第139話 デュラハン

 戦場を見下ろす僕の隣で、ライカが言う。


「アレが、敵の大将ですか」


「ああ、デュラハン。……だと思う」


 本来なら、南方の大陸の奥地にしか現れない魔物だそうだ。


 魔王によって南方が死地と化して数百年。


 大陸の北方に住う人類も、ただ滅びの時を座して待っていたわけではない。


 なんとか南方を攻略しようと、多くの軍勢が送られたこともあった。


 それでも、遂にそれは成し遂げられることはなかった。


 魔物は強大にして強力。


 人類は大陸南方の情報を持ち帰るだけで精一杯だったのだ。


 そんな、過去の戦士たちの死屍累々を積み上げて、やっと得たであろう情報のひとつに、デュラハンの記述がある。


 骸の駿馬を駆り、千の軍勢を屍に変えるという首なし騎士。


 どこまで本当かはわからない。


 それでも、僕が見た中では最も強大な魔力を持った魔物だった。


 周りをオークの軍団に囲まれて、悠然と佇む。


 カルゴロスの部隊はナソンを迂回して、ハティナ隊との合流を果たしていた。


 ハティナ隊は自分たちの数倍の軍勢を押し切っていたが、合流して兵数が増えた今、その進撃は止まることを知らないほどだ。


 西側の戦況が決定的になり、ミリアも東側を攻略してナソンの南門前で東西から挟み込む形になる。


 南門前での戦闘は苛烈を極めた。


 ミリア隊とハティナ隊の挟撃に遭った魔物たちは次々に王国軍に討ち取られていく。


「おお! ご覧下さい! 主様! イズリー様が狂化酔月ルナティックシンドロームを使っていらっしゃいます! おお! なんと、いたいけな……。アングレイの尻尾を掴みましたよ!」


 ライカの言うように、尻尾を掴まれた大きなサソリの魔物アングレイがイズリーに引き摺られている。

 

 イズリーはそのまま、コマのように回転してアングレイをグルグル回している。


 周囲の魔物がそれに巻き込まれ、次々に薙ぎ倒されて黒い塵に変わる。


 あまりの衝撃に耐えられなかったのか、イズリーの持つアングレイの尻尾が千切れて、サソリの胴体がハティナ隊の方向に飛んでいって味方の陣営に着弾した。


 すると、イズリーは何やら怒っているかのようにぴょんぴょんと飛び跳ねて空に向かって吠えている。


 ……うーわ。


 ……なんちゅー可愛いさなんだよ。


 巨大なサソリを投げつけられた味方はたまったものではないだろうが、僕には関係ないからな。


 暴走状態のイズリーも可愛いのだ。


 可愛いものは、可愛い。


 魔物の軍勢は、ハティナの策の通りにカナン大河を背にして追い詰められた。


 ミリア大隊と合流したハティナ隊、そしてカルゴロス隊によって追い詰められていく。


「……そろそろでしょうな」


 マーラインが言う。


 デュラハンが動く。


 そう言いたいのだろう。


「ああ。マーライン、お前は治癒スキルが使えたな?」


「……は」


「街の防衛隊の人間を治してやれ。……助かる命があるなら、少しでも助けてやりたい」


「……御意」


 僕たちはそんな会話を交わして、物見櫓を降りて南門を抜け、部隊後方に合流した。


 隊列に入ってすぐ、セスカが僕たちを見つけた。


「し、シャルル君! 殲滅戦が始まったよ! ミリアちゃんからキンドレー君に通信が入って、魔物の群れにデュラハンがいるみたい! その魔物が司令官なんじゃないかって」


「ああ、上から見た。おそらくアイツがそうだ。僕とライカで潰す。まずはハティナに会いたい。案内してくれるか?」


「う、うん!」


 セスカの案内で、部隊後方西側のハティナのもとに急ぐ。


「ハティナ!」


「……シャルル」


 パンツタイプの軍服のイズリーとは違って、ハティナは黒いロングコートにスカートタイプの軍服に丈の短いマントを纏い、指揮官を表す軍帽をかぶっていた。


 うひょー!


 なんたる可愛さ!


 僕の侍魂が、ここ数年で最も震えた瞬間だった。


「……ミリアが指揮官を見つけた。……今からそこを叩く」


 軍服姿のハティナに見惚れる僕を他所に、彼女は言った。


「あ、ああ。僕とライカでやる。露払いを頼めるか?」


「……わかった。……わたしも出る。……セスカ、キンドレーにミリアに通信するように。……クリス。……あとは任せる」


 クリスと呼ばれた軍服の女性は直立不動で答えた。


「は! いってらっしゃいませ! ハティナ様! 隊の指揮は万事お任せを!」


 ……。


 ……?


 あれ?


 この人、どこかで見たような気がする。


 ……どこだっけなあ。


 僕がじっとクリスさんを見ていると、クリスさんは何か言いたげな顔をしながらも沈黙を貫く。


 まるで何かを堪えているかのような顔だ。


 ……うーん。


 もう少しで思い出しそうなんだが。


 すると、セスカが僕に耳打ちした。


「し、シャルル君、クリスさんは魔導学園の先輩だよ。演武祭学内選抜戦の決勝戦で、ハティナ副長と当たって負けた……」


「ああ! 思い出した!」


 僕はクリスさんのことを完全に思い出した。


 クリス・ジーナハルフェン。


 演武祭、学内選抜大会の決勝戦で光魔法による光学迷彩をひっさげハティナに挑戦したが、彼女に顔面を掴まれ……いや、これ以上は何も言うまい。


 そんなクリスさんが、今ではハティナの副官だ。


 人生とは何が起こるかわからないものである。



 僕とライカとハティナで自陣中央まで戻り、ミリアと合流する。


「ご主人様! お会いしとうございましたわ! さて、首なし騎士を狩るといたしましょう!」


「……」


 ミリアをジト目で見るライカ。


 そんなライカに、ミリアが言う。


「あらあら、何か言いたいことがおありで?」


「いや、首なし騎士にその邪魔な脂肪を切り落としてもらえば良いのではと愚考しまして……」


「いやな想像はやめて下さいまし!」


「……乳なし魔導師」


「ハティナさん! あんまりですわ!」


 僕はそんな風に女の子同士のじゃれあいを聞きながら、前線に向かった。

 

 

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