第140話 天国

 僕たちが前線に到着した時、デュラハンが動き出した。


「最前線にデュラハンです!」


 騎士の一人が叫ぶ。


 首なし騎士が仲間の魔物を押し除けて、最前線に出てきた。


「手柄を立てる好機!」


 腕に自信があるのだろう、ランザウェイ領の騎士の一人が単身向かって行った。


 一閃。


 デュラハンの持つ槍が空を切った次の刹那、騎士を貫き、辺りに鮮血を撒き散らす。


『シャルル君! デュラハンに動きありです!』


『見えてる! 他の兵士を下がらせろ!』


 僕はキンドレーに伝え、デュラハンに向けて熱 界 雷ファラレヴィンを放つ。


 僕の廻しを受けて威力を増した熱 界 雷ファラレヴィンがデュラハンに向かって真っ直ぐに飛ぶ。


 その時、そばにいたオークが身を挺してデュラハンを庇って塵と消えた。


「……仲間を盾にしやがった」


 僕は呟いて舌打ちする。


「ライカにお任せを!」


 ライカが飛び出してデュラハンに斬りかかる。


 デュラハンはライカの斬撃を槍で受け止める。


 デュラハンを乗せた骸の騎馬が嘶く。


 体勢を崩したライカに、周りにいた魚人の魔物シェイバーが群がる。


 ライカは回転しながら魚人を切り刻むが、そんなライカにデュラハンの槍の一撃が入る。


 デュラハンの槍は、ライカの鼻先でピタリと止まった。


 デュラハンの槍は氷の壁に阻まれている。


 いつの間にかライカの背後に移動していたミリアの聖天の氷壁ヘイルミュラーだ。


 ミリアはデュラハンに氷柱を打ち込む。


 しかし、デュラハンの鎧に弾かれて首なし騎士を後退させるだけで手一杯だ。


「あらあら、まあまあ、なんて硬さなんですの? さすがはデュラハン! 最高ですわね!」


「……」


 ライカはミリアに助けられて不満そうな顔だ。


「首なし騎士の前には、戦姫も形なしですわね?」


「……くっ! 礼はするが調子には乗るなよミリア殿」


「アナタはもう少し素直になった方が、ご主人様の覚えもめでたくなるでしょうに」


「何! それは真か?」


「ご主人様のイズリーさんへの偏愛をご覧なさいな。イズリーさんは馬鹿がつくほど素直ですわよ?」


「言われてみれば確かに。……ぐぬぬ。……感謝するぞ、ミリア殿」


 そんな会話をする二人に、ハティナが言う。


「……下らないこと話してないで……攻撃するべき」


 ハティナから無数の風の刃が魔物に飛ぶ。


 ハティナの魔法はデュラハンの周りの魔物を根こそぎ切り刻んでいく。


「……魔物の連携が厄介。……まず雑魚の数を減らす。……ライカとシャルルはデュラハンを……私とミリアの魔法じゃ……あの鎧を砕けない」


「奥方様! 御意!」


 ライカに奥方様と呼ばれ、ハティナは無表情のまま頬を赤らめる。


 ……可愛い。


 いや、美しい。


 この可愛らしさ、いや、美しさをなんと表現すれば良いだろう。


 いかつい軍服を身に纏った女神。


 まるで天上から舞い降りた天使。


 まるで聖なる泉に顕現した天女。


 まるで──


「……シャルル、呆けてないで魔法」


 僕はハティナに怒られて、慌ててデュラハンに魔法を放つ。


 界雷噬嗑ターミガン


 バリバリと雷鳴を轟かせ、デュラハンを焦がす。


 デュラハンはヨロヨロと後退するが、まだ塵になるほどのダメージではなかったらしい。


 ミリアとハティナが次々に周りの魔物を魔法で討ち取っていくが、いかんせん数が多すぎた。


 氷の弾丸と風の刃で魔物の多くを塵に変えるが、後から後からワラワラと魔物が集まってくる。


 集まってくる魔物の中心で、デュラハンは一番近くにいた魔物に槍を突き刺した。


 魔物は塵に代わり、デュラハンの魔力が増大した。


「味方の魔力を吸収してるぞ!」


 僕は叫ぶ。


 ライカはデュラハンに迫るが、オークやシェイバーに進路を妨害されている。


 このままじゃ埒があかない。


 その時、金色の閃光が弾丸のようにデュラハンの背中に直撃した。


 デュラハンは背後から強襲され、馬上で前につんのめる。


 金色の弾丸はそのまま、直線上にいた僕にぶつかった。


 ……ぐふ。


 鳩尾に衝撃が走り、僕はデュラハンとは反対に、後ろ向きに倒れた。


 一瞬だけ空が見え、太陽の光が僕の目を差し、そのあと後頭部に痛みが走った。


 僕の上に、誰かが乗っている。


 太陽で眩んだ目を瞬くと、そこにはイズリーがいた。

 

 暴走状態のイズリーだ。


 目を赤く爛爛と光らせ、僕の顔を覗き込む。


 右手のグローブを握りしめ、今にも僕の顔面に振り下ろそうとしている。


 イズリーと目が合う。


「……や、やあ、イズリー。……奇遇だね」


 僕は何とか声を出す。


 狂化酔月ルナティックシンドローム状態のイズリーは左手のグローブで顎をさすって何か考えている。


 そして、三秒ほど何かを考えたイズリーは、笑顔になって僕に頬擦りをしてきた。


「くうーん」


 なんて、犬が甘えるような声を出している。


 ……ここは、天国か?


 ……さっきの衝撃で、僕は死んだのか?


 イズリーの甘い匂いが、僕の鼻をくすぐる。


「……イズリー」


 ハティナの声が聞こえた。


 馬乗りになって何故か僕の耳たぶをパクリと咥えていたイズリーがパッと立ち上がる。


 何かに怯えるように、イズリーはハティナのもとに駆けていった。


 僕は放心状態のままむくりと起き上がり、双子の方を見る。


 軍服姿の双子。


 黒い軍服に銀の髪を垂らした主人と、同じく黒い軍服に金の髪を後ろで一つに結んだ犬のような絵面。


 イズリーはハティナの前で『お座り』の体勢だ。


 僕は内なる侍魂が欲するままにライカに叫んだ。


「ライカ! 今すぐ絵描きを呼べ! この双子の尊い姿を今すぐスケッチするのだ! 額縁に入れて僕の部屋に飾るぞ!」


 魔物を斬り伏せていたライカがすぐに飛んできて跪いて言う。


「御意! すぐにお呼びします!」


 そして、ライカはミリアに向かって叫ぶ。


「ミリア殿! 御身の隊に絵心のある者はおらぬか! 主様が絵師を御所望だ!」


「ええ⁉︎ 絵師でございますか? い、今ですの⁉︎」


 ミリアは魔物に魔法を撃ち込みながら応えた。


「……下らないこと言ってないで戦う」


 僕はまたしてもハティナに怒られ、渋々戦いに戻った。

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