第142話 宣戦布告

 魔王。


 その全貌はほとんどが謎に包まれている。


 数少ない、魔王に関する古い文献によれば、魔王が生まれたのは五百年前だと言われている。


 突如として現れたその強大な魔導師は、魔物と呼ばれる怪物を生み出し、周辺の国々を次々に侵攻し、たった数十年で大陸の南側半分を魔物の跋扈する魔境に変えた。


 そして、それに対抗するために女神信仰の旗印の元、多くの国々が協力して南方に攻め入った。


 しかし、結果は失敗に次ぐ失敗。


 魔物の持つ特性の一つである強力な魔力抵抗によって、人類による連合軍は散々に打ちのめされた。


 そもそも、魔王が大陸南方のどこにいるかもわからないのだ。


 広大な大陸から、生きているのかもわからない、一人の魔導師を探す。


 藁の山から一本の針を見つける方がまだ楽だ。


 そうして、連合軍は自然と瓦解した。


 大陸の北方は国力を落とした国、遠征のために重税を強いられた民が多く生まれることになった。


 結果として、南方への度重なる侵攻は、民衆による指導者たちへの不満だけを残した。


 元々あった国は割れ、小領主や豪族が次々に独立して群雄割拠の様相を呈する。


 一度バラバラになった国も、長い時間をかけてまた幾つかの新たな大国としてまとまった。


 そんな中で生まれた国の一つが、リーズヘヴン王国だ。


 人々が争い、いがみあっている間も、南方から魔物の侵攻は続いた。


 それに対抗するために生まれたのが、北方諸国連合だ。


 それでも、今では北方諸国連合は形骸化し、人類は大陸南方の魔物からの侵略を座して待つのみとなっている。


 そんな情勢のもとに生まれた、いや、『神』によって生み出されたのが僕であり、ライカであり、ムウちゃんであり、そして、勇者ギレンだ。


 そして今、まさに今。


 僕は諸悪の根源たる魔王との邂逅を果たした。


 皮肉なことに僕も魔王として生み出されたが、『あっち』の魔王とは目的が真逆だ。


 真逆だけれど、それでも僕は魔王の目を見てショックを受けた。


 魔王の殺気にビビったわけじゃない。


 魔王の目。


 憎しみの業火に身を焦がし、憎悪の鎖で身をやつしたような瞳。


 あの目に睨まれた時、僕はふと気付いてしまった。


 僕の内側にも、怒りの炎が灯っていたからだ。


 怒りの具現である至福の暴魔トリガーハッピー


 僕は、まるで自分自身に睨み付けられたかのような錯覚に陥った。


 果たして、僕とあの魔王の何が違うというのだろう。


 もし僕が、双子を失ったら。


 至福の暴魔トリガーハッピーの望むまま、破壊と殺戮に身を捧げてしまうかもしれない。


 そう言う意味でも、やはり僕とあの魔王は同じ穴のムジナ。


 あの魔王は、双子を失った僕そのもの。


 それでも僕は──


「主様! ……主様!?」


 ライカの声で、僕は現実に引き戻される。


 片腕を失い、胸の穴から黒い煙を吹き出しているデュラハンが視界に入る。


 首なし騎士は僕たちから逃れようと、地べたを這いながら後退りしている。


「……くうーん」


 ハティナに『待て』を食らった暴走状態のイズリーが、まるでエサを目の前にした犬のような顔で僕を見ている。


 早くデュラハンに止めを刺したいのだろう。


 それとは対照的に、ハティナは心配そうな顔で見る。


 一瞬の邂逅だったが、僕は魔王の居場所を掴んでいた。


 あの大樹は、きっとユグドラシル。


 この大陸には、北方と南方に一本ずつの大樹が生えている。


 天を衝くほど高く、地形を無理やり森林に変えるほどの生命力を持ち、エルフによって守られてきた世界樹。


 世界樹の研究は、実際ほとんど進んでいない。


 古来からエルフによって過剰なまでに守られてきたその大樹は、一説によれば星を跨いで種を植えるらしい。


 百年に一度、世界樹は天空に果実をばら撒く。


 世界樹が果実を撒く夜は、まるで流星が乱舞するような美しさだと言う。


 もしかすると、この大陸のユグドラシルも、他の星から飛んできた種が発芽したものかもしれない。


 星から星へ生命を繋ぎ、その星を命溢れる星に変える。


 この世界でユグドラシルが、生命の象徴とされる理由だ。


 そして、南方の魔王はユグドラシルの根元にいる。


 もう一本のユグドラシル。


 そここそが、僕の目指すべき場所。


 南方の魔王の城だ。

 


 僕はデュラハンに向かって言う。


「……まだ見てるんだろ? お前には、いつか死んで貰うぜ。……お前は死ぬんだよ。……お前は死ぬ。……笑っているか? それとも、恐れているか? 怒っているのか? お前は今、どんな顔をしてるんだろうな? どっちにしろ、お前は──」



 僕はデュラハンに向かって笑顔を向ける。


 嫌味たらしく、そして、シニカルに。



「──僕のキスのために滅ぶ」


 もう充分だと僕はハティナに向かって頷く。


 今度はハティナがコクリと頷いた。


 イズリーがデュラハンに馬乗りになり、右手の拳を振り下ろす。


 ズシンと地響きがして、デュラハンは黒い塵になった。


 デュラハンのいた場所には、イズリーの拳による小さなクレーターができていた。


 オーバーキルとか言うなよな。


 魔王さんよお。


 お前は想像していたかな?


 魔王として君臨し、その憎しみで生きとし生ける者全て屍に変えたお前が、同じ魔王に殺されるってこと。


 これは宣戦布告だ。


 魔王から魔王への、宣戦布告。


 お前が舐め切ってた人類に、お前は殺される。


 お前がどんな思いで、何を憎んでいるのか、そんなものは知ったことじゃない。


 けどな。


 けどだぜ。


 僕が生まれた瞬間に、お前の滅びは運命付けられたんだよ。


 僕とハティナのキスのために滅びろ、もう一人の魔王よ。

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