かったよ。


 そんなことを考えながらイズリーを見ていると、彼女は僕の視線に気付いてニッコリと笑顔を浮かべた。


 ……。


 ……可愛い。


 その時、馬車が小石を踏んでガタンと揺れた。


 笑顔だったイズリーは、馬車の窓枠に後頭部をぶつけて「あいたー! ……。あー! たんこぶできた! にしし、シャルル! 見て見て! たんこぶ!」なんて言いながら、狭い馬車の中で無理矢理に身体を捻って僕に後頭部を見せてくる。


 隣のライカの頬に、イズリーの膝がぐりぐりと押し付けられている。


「ご無事でしゅか! イズリーしゃま!」


 ライカは頬をぐりぐりと潰されながら言う。


 双子以外が軍人気質のライカにそれをやったら、冗談じゃなく処断される案件だろうに……。


 ……いや、でもアレだな。


 ここまでアホだったら、とっくの昔に僕は死んでるだろうな。


 そう考えて、僕はさっきまでの考えを易々と捨て去った。


「ハティナ、九死九生キャットライフってやつは? なんか、学園で習った気がするんだけど……」


 九死九生キャットライフ


 たしか、在学中にテストで出た気がする。


 出た気がするが、そんなスキルに出会ったことはないので、すっかり忘れていた。


 字面は見たことがあるのだけれど。


 そんな無学な僕に、ハティナは答える。


「……九死九生キャットライフは、とても珍しいスキル。……自分や仲間の身代わりになる偶像アイドルを作り出すスキル。……仲間のダメージは、その偶像アイドルが肩代わりする。スキルの対象者が一定のダメージを受けるか、偶像アイドルそのものを攻撃されれば、偶像アイドルは崩壊する。……でも、その間は自分も含めてスキルの対象者は無敵になれる」


「まるで、演武祭なんかで使う魔道具みたいだな」


「……あの魔道具は元々、ダメージを肩代わりする九死九生キャットライフと、自分の魔法からダメージを取り除く峰打の真髄サプライボックスというスキルを魔道具で再現した物。……九死九生キャットライフは相手が指輪を付けてなくても作動する。……首輪と指輪の魔道具が発明される前は、演武祭は九死九生キャットライフのスキルを使って行われていた」


 ……なるほどー。



 僕がまた一つ賢くなっている間に、馬車は教会についた。


 教会の司祭は僕たちの突然の来訪に驚いていた。


 何しろ、国の宰相が突然訪ねて来たのだ。


 歓待しろと言う方が筋違いなのだ。


 教会の人たちは、どうやら僕を快くは思っていないらしい。


 たぶん、黒の十字架サタニズムの所為だろう。


 自分たちの教えを蔑ろにする連中が現れたのだから、まあ、これも仕方ないことだ。


 ニコの託宣の儀はすぐに始められた。


 そして、司祭の手に収まるステータスプレートにジョブやステータスが書かれていく。


 司祭は再生リプロを持つニコに興味津々だったようだが、その裏のありそうな表情はすぐに驚愕に崩れ去った。


 ニコのジョブは、しっかりとステータスプレートに刻まれていた。


 魔王の尖兵ベリアルの実質的な指導者。


 王国の闇を牛耳る、悪党の親玉。


 ギャング、あるいはマフィアの首領ドン


 広い王国の闇を束ねる巨悪の根源。


 そんな彼女のジョブは──




 ──聖女だった。

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