第144話 魔王の右腕

 ナソンの村は無事守られた。


 僕はアーゴンの代わりにカルゴロスをランザウェイ領主として据えることにも成功し、それを足掛かりとして騎士家の掌握にも成功した。


 表向きはミキュロス・リーズヘヴンの名の下に、裏では魔王の力の下に、王国は纏まった。


 僕たちが王都に帰還すると、ミキュロス自ら王都の南門に出迎えに出てきて、民衆に対して王と魔王の絆をアピールしていた。


 牢屋に入れられていたアーゴンは、ニコによって秘密裏に殺されていた。


 彼女からしてみれば、国王たるミキュロスすらその手の内なのだ、獄卒に手を回して秘密裏に処理することなど造作もないことだろう。



 僕は、デュラハンとの戦いで魔物特攻の能力の大切さを感じていた。


 もし、あの場にライカと僕がいなければ、あのデュラハンによってもっと多くの王国兵が犠牲になっていただろう。


 怪我だらけになったタグライトを見れば分かるが、前線に立つことが少ない魔導師ですらあのザマなのだ。


 南方の解放が遅々として進まないわけだ。


 なんて考えていたが、タグライトが言うにはあの怪我は魔物にやられたというには語弊があった。


 怪我を心配していた僕に、タグライトは言った。


「いきなり空からアングレイが降ってきましてね! いや、マジで死ぬかと思いましたよ! アングレイが空飛ぶなんて聞いたこともなかったですから、完全に無防備でした!」


 僕は思った。


 ……すまん。


 ……それ、イズリーのせいだ。


 当のイズリーはその話を聞いてケラケラ笑っていた。


 僕は無邪気に笑う真犯人イズリーを見て、やっぱり全てを諦めた。


 

 しかし、今回の戦闘にはムウちゃんを連れて行くべきだった。


 魔物の連携というのが、あそこまで厄介なものだとは思ってもいなかったのだ。


 戦力の増強は必須。


 ニコはまだしも、ムウちゃんは魔物特攻を持っている。


 それなら、グリムリープの屋敷で出来もしない家事をやらせているのは、この上ない宝の持ち腐れなのではないだろうか。


 そこで、僕はムウちゃんとライカにスキル鑑定を受けさせることにした。


 ライカは今年で十七歳か十八歳らしい。


 年齢が曖昧なのは、獣人が年単位の祝い事なんかの風習がないからだそうだ。


 リーズヘヴンも似たようなもので、この世界では誕生日を祝うことはない。


 リーズヘヴン王国では、年単位で歳が決まる。


 要は、元日に生まれても大晦日に生まれても年を跨げば一歳とカウントされるわけだ。


 だから、僕も双子も自分の誕生日を正確には知らないわけだ。


 十六歳の年。


 そんな感じで、前世の世界と比べればアバウトなのだ。


 十五歳を超えると新たなスキルは発現しないらしい。


 なので、僕もライカも双子も、新たなスキルに目覚めることはないだろう。


 ムウちゃんが何歳なのかは知らないが、おそらくライカと同い年くらいだろう。


 しかし、ライカとムウちゃんは神の落とし子だ。


 僕とギレンは最初から五つのスキルを持っていた。


 それならば。


 ライカとムウちゃんも、すでに五つのスキルを持っていても不思議ではない。


 僕はそう考え、スキル鑑定に必要な道具をグリムリープ邸の自室に用意した。


 

 スキル鑑定。


 僕はこの厄介なジョブのせいで三つの時に行ったが、本来は十五歳で行うのが通例だ。


 理由は先ほど述べた通り。


 人間は十五歳までに全てのスキルを発現させると言われている。


 スキルは魔法とは違い、個性に依存する。


 つまり、どのスキルを得るかはその人次第なわけだ。


 それが環境なのか、遺伝なのか、それとも他の違う要素に左右されるのかは解明されていない。


 それでも、遺伝的要因は大きい。


 というのが、今の通説だ。


 血統系スキル。


 レディレッドの炎獅子の舞ライオンダンスや、ワンスブルーの純白の舞姫ダンシングクイーン、ミカやラファの実家であるエルシュタット家の餓狼追跡ドッグチェイスなど、発現条件が血統に依存したスキルは少なくないからだ。


 ハティナとイズリーはそれぞれ新種のスキルを持っていた。


 演武祭から三年。


 ハティナとイズリーはさらに、それぞれ新スキルを獲得していた。


 ハティナは新たに二つのスキルを。


 そして、イズリーは三つのスキルを発現させていた。


 ハティナは当然ながら、アホの娘としては銀河系代表に選ばれてしまいそうなイズリーにしても、魔導師としては麒麟児や神童の類に変わりない。


 四つのスキルを持つというのは、平均からすれば多い方だ。


 僕は簒奪の魔導アルセーヌ のおかげもあって、その倍以上のスキルを持っている。


 やはり、カタログスペックだけ見れば魔王というのは伊達じゃない。


 ……まあ、ハティナが持ってたらもっと上手く使いそうな気はするが、それはそれだ。


 現実に『たられば』はない!


 僕は何故かそんなことを思ってから、幾つかの碧玉と水晶玉とライカのステータスプレート。それから、何も書かれていない銀盤を数枚、机に広げる。


 そうして、トークディア老師に教わった通りにスキル鑑定の準備を終えた。


 イズリーがワクワクした表情でその様子を見ている。


 何故かライカとムウちゃんの鑑定に双子も参加していた。


 つまり、僕の自室には双子にライカ、そしてムウちゃんとニコがいる。絵面だけ見ればハーレムなんだけどなあ。


 ハティナは何やらノートにメモを取っている。

 


「さて、ライカ。準備できたからやろうか」


「……御意」


 ライカは神妙な面持ちで言う。


 そんなタイミングで、お茶の用意を終えたニコが言った。


「主さま、わたくしもスキル鑑定をやってみたいのですが……」


 ニコが僕にお願いとは珍しい。


「わたくしも、少しでも主さまのお役に立ちたいのです。姉さまやムウちゃんのような特別なジョブはたぶん持っていないのですが、自分に出来ることは、自分で把握しておきたいのてす」


 僕は二つ返事で答える。


「それなら、ニコから始めるか。鑑定に必要な碧玉は多めに貰ったんだ。……宰相権限でな!」


 権力とは、こうやって使うのだ。


 なんて、僕は偉ぶってみる。


 ……虚しいだけだが。


 ニコの口に碧玉を含ませ、何も書かれていない銀盤を用意する。


 ニコは託宣の儀を受けていない。


 彼女は強いが、僕は戦力として数えていなかったのだ。


 ライカのステータスプレートは、帝国でジョブ鑑定を行った時のものだ。


 ニコを促すと、彼女は水晶に手を翳した。


 すると、パリンと甲高い音を鳴らして水晶が砕け散った。


 僕の時は黒い煙が出て水晶が溶けたが、本来はこういう反応なのだろうか?


 だとしたら、拙いことになる。


 水晶は一個しか用意してなかったのだ。


 僕は自分の詰めの甘さに嫌気が差す。


 僕の時の反応を見れば、それは確かに水晶が無くなるケースも想定していなければいけなかったからだ。


 とにかく、水晶は後で貰いに行くとして、僕はニコの銀盤に目を通す。


 ニコの名前もジョブもステータスも書かれていない銀盤に、スキルの羅列が浮き出ていた。


 ニコの銀盤には、スキルが刻まれている。




 スキル

 ・再生リプロ

 ・九死九生キャットライフ

 ・救世の陽光ジェネシス

 ・陰陽の具現アストロノーツ

 ・創造の結実クリエイション




 ……はあ?


 ……五つあるよね?


 双子より多いよ?


 学の無い僕でもわかる。


 下の三つ。


 これは紛れもなく、新種のスキルだ。


 僕は、生まれて初めて腰を抜かした。

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